第7話 四季学仙校 男女対抗戦
四季学仙 中等部
= 入仙日前日 =
春成国 夏成国 秋成国 冬成国から言霊使の卵たち(同志)が無事に四季学仙中等部への門を潜くぐった。
西瓜先生とツツジ先生が親そうに話している
同志たちは皆何処となく緊張している
西瓜が声をかける
「男子は私について来るように。寮の部屋割りをする、〝あ堂〟へ。」
続いてツツジが声をかける
「女子は私について来るように同じく部屋割りをする。〝ん堂〟へ。」
=あ堂=
立春は同志の顔ぶれを一通り見る
〝いないではないか…柱は何処にいる…〟と冷静さを装う
西瓜が少し大きな声で呼ぶ
「こっちだ」
その声に応える様に奥から一人の少年が歩いてくる。髪を無造作にまとめ、身なりはか細く顔は立春と似ていた。
「新しい仲間を紹介する。もう聞いているとは思うが七十二校から四季学仙中等部へ入仙する事になった、柱だ。言霊の基礎、知識もこれから学ぶ為、皆親切に教え助ける様に」
柱は無愛想な顔で軽く頭を下げると、じっと立春を見つめた
〝こいつが立春か…〟
〝こいつが柱か…〟
互いの視線が短い会話をする。
西瓜が六角御籤みくじの筒を出し一人ずつ振るように言い、皆が竹の先に書かれた絵を見る
・花の間は 立春 芒種 大寒
・水の間は 小暑 葉楓 白露
・土の間は 蟄 立冬 柱
「この御籤は引き寄せ〝運〟と〝縁〟が重なる」
立春は柱と別の部屋だった事に何処かホッとしている自分がいた
僅かに気まずい空気の中、蟄が口を開く
「俺は弥生蟄やよいちつ春成国から来た、同国出身だ。同じ部屋で過ごす事になる
宜しく」
蟄の挨拶を冷めた目で見つめるだけの柱
微妙な空気に包まれる
「気まずい、恥ずかし、感じ悪ーい」
鼻歌まじりで歌い出す芒種
「やめろ…」
小暑が芒種を止める
「挨拶は基本だろ、お前、喋れないの?」
芒種の言葉に、黙ったまま拳握る柱
「私は如月立春きさらぎ たてはるどうやらお前の兄らしい、宜しく頼む」
柱に手を差し出す立春
その言葉に春の暖かさを感じた、言霊が込められていた。
差し出された手を柱がそっと握ったその時
「ああぁぁ!」
「ああぁぁ!」
立春と柱の腕に激しい痛みが走る
西瓜が二人の間に入り手を離す
「挨拶は後にする、皆は各自で自身の荷物を部屋に運ぶように」
「はいっ!!!」
大寒が大きな声で返事をすると同じ部屋の立春と芒種を担ぎ部屋へ向かう
「俺は荷物じゃねぇつうの!」
芒種の言葉を聞き流し大寒は足速に部屋に行く
「行こう…」
白露の声に続き小暑と葉楓が部屋へ
最後に蟄と立冬と柱が気まずさを背負い部屋へ向かう
=ん堂=
ツツジが六角御籤みくじの筒を一人ずつ振るように言い、それぞれが竹の先に書かれた絵を見る
紅の間 睡蓮 寒露 清明
藤の間 海 大雪 かぐや
「今日からここで共に暮らします、他国の言霊使が一つ屋根の下で過ごすのは一生のうち
この中等部にいる間だけです。互いを助け合い、この時を大切に過ごす様に」
ツツジの言葉には愛が込められていた。
「先生、かぐやは?」海が辺りを見回す
「かぐやは月の半分ほどしか寮での生活ができないの。白露と交代よ、だから合流は近々よ」
寒露以外を除く全員が驚きの顔をする
「いよいよ明日は入仙よ、みんな気を休めなさい。新しい指導役も紹介するわ。
それと…新しい仲間とも会えるわよ、男前よ!」
ツツジは笑顔で〝ん堂〟を後にする
= 四季学仙中等部 入仙式 =
獅子十六堂広間にて皆はブローチを左胸につけて 春 夏 秋 冬 各国の言霊使の卵たちが横並びに前を見る。
一人の老人が前に立ち挨拶をする。
「みなさん、こんにちわ。私は四季学仙中等部学長の蓮角レンカクだ、どうぞ宜しく。」
一同、頭を下げる。
「本日より、貴方たちは四季学仙中等部へ入り立派な言霊使になるべく、心得と覚悟を決めてもらう。 そして一番の学びは〝心〟だ。心は言葉同様目に見えぬ、言霊とは言葉の心。 清らかに。清らかに。 ヨイ。ヨイ。」
蓮角の声は皆の緊張をほぐした。
「若き君たちへの指導役に、西瓜、ツツジに加え、源ゲンの三人が主に指導にあたる。
時折、私、蓮角も指導にあたる」
皆は源の風貌が気になり見つめてしまう。口元と片目を布で覆い左目だけ見える瞳は吸い込まれるような黒さに気高さを感じられた。
蓮角の話が続く
「七十二校から新しく言霊使の卵を迎える、編入は四十二年ぶりの事。
二付柱ふずきはしらを皆は真心を持って丁寧に言葉を選び接するように。同じ天の元に生まれた者同士だ、互いを理解するように。」
清明、海、睡蓮、寒露、大雪は昨日のツツジの言葉もあってか、ジィッと柱を見てしまう
「立春くんにそっくり…」清明の心の声が思わず漏れる
清明はとっさに両手で口を覆う
蓮角の顔に笑顔が溢れる
「ここでは何処で生まれたかは関係ない、故郷に誇りを持ち、他を認め愛すのだ。
その全てが双成国になる」
蓮角の言葉に少しホッとする柱。
「さて、今から自己紹介をしてもらう、他を認め己を知るのだ。
〝己を知り、他が為に何が出来るのか考えよ」
蓮角の話の間、海の目は立冬を見ていた
そんな海に気がつかないふりをする蓮角
「それでは…夏成国からにしよう。夏成国の者は前へ」
その言葉に ハッとする海
海、睡蓮、芒種、小暑が目を見合わせ、芒種が一歩前に出る
「実木芒種 四霊 鳳凰 主な天能力は治言、先視界、好きな色は緑。宜しくお願いします」
続いて小暑が前に出る
「文月小暑 四霊 鳳凰 主な天能力は書霊、開門、好きな書は言霊白書。宜しくお願いします」
次に海が前に出る
「皐月海 四霊 鳳凰 主な天能力は唄歌い 好きな事は歌う事。宜しくお願いします」
立冬と目が合い頬を赤くする海
「皐月睡蓮 四霊 鳳凰 主な天能力は 火使い、得意な事は笑う事。宜しくお願い致します」
指導役の源が口を開く
「皆も知っていると思うが睡蓮は朱雀を継承する」
その言葉に下を向く睡蓮
「だが朱雀継承を正式にした後でも中等部にいる間は名を睡蓮と呼ぶように」
源の言葉に驚きつつも嬉しく思う睡蓮
「次は、秋成国の者は前へ」
蓮角の声に皆の前に並ぶ、白露、葉楓、寒露
「葉月葉楓 四霊 麒麟 主な天能力は 枯れ。土いじりが大好きだ、宜しくお願いしおします」
「満月寒露 四霊 麒麟 主な天能力は 祝詞憑依 鳥が好きです。宜しくお願い致します」
「永月白露 四霊 麒麟 主な天能力は月と読み 好きな食べ物は餅。宜しくお願い致します。そして今日は来ていないが、永月かぐやがいる、私の妹だ。代わりに挨拶を失礼する」
秋成国の阿吽の呼吸は皆を惹きつけた
西瓜が口を開く
「白露とかぐやは月の半分を交代で中等部で学ぶ、居待いまち様の考えあっての事fだ、深く詮索しない様に。 次は冬成国の者前へ」
「冬成国 四霊 亀 大寒、主な天能力は怪風力 好きな動物は、おこじょ。宜しくお願い致します」
大柄な体に温かさを感じる人柄である
「冬成国 四霊 亀 大雪 主な天能力は変霊言 好きな言葉は
〝カントオロワヤクサクノアランケプシネプイサム 〟
意味は 〝全ての者はこの世に役割を持って下されてる〟
色白の頬が赤くなる
「冬成国 四霊 亀 立冬 主な天能力は凍結界 凍言 炎を見つめるのが好きです」
立冬と睡蓮が目が合うと、睡蓮が悪戯な顔を浮かべる、立冬は微かに微笑んだ。
その光景に顔色を曇らせる海
「最後に 春成国の者前へ」 蓮角が目を細める
「如月 立春 四霊 龍 主な天能力は 八五三音言 好きな事は 友といる時間だ」
立春の〝気〟は皆の中でも 芯があり際立っていた
「弥生 蟄 四霊 龍 主な天能力は 虫使い 数霊言 好きな事は囲碁」
話し方だけで頭が良いのが伝わる 不思議さがある
もじもじ緊張しながら前へ出る清明
「卯月 清明 四霊 龍 主な天能力は 芽吹き……苦手な事は人前に出る事です」
立春と蟄が心配そうに優しい眼差しを送る
「うん、では。」 蓮角が柱を見ると、柱は下向きかげんで前に立つ
「二付 柱……えっと…主な天能力は 時使い…」
ツツジ、西瓜、源が目を開く
「えっと…時使いじゃなくて…時止…言…だったかな… …好きな物は甘酒…」
〝時使いだと…言い間違いか…〟 源の心が騒めく
「以上、十五名の言霊使の卵たちが閏言霊、生の元、四季学仙校中等部への入仙を認める」
蓮角の声に気が引き締まる
「 他を認めん者は己を知らぬ者、七日後、男女対抗戦を実施する。武器を使わず空霊拳で戦う、人数合わせに女子チームは一回のみ、ツツジが応戦できる事とする。酔イ踊レ乱舞へ向けての大切な学びである。では、入仙式を終わりとする、礼!」
皆は頭を下げる
「負けないわよ!燃えてきたわ!」睡蓮が男子達に指を差し宣戦布告する
「おしとやかの欠片も無い〝気〟だ!かかって来い!」芒種と睡蓮が互いに目をバチバチさせる
「相変わらず、勝ち気だな」白露が笑う
「だだだ男女対抗戦だなんて…立春くんと蟄くんと戦いたくないよ…」清明の弱音に優しい眼差しを送る立春と蟄
大雪の目は潤んでいる
そんな様子を見て西瓜が手を二回叩く
「それでは男子は あ堂、女子は ん堂へ戻り話合い出順を決め、自主的に学びに取り組む様に」
=ん堂=
「たたた戦うなんて無理だよう…」泣き始める大雪
「立春くん蟄くんに勝てる気がしない」真顔の清明
「勝てる気がしないなんて弱音吐いちゃ駄目よ!勝てる気しかしないわ!」
睡蓮主導で話が進む
「でもなんだかワクワクしてきたわ!」寒露が立ち上がる
明日には、かぐやも合流よ!私達の底力を見せるわよ!オォー!」睡蓮が拳を上げる
「…オォォ…」
=あ堂=
小暑が腕を組みながら上を見る
「柱…空霊拳やった事はあるのか?」
「ない」柱は下を向く
「空霊拳なら白露が初段だったと」大寒が白露を見る
「悪いが、今日には家へ戻る、明日からはかぐやだ」
「言霊の放出のやり方や気の練り方高め方、抑え方をそもそもどこまで知っている?」
蟄の問いに
「何も…知らない」柱の言葉に無言になる一同
「なら、今やるしか無いだろう!」芒種が立ち上がる
「言霊の基礎知識は蟄と小暑。空霊拳は立春と大寒。気の使い方は立冬と葉楓。そして俺は何も指導はしない!」
芒種の堂々とした姿に呆れる一同
「俺は何も教えない代わりに、俺は柱を信じる」
芒種の言葉に顔をあげる柱。皆は笑顔になった。
空霊拳の手合わせで距離が近づく立春と柱。空霊拳は肌に触れる事なく〝気〟の力で戦う戦術なのである。
〝気〟の練り方、基礎知識を学ぶ事によって少しずつ〝気〟のコントロールができるようになる柱
「〝俺は本当に言霊使なのか…?〟」 柱の心に変化が現れる
夕食時、ガツガツ食べる柱の姿に女子達は少しひき気味で焦りを感じる。
大寒と立冬は柱の食べっぷりを最後まで見入ってしまうほど。
芒種が自信に満ち溢れた顔で睡蓮に近寄る
「うちの新入りの柱くんを見たまえ!このガツガツぶりを!!磨かれていくこの〝気〟を感じるだろう!」
睡蓮は目を細め作り笑顔であしらう
「空霊拳は立春と大寒、気練りは立冬と葉楓、知識は蟄と小暑あたりが教えてると見たわ、芒種はどーせ応援係でしょう?」
図星すぎて何も言い返せない芒種
〝思った通りね〟と笑う睡蓮。そんな二人のやり取りを一同は〝またか〟と少々眉をひそめる
「あなたが柱くん?」
その声に口いっぱいのまま顔を顔を上げる柱は目の前の少女を見て箸を落とす
「はじめまして、秋成国から来ました 永月かぐやです。兄の白露と交代で中等部へ学びにきています、入仙式では会えなかったから宜しくね」
柱は口を開けたまま、かぐやを見つめている。
思わず…
「可愛い…」と呟くと横にいた葉楓が味噌汁を噴き出す
「白露の前では言うなよ…嫉妬する」
睡蓮の目が光る
〝ちょろいわ!かぐやは〝気〟が強いのよ、簡単に術にかかってるじゃない…クククッ〟
=あ堂大浴場=
かぐやの可愛さにのぼせ気味の柱に葉楓が諭す
「かぐやの事あまり白露の前では言うなよ?」
「何でだ?あんな可愛い子、七十二校にはいない、あの子はまるでお姫様みたいだ」
「一目惚れですかい?」
大寒が湯に入り大量の湯が浴槽から溢れ出る
「それは御法度だ」小暑が手拭いを頭に乗せる
「御法度?」
「そうだ、言霊使は他国との婚姻が認められていない、婚姻関係を結ぶ事で国取りや些細な争いを避ける為の他に、もし生まれた子どもが適正期の閏言霊の場合、天能力の偏りや母国への祈りの妨げとなるといったところだろう」
小暑が手ぬぐいで汗を拭く
「ふぅーん…そういえば、かぐやの兄が白露ってことは二人は双子なのか?」
「白露は側室の子だ、双子ではない。母親が違う為、兄と妹となる…同じ日に遅れて生まれてきた正室の子がかぐやだ。二人は一度も会った事がない…会う事を禁止されている…
白露はかぐやの顔を知らない」同国の葉楓が哀しげに言う。
「なんかさ、四季学仙校の奴らって気取ってて近寄り難い奴らだと思ってたけど、言霊使にも色々あるんだな……大寒と立冬は皆が食事を終わる頃に食べ出すのも理由があるのか?」
「ハハハハ!癖とでも言ったら良いのか…」大寒が立ち上げると湯が半分になった。
「少しずつ互いを知ろう」
葉楓は自分が言った言葉に〝ハッ〟とする。
〝互いを知る〟卒仙の時の課題を思い出していた。
=あ堂 大広間=
「互いを知るとは己を知る事」
葉楓の言葉に一同腕組みをする
「自国の事を教えてくれ、風呂で柱と話ていて気がついた、今回の課題は〝気の団結力〟だ」
「なるほど…」
立冬が頷く
「春成国は…思っている以上に深刻だ…なにせ閏言霊の双子が生まれたからな…私か柱の体に〝刻印〟が現れる…二人のうち、どちらかは煉獄堂へ収監される」
皆は驚きの眼差しを立春に向ける中、蟄は唇を噛み締める
重い空気の中、小暑が口を開く
「夏成国は朱雀様の死期が近い…本来、睡蓮は一刻も早く朱雀を継承をした方がいいのだ。ただ年齢が若いすぎる事と言霊使としても早く成長をしなければならない。そして継承する子を生み出し〝夢見〟をしなければ数年で死ぬであろう…」
「夢見?」柱が問う
「夢見とは…」
「いい、今はまだその話はいい、」芒種が小暑の話をさえぎる
「俺は言霊使にはなりたくない」
葉楓の言葉に一同口を開ける
「好きで閏言霊に生まれたきたわけじゃない、そう思う事は恥だと思ってた。白露とかぐやは接触禁止…そんなのおかしいだろ、今この場に白露だっているべきなんだ…きっとずっと寒露も同じ事を思っていた…白露とかぐやが会えない理由なんて何処にもない。
そう思いながら俺は今、言霊使になろうとしている。己を犠牲にして秋成国に祈りを捧げる一生を…俺はまだ…」
声を振るわす葉楓
「俺も本当は医師になりたかった」芒種がポツリと本音を漏らす
「お前ら…」
柱はそれ以上何も言えなかった
「冬成国は大寒を最後に閏言霊が生まれていない、先人の言霊使は世界大地震で沢山死んだ…それはつまり冬成国及び双成国の危機を示す。冬納様は術で眠り続けている…だから俺は早く言霊使になって自国の為に祈りの務めに就きたい」
立冬は静かに話すも芯がこもっていた
「俺は皆が今生きているのも言霊使の祈りのおかげだと言うが、一方では貧しく満足に食事がとれない者、親がいない者は学校には行けずに家の仕事を強いられている者がいる」
「そんな… 」立春は柱の話に驚く。
平人の暮らしが豊かではない事は分かってはいたが自身の想像を超えていた。振り返れば清明の家が裕福ではない事は立春と蟄も気が付いていた。
「他国の為に祈りたいと思ったのは初めてだ」
大寒の言葉に皆の気持ちは一つになった。
= ん堂 大広間 =
「柱くん…思っていたより普通の子だったね」
清明が優しく笑う
「タイプじゃなかったて事? 確かにツツジ先生がイケメンて言うから少し期待したけど」
睡蓮が腕を組む
「違うの…タイプとかそんな意味じゃなくて…立春くんに似てるなぁって」
「柱くんはどこまで言霊を使いこなせるのかなぁ」
大雪が呟く
「立春くんの弟って事は…」
清明は立春の負霊の力を思い出して暗い表情をする
そんな清明を見て、かぐやが口を開く
「何で男女に分けて試合をすると思う?これはただの伝統行事ってわけじゃない、私たちはこれから体格も変わって力で、もう勝てなくなる。でも言霊では別よ。女の言葉にはいつも真意が込められている」
「確かに、うちの父は母様との口喧嘩にいつも負けてるわ!」
寒露が深く頷く
「なるほど、空霊拳で戦う事に意味があるのね…一年後には頭一つぶんは大きくなる男の子に勝てると見込みがあるのが〝今〟な訳ね…だったらツツジ先生助け無しで行こうじゃない平等に。誰かが二回戦う事になるけど」
海の言葉に皆が微笑み頷く
「あのぅ…」
大雪が手を上げる
「空霊拳て……話すの禁止だから…その…気の手合いだから…そもそも言霊を使わないかと…」
「最初の挨拶で相手の真意を読み取るのよ、言葉から相手の心を読む。その一手にかけるわ、〝ありがとう〟と言葉一つでも言い方や雰囲気で相手の真意を察することができるわ特に私たち言霊使は」
睡蓮の言葉に皆が共感する
「確かに…この戦いの勝敗は相手の真意をどれだけ読み取れるか、察する能力もまた言霊使になる上で必要な事、それなら同郷の相手と戦えたら勝ちへの一歩」
「でも私は立春くんと蟄くんの真意なんて先に読まれてしまう!同郷の相手は…」
「清明?これはいい機会だと思って訓練するわよ、相手が誰であろうと気を読まれない事」
睡蓮に肩を優しく叩かれ清明は小さく返事をする
〝相手が誰であっても…〟
海の心に立冬の顔が浮かぶ
それから女子チームは様々な言葉から相手がどう感じているのか読み取る察気さっきの訓練に取り掛かる
心と気は同気する
= 男女対抗戦 当日 =
澄み渡る青空に春の風が心地よく頬を撫でる
四季学仙校内の野外広間にて男子は西瓜を先頭に女子はツツジを先頭に左右に分かれ向かい合う
眼光を放つ女子に対し男子は穏やかな眼差しの中に芯を宿している
それぞれの気が充満する中、学長の蓮角が挨拶をする
「これより、四季学仙校中等部男女対抗戦を行う」
一同が頭を下げる
蓮角が少し苦い顔をする
西瓜、ツツジ、源もその気配を感じていた
〝邪気の香りがする〟
蓮角が白の六角御籤を振る
「ほう」
皆が一点に蓮角を見る
「小暑、前へ」
「はい」
続けて赤の六角御籤を振る
「海、前へ」
「はい」
源が双方を見る
「一回戦は 小暑、海」
源が右手を上げ下に下ろす
「初め!」
「宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します」
双方が構える
〝相手が同郷とは…〟
小暑は顔色一つ変えず呼吸も撫でやかだ
〝小暑、相手が私でやりやすそうね…気に緩みを感じたわ〟
海は小暑の気持ちを読み取った
無言の試合の中聞こえるのはキレのある動きが空気に混じり空間を切り裂く音と互いの呼吸のみ
どちらも譲らない綺麗な手合わせだ
小暑は海の繊細な気を掴むのを待った。
〝そろそろ疲れてくる頃だろう〟
小暑の思った通りに海の呼吸が少し荒くなる。だがそれは小暑も同じである
〝ん?この呼吸は…祝詞!〟
海は夏成国の海辺で睡蓮との舞を思い出していた
海の空霊拳はまるで美しい蝶のようでいて相手を舞に誘い込んでいた
〝なるほど、同郷ならではの気だ、そして海は私がこの気に気が付く事もわかっていた、初めから私の気を読んだのだな。ならば私は受け入れよう〟
と手を止めかけた時、小暑は海に違和感を感じる
〝なんだ?〟
海の顔に僅かな歪みと気に乱れが見えたのだ
〝勝てる〟
そう思い小暑は手に気を込め海の右肩へ触れる寸前のところで気を放つ
皆が小暑の勝利を確信した
海は体勢を崩し尻もちをつく寸前で体勢を戻し一気に小暑を気で飛ばした
不意をつかれた小暑は先に尻もちをついた
「勝負あり、勝者、海!」
小暑が静かに立ち上がり
「有難う御座いました」
と頭を下げる
海は何が起きたのか分からずに
「有難う御座いました」と挨拶をする
女子チームは海の勝利に拍手をする
小暑の肩に大寒の大きな手が優しく二回触れる
蓮角が次の御籤を振る
「葉楓、前へ」
「はい」
「大雪、前へ」
「…はい」
葉楓と大雪は互いを見つめ構える
「初め!」
「宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します」
〝何だ…冷たい気配だ。これが冬成国の特性か…〟
葉楓は大雪の真っ白な気を感じる
〝何だろう…この人から大地の香りと…〟
小柄な大雪は葉楓の気に押されぎみである
二人の手合わせを見ていた源は確信する
〝さすが、冬成国…魂の気が格段に違う…一見か弱く見える大雪は洗練されている… 何故ゆえこうも冬成国は... 〟
葉楓は最後の一手に集中する
〝体格に差があり過ぎたな…籤も運のうち。次の一手で決める〟
大雪は次の一手を読みとる
〝葉楓くんからは大地の香りと迷いの気がした、手合わせの相手は運ではなくきっと…〟
大雪は葉楓の決めの一手をかわし気霊を込め葉楓の胸へ放つ
〝運ではなく引き寄せあっただけ…〟
葉楓はその場に倒れる
「勝者、大雪!」
葉楓は唇を噛み締め立ち上がる
〝みんな、ごめん…〟
「有難う御座いました」
「有難う御座いました」
〝カイ…よく育てたな…〟
蓮角の心が呟く
「二連勝、凄いです!」
寒露に喜びが溢れる
蓮角が御籤を振る
「大寒、前へ」
「はい」
「寒露、前へ」
「…はいっ!」
互いが頭をさげ構える
「宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します」
〝喜んでいる場合じゃないわ、何で大寒なのよ…巨人だし…空霊拳の段持ってなかった?予想してなかったわ…私の相手が大寒だなんて…いや、やるしかないわ、そうよ大寒は優しさの塊みたいな気がいつも滲み出てる、女の子を転ばせるなんてさせないわよ、そうよきっとそうよ!!〟
寒露は最初の構えのまま大寒の一手を避けれず転ぶ
瞬殺である
「勝負あり、勝者、大寒」
「へ?」
寒露の動揺した気はその場にいた全員が読み取れるほどだった
「いやぁ、すまなかった、何か考えてたようだったが構えのまま動かないから一手を決めただよ。怪我がないようにしましただ」
大寒の大きな手が寒露の手を取る
一同やれやれといった表情だ
「みんなごめん」
涙がちょちょ切れの寒露
「相手が大寒じゃ動揺するよね、大丈夫!」
大雪が慰める
〝キツネ…寒露はトンボに似たようだな…〟
蓮角が御籤を振る
「立春、前へ」
「はい」
「清明、前へ」
「はい」
「あちゃぁ、嫌だって思う相手と当たるものよねぇ」
睡蓮が片手を額に当てる
双方が向かい合うと空気が変わる
「宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します」
手合わせが始まると辺りに花が咲き始める
〝春成国の香りだ〟
手合わせを初めて一時間が経とうとしていた
ツツジが微笑む
「互いの主な天能力のうちの一つに〝芽吹き〟があるのだろう、どちらかの体力が尽きるか、気を使い果たすか」
〝清明、あなたは凄いわ、立春相手に互角に戦っている、互いを知る故の考察する邪気が一瞬も感じない、一瞬でも考えれば互いに読み取ってしまう…といったところかしら〟
「やめ!」
蓮角の声に動きを止める二人
「手合わせをし、一時間を過ぎた、どちらかの気を使い果たせば明日に支障が出る、よってこの勝負は引き分け!」
「有難う御座いました」
「有難う御座いました」
と同時にその場で清明が倒れる、立春は清明を抱き抱え女子チームの控え場所に寝かせる
「清明、見事であった」
立春は気を失った清明にそっと言った
蓮角の胸が微かに熱くなる
〝山茶花…菜の葉…〟
御籤が振られる
「柱、前へ」
「はい」
「かぐや、前へ」
「はい」
一同が柱に注目する、幼少期から顔馴染みでもなく柱の内に秘められた気がどんなものなのか蓮角でさえ目をはる
「宜しくお願い致します」
「宜しくお願いします」
互いが構えると柱から放たれる膨大な気に蓮角の額から汗が流れる
柱は自分の気がどの程度のものなのかも把握しておらず、訓練した空霊拳に集中する
一同かぐやの身を案ずる中、かぐや本人はとてつもなく落ち着き放っていた
〝この気、私知ってる…白露に似てる気がするの妙に落ち着くの〟
二人の手合わせは、かぐやが押している
「やはり空霊拳のみならず、言霊に己の特性すら分からず我らとは学んできた時間が違いすぎる、何より、かぐやは柱を恐れていない…」
立春は柱を弟という感情で見つめ複雑な眼差しを向ける
〝これが言霊使かぐや…大寒との練習とは違う気だ、まるで感情が読めねぇ、でも…〟
柱はワクワクしていた
〝柱くんは私と似てるのかな…兄弟が親の都合でずっと会えないなんて辛いよね〟
かぐやが気を込め一手を決める。
が、柱には全く効いていない
〝嘘でしょ、確かに入ったわ〟
かぐやは明らかに動揺し、その気を柱が掴む
〝今だ!〟
柱の気霊がかぐやの髪をかすめ奥の木に当たり、かぐやはふらつきその場に膝をつく
「勝負あり!勝者、柱!」
「よっっしゃぁ!」
「挨拶!」
蓮角は声を上げる
「有難う御座いました」
「有難うな、すごく楽しかった」
かぐやの髪をかすり柱の気が当たった木は穴があいていた
〝これは……。山茶花、柱は間違いなくお前の子だ〟
蓮角は御籤をふる
「芒種、前へ」
「はい」
「大雪、前へ」
「はい」
〝この子たちが望んだ事とはいえ二回戦も戦えるかしら〟
ツツジが手を上げる
「大雪と話がしたい、時間を頂く」
「よろしい」
「大雪、本当に大丈夫? 体力と気は残っているの?」
「はい、何故だか分からないけど近くにカイ爺とアワン様を感じるのです」
「…そう、わかったわ」
ツツジは蓮角に頭をさげ後ろに下がる
「初め!」
「宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します」
〝芒種、冬成国のお嬢さんの気は無敵ゾーンに入ったぞ〟
西瓜が目を細める
〝早い!〟
芒種は大雪の動きの速さに圧倒される
〝私は一人じゃない、何も怖くない、何故ならこの動き、呼吸、気の一つ一つに冬成国のみんなの気が流れてくる〟
大雪は自分が突き動かされる気持ちに感謝していた
〝俺は冬は苦手なんだよ〟
芒種は柱や仲間の顔を思い浮かべた
〝他の為に戦い祈る!己に流れ循環する!〟
互いが最大に気を込め決めの一手を放つ
互いの右手と右手の空間に光が見え互いの体が宙を舞う
先に地面に倒れたのは…
「勝負あり!勝者、大雪!」
数秒の差で芒種が先に地面に倒れたのだった
「有難う御座いました」
「有難う御座いました」
〝一見、僅かな差であったように見えたが大差があった、見えない空間の中にある感謝の思いが膨大な力を呼んだ、大雪よ、お前はいち早く言霊使として人を救えるだろう〟
蓮角が残り少なくなった御籤を振る
「立冬、前へ」
「はい」
「睡蓮、前へ」
「はい」
冬の気と夏の気が溢れ出ている
男子チーム控えでは大寒以外は立ちこめる寒気に震える
女子チーム控えでは暑さに大雪が目を回す
「お仕置き部屋の二人ね」
かぐやが微笑む
野外広間に広がる波動に一同身が引き締まる
「宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します」
〝この構えは!〟
蓮角の目が大きくなる
「あの構え…」
大雪の口から思わず漏れる
「何あの構え?」
落ち込む寒露は見た事のない構えを見て更に落ち込む
「心眼儀礼の構え…」
ツツジが真面目な顔をする
「何かあの二人、約束しているのね… 」
その言葉に海は浮かない顔をする
一方男子控えでも初めて見る構えに柱は眉間にシワを寄せながら
「あれ、俺教えてもらってないぞ!」
大寒に訴える
「あれは…」
大寒の話に食い気味で小暑が話出す
「あの構えは、心眼儀礼と言って二人の間で約束事をしていたり、互いに秘密を共有している相手、もしくはここであなたを殺めます。と言う意味も込められている。一般的に空霊拳の構えは両手を拳にし臍あたりから横腹に拳を添える、稀にへそから胸あたりに拳を添える人もいる」
「で、あの二人の構えは心眼なんちゃらでこれから殺し合うのか?」
柱が目を丸くする
「殺しあう気など無い、殺気など一欠片も感じない」
立冬と睡蓮は左手を下に右手を上に手のひらを向かいあわせ手の間に空間を作り胸元に当てる、まるで魂を包んでいるようにも見える
暫しの沈黙の後、二人は同時に動き出す
「ねぇ…あの二人笑ってるみたい」
寒露が真顔になる
「そうね…」
ツツジが悲しげな顔をする
「立冬が笑ってる…」
同郷の大雪も笑顔になる
〝どちらも同心を保っている…いや、考えは違えど互いを認めあっている、と言ったところか…〟
審判の源の足元には冷気と熱気がぶつかり合う事でできた水滴が水溜まりになり流れていた
立冬は男子チームから自分に向けての祈りを感じとる
〝ありがとう〟
一方で睡蓮は邪気の念を感じとる
立冬の決めの一手が決まり睡蓮が膝をつく
「勝負あり! 勝者、立冬」
「有難う御座いました」
「有難う御座いました」
足元の水は澄んでいた
「男子、女子共に三勝ずつしている、次で勝敗が決まる。引き分けの場合は…」
蓮角が少し考える表情をする
「…引き分けた場合は西瓜とツツジに勝負をしてもらおう」
「えっ!」
「はい?!」
思いがけない蓮角の提案に動揺する西瓜とツツジ
「ハハハハッ!」
蓮角が笑い御籤を振る
「蟄、前へ」
「はい」
「海、前へ」
「はい」
最後の二人の緊張が邪気に変わらぬように蓮角はわざと場を和ませた
源は上げられた手を下ろす
「初め!」
「宜しくお願い致します」
「宜しくお願い致します」
〝なんだ?このなんとも言えぬ気は…〟
蟄は海の妙な気に違和感を覚える
二人の手合わせはお手本のような型である、地面が濡れていて滑らぬように互いに気を引き締めているのが伝わる
〝海から…蜘蛛の香りがする〟
虫使いの天能力を持つ蟄が海から放たれる違和感に気がつく
〝推測でしがないが…だが、空霊拳では取り出せない〟
蟄の額に汗が滲む
〝さっきから何なの…誰かの声が聞こえる…これじゃ勝てない〟
海は小暑との試合の時も誰かの声が聞こえていた
『勝てない、お前は始めから誰からも望まれてない、朱雀にもなれない、好いた男もでさえも…』
「やめて!!」
手合わせ中の私語は厳禁な為、皆が驚く
「ねぇ、海…何か…」
かぐやが睡蓮を見る
「邪気に溢れてる」
異変に気がついた蓮角、西瓜、ツツジ、源が試合を止めに入る
「来るな!」
海が叫ぶとその場にいた皆が耳を塞ぐ
蓮角は涼しい顔で二人に近づく
先ほどの試合で地面にできた水またりの上に蓮の花が咲く
「マガモ」
蓮角が言霊を放ち海の肩に手を置いた
「あの言霊…」
柱は前に、山茶花からのマガモの言霊を受けたのを思い出し心が震える
〝言霊の力…〟
「蓮角さま、耳の中を!」
蟄が海の耳に手を当てる
海の右耳の中から蜘蛛が出てくる
「幻聴蜘蛛」
〝試合前の邪気はこれか…だが誰が海に…なぜ…〟
幻聴蜘蛛に手をかざし蓮角が言霊を放つと蜘蛛は泡になり溶けていった
「海を医務室へ」
「はい」
源が海を抱き上げ芒種を見る
「芒種、ついて来るように」
「…はい」
「さぁ、勝負をつけようか」
蓮角の言葉に皆、唖然とする
「耳に虫が入り邪気が生まれ取り憑かれた、ただそれだけの事よ」
固まる一同に蓮角が笑う
「さぁ、始める、西瓜、前へ」
「えっ!」
「返事が違う!」
「はいっ」
「ツツジ、前へ!」
「…………はい!」
「始め!!」
「何か、よくわかんねぇけど、西瓜先生!がんばれぇ!!」
柱の言葉に男子一同、熱い声援を送る
「ツツジ先生!負けないでぇ!」
寒露の声に女子も熱い声援を送る
「何で」
「こうなる」
西瓜とツツジの試合は一時間を過ぎても終わらず…夕刻になり
蓮角があくびをする
応援していた皆も疲れた表情だ
カーカーカー
「カラスも鳴いた、やめ! じゃんけんぽん」
西瓜とツツジが呆気に取られる
「早ようせんか、ほれ」
西瓜、ツツジが静かに手を出す
「じゃんけん、ぽん!」
中等部 医務室
マガモの効果で眠る海を見守る源と芒種
「幻聴蜘蛛に噛まれたようじゃな」
医療室のドクダミ先生が薬草を海の耳に入れ手を当てる
その手にそっと源が手を添える
「芒種、天能力は治言だったな? 海の耳の中が噛まれて血が出ている言霊を使って治してやってくれ」
「僕がですか?ドクダミ先生にしてもらった方が…」
「ほう、付き添いの彼の天能力は治言か?名は?」
「申遅れました、夏成国から参りました実木芒種です」
「ほう、夏成国から。芒種くん自分の言霊を信じなさい」
「…はい、ですが、幻聴蜘蛛の毒は完全に取り出すのに慎重にやらなければ海の聴覚が失われます…」
「出来ぬと?」
「…はい、まだ自分の言霊の力では痛みは癒せても毒までをも取り除ける自信がありません」
「ほう、それでは困るのう…では芒種よ、君に問う。君は言霊使になれるのか?」
「…わかりません」
「では質問を変えよう、君はこの娘を助けたいか?」
「はい」
「出来ないと思う邪念を消して助けたいと願いながら、この子が良くなる姿を思い浮かべるのだ、強く」
芒種の手が震えながら海の耳の上に添えられる
「幻聴蜘蛛の毒よ、この娘の耳から離れ風となり還るのだ 鳴白鳥 」
芒種の添えられた手から黒い煙が湧き消えてゆく
「はぁ、はぁ、」
芒種の額からは汗が吹き出していた
「良く出来た、この力を使いこなせば、出会う命と其方の父の助けになろう」
ドクダミが芒種に囁く
「う…」
海が目を覚ます
「私…」
「海よ、君は幻聴蜘蛛み噛まれ心に邪気が生まれ気を失った、だが芒種の言霊で毒は消え大事ないだろう」
「芒種、凄い汗…私の為にありがとう。」
「こちらこそありがとう…」
「今日はここで休みなさい、私と芒種は失礼するとしよう」
源と芒種が医務室を離れようと立ち上がる
「どちらが勝ったのですか?」
海が源の背中に問う
「明日、友に聞くと良い」
そう言うと医務室を後にした
「源先生」
「どうした?」
「先ほどの海に言霊を使い毒を取り出す時に…気のせいかも知れなのですが…」
「何か違和感を感じたか?」
「はい…上手く言えないのですが、海以外の誰かを感じたのです」
「なるほど…幻聴蜘蛛を意図的に海へ入れた誰かであろうな」
「一体、誰が」
「この事はまだ皆には言わないように」
「はい…」
夕刻 食堂
「おう!芒種!海は大丈夫か?」
柱が自分の席の横に手招きをする
男子からは歓喜の気が溢れている一方で女子方は暗い気が漂っている
「芒種、海は大丈夫なの?」
睡蓮が目の下を黒くして芒種の顔に近づける
「海よりお前の方がヤバそうだな…海は大丈夫だ」
「そう、良かったわ…」
「よう、芒種どっちが勝ったと思う?」
悪戯な笑顔の柱
「俺らが勝ったようだな」
「正解!芒種なんでわかった?」
「誰でもわかるほどお前らが元気だ」
その様子を見て睡蓮が柱に指をさす
「じゃんけんで勝っただけじゃない」
「じゃんけんで決めたのか?!」
芒種が驚く
「西瓜先生の大きな手のひらがツツジ先生の可愛い拳を…うっぅぅ」
泣き始める睡蓮
「運も実力のうち」
小暑が呟く
「次は負けない!!」
睡蓮は闘志を燃やす
「睡蓮、これは互いを認め合うための手合わせの試合だったのよ、力の入れどころを間違うと私みたいに負けるわよ」
ツツジが笑う
「先生は悔しくないのですか?」
「西瓜に負けたは初めてなの…悔しいわ」
そう言うツツジの顔は木漏れ日のような笑顔だった
「睡蓮、海に食事を持っていってあげなさい、それと毒抜け後で熱がこもっているかも知れないから…立冬、睡蓮と一緒に医務室へ」
ツツジに言われ睡蓮と立冬が医務室へ向かう
「俺が食事持とうか?」
「いいわよ、立冬が持ったら冷えちゃうでしょ。…あの…約束覚えてたんだ?」
「あぁ。」
「そっか…空霊拳の、あの構えで動揺を誘いたかったのにな」
「お互い様」
コンコン
「失礼します、ドクダミ先生と海に食事を持って参りました」
ドクダミが二人の顔をじーっと見る
「夏成国から参りました、皐月睡蓮にございます」
「冬成国から参りました、立冬です」
二人の挨拶を聞くとドクダミは優しく微笑み
「私はドクダミと申す、食事をありがとう」
海は睡蓮の顔を見て安心すると同時に立冬が目に入り顔を赤くする
「海、大丈夫? 幻聴蜘蛛に噛まれるなんて災難だったわね、顔も赤いし立冬に冷やしてもらおう?」
「いいの!大丈夫だから」
立冬がそっと海のおでこに手を添える
「冷たくて気持ちいい」
「そう言う割には顔が赤いけど?」
「ど、毒のせいかな?」
「そうか…」
「ところでどっちが勝ったの?」
海の質問にあからさまに渋い顔をする睡蓮
「負けちゃったんだ…私のせい…だね」
肩を落とす海
「運が良かっただけだよ」
立冬がそう言い添えられた手を下ろすと時計の鐘が鳴る
「こんな時間か…俺行くけど…」
立冬が睡蓮の目を見る
「私も行くわ!お風呂の割り当て女子からだったはず」
「二人とも来てくれてありがとう、もう行って?」
「そしたら明日ね!」
医務室を後にする二人の姿を見て海は胸が少し痛む感じがした
『羨ましいんだろ』
耳を抑える海
〝何で?何これ…まだ…毒が残ってるのかな…〟
幻聴蜘蛛に噛まれた海。
これは不穏の始まりに過ぎなかった。
再び、大地震が起こる音が聞こえぬ波動で忍びよる。
=中等部入仙式編 完=
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