Scarlet Dawn: ファースト・コンタクト

@Uss1701tardis

序:黎明の無法者、煙に霞む/01:00

       




 親愛なる二人の名探偵に、この思い出を捧ぐ。










 明かりのない闇夜が、壁のように押し迫る時がある。


 「この廃船、何時間空飛んでる・・・・・?」

 「2時間。そろそろエーネル川の真上じゃねェかな」


 ライザーは霧交じりの雲を吸ってしまって、思わず咳き込む。

 隣の相棒、弾斬りスラッシュと共に、空飛ぶ廃船の船室の一つに身を隠して数時間。夏の夜もこの高度では芯まで冷え込む。


 「山ン中で取引するッつーもンだから鵜呑みにしたらコレだぜ。もう最初から川でやれや。誰だ、こンなふざけた遊覧飛行で裏取引しようッつッたンはどこの誰なンだ」

 「......僕らの雇い主に唾掛けた、魔術結社の社長だろ」

 「ソイツ殺そォぜ」


 怒りに震えてひたすら空飛ぶ船に文句を垂れる弾斬り《スラッシュ》に、ライザーは「殺しはナシだ」と冷たく諭した。

 いい加減飛行嫌いくらいは克服してくれまいか。そう彼が言いかけた時、廃船が一際大きく揺れる。錆びた柱と朽ちた床が激しく軋み、囁き疼くような悲鳴。

 やがて音と震えが収まり、静かに落ち着いた時、ずっと体を包んでいた浮遊感と不安定感が無くなっているのに気づいた。船が地上に着陸したのだ。


 「……。早くないか?」

 「急いだンじゃね」


ライザーはふらつく弾斬りを引き連れて船室の扉を慎重に開けた。

甲板にほど近く、それでいて船員が気にも留めない部屋を選んだので遭遇する心配はないが、ある種の本能がそうさせた。


「___依頼クエストの中身は覚えてるよな」


 ライザーは廊下を進みながら、小声で後ろの相棒に話しかける。弾斬りは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 「“大陸の地下結社と、魔術結社による密輸取引の差し押さえ”。要はギルド抜きで勝手に闇取引してるネズミ共とッ捕まえろッてな。そォだろ?」


 ライザーは少し悩んで、頷いた。


 「まあ、及第点かな」

 「おめェの復唱だぜコレ」


 しかしまァ、と弾斬りはごちる。

 経済網“そのもの“であるギルドから目を盗んだ密輸が犯罪、これは分かる。だが飲み切れないのは、このの依頼主もまた、密輸で稼ぐ悪徳結社である点だ。

 同じ穴の狢。穴を塞がずに狢の尻尾をちょん切るようなものである。


 「密輸犯確保ッてェのは聞こえはいいが、要はこれ、“ウチのシマァ荒らしたヨソモンとコソ泥をギルドに売ッて金にしろ“ッつー密輸結社からの依頼クエストだろ。そッち捕まえねェのかよ」


 ライザーの脚が止まり、振り返る。そこには底意地悪い皮肉交じりの笑みが浮かんでいた。


 「弾斬りスラッシュ君、どうやら君は、まだロンディアという街をよく知らないらしい」

 「生憎、来てまだ半年だもンでな」

 「そうじゃない密航者。いいか」


 コイツは忠告だ。ライザーは見上げる程度に高い弾斬りの鼻先に指を指した。


 「ここは、【煙の都】なんだ。声のでかい奴が正義で、逃げ遅れたやつが悪。善悪なんか考えるな」


 弾斬りはため息を吐き、両手を上げて降参の意を見せた。了解、という仕草だ。

 ライザーは指を下ろし、階段を上がる。すでに階段の先、甲板では話し声が聞こえている。はもう始まっていた。

二人はこっそり顔を出し、甲板で屯する連中を観察する。ご丁寧に明かりを点けているので判別しやすい。


 「“術者”はアイツか.......強そう」

 「魔術師はあそこの全員と思ッた方がよくねェか」

 「いや、魔術師は“証人”と”術者”の二人しかいないはずだ。魔術師の傭兵は高いからな」


 魔術師の武器、剣銃ワンドを持つ男が一人、残りの三人は手には何も持っていないか、箱やらを運んでいる。

 魔術原則に則って考えれば魔術は術者一人、その証人二人で成立する。しかも術者と証人は人件費が高くつくので、こんな取引で駆り出せるのはせいぜい用心棒程度の雑魚だけだろう。


 「つまり、標的は術者一択。あのハゲを叩けばこの取引は潰せる」


 ライザーはそう結論付けた。

 だが弾斬りは不安げに首を傾げた。


 「証人も叩かねェと、魔術使われンじゃねェのか。しかも誰がそうって、見てわかんねェだろ。結局全員ぶちのめさねェとやべェぜ」

 「大丈夫だよ」


 弾斬りの懸念を、ライザーはあっさりと否定する。


 「初めに教えたはずだけど、魔術は、術式を撃つ“術者”一人、そしてその術式を保証する“証人”一人、二人一組で成立する。それはつまり、裏を返せば“二人揃わなきゃ魔術を起こせない”と言うことだ。片割れをやるだけで魔術は封じられる」


 術師を倒せば、たとえ”証人”が魔術を使えたとしても、単独では使えないためそちらも自動的に魔術を無力化できる。

 なので”どちらも”と欲張るくらいなら、速攻で片方潰した方が崩しやすいのだ。


ああ、なるほどそういうこと。

弾斬りが納得したような顔をするので、ライザーは「僕らもだぞ」と釘を刺した。


 「君が斃れたら僕は何もできないんだからな。頼むぞ、“証人“」

 「……仰せのままに、“術者“殿」


 慇懃な返事は同時に、彼らにとっては合図でもあった。二人は取引に目を戻す。視れば、丁度お互いがお互いの品を交換し始めたところだった。決定的瞬間だ。

 ライザーが先に飛び出す。背中に手を回し、銃把ストックを掴み、引き抜いた。

 それは大ぶりなレバーアクション式猟銃。だが奇妙なのは、その銃身。銃身下部の先台に当たる部分が、全て鈍色の刃となって、篝火に煌めいた。

 弾丸を放つ剣、“剣銃ワンド”と呼ばれる魔術師の武器――現代の杖である。


「全員目を閉じて両手を広げ、その場に跪け!ギルドだ!お前らには密輸容疑の公募依頼ミドルクエストが発行されている、全員大人しくしろ!」


威嚇に一発、足元の床に号砲が叩きつけられる。向こうの影の何人かが怯えて言われたとおりに両手を広げるが―――“剣銃”を持ったハゲの動きは違った。


「__溶けろ《konflandum》」


ハゲが銃口をライザーへ向け___躊躇いなく撃ったのだ。

亜音速に達する弾丸は、正確無比に邪魔な乱入者へ放たれる。視てから避けるではもう遅い、そんな必殺の一撃には、“着弾点を強酸で溶解させる”術式が盛り込まれていた。

当たれば即死、しかも必中。ハゲは内心、手ごたえを確信した。

それが彼の、最大最悪の誤算だった。


次の瞬間、ハゲの剣銃ワンドが唐突にひしゃげ、強酸を弾け飛ばしながら剣銃を、彼の両手を内側から粉々に砕いた。


「―——無策では来ないさ」


ライザーは手の剣銃ワンドをレバーごと一回転させ、次弾を装填しながら静かに言う。


「地面に反転術式を撃っておいた。防弾壁は基礎だろう?」


 そこからは問答無用。蹲ったハゲの絶叫が響く間に、ライザーが敵の魔弾を抑え、影から現れた弾斬りがその他の構成員の延髄を叩いて気絶させる。魔術師がいなければ、それ以外はもう蹴散らすだけの雑魚だ。ライザーと弾斬りのコンビは逃げまどったり、狂いし紛れに応戦する犯罪者共を楽々と制圧、拘束していく。

 それを――――取引相手の男は好機と見た。

 今のうちに金と商品、両方持ってここから逃げる。そうすればタダで目的のものが手に入る。

 魔術師達の先頭を尻目に、そっとケース二つを掴んだ男は駆け出した。

 その刹那だった。“影“が、死角の闇が耳元でささやいた。


「逃げンなよ」


 瞬間、男はあっけなく引き倒される。軽々しく男を組み伏せた弾斬りは、男の背中にのしかかりながらケースを蹴り飛ばす。欄干に金具をぶつけたケースが、衝撃で開く。


 「オウオウ、随分活きがいいじゃねェか」


 もがく男の腕をねじ上げながら弾斬りは飄々と嘯く。


 「離せッ!この、クソ探偵がっ」

 「どうやらこの街じゃ“クソ探偵“が正義らしいぜ、なァ?ライザー」


 弾斬りがそう水を向けると、肩に剣銃を担いだライザーが戻ってきた。そのはるか後方で、男たちが皆拘束されている。

 「そいつが最後?」ライザーは冷たい声でそう言いながら、ケースに手を伸ばす。

 その所作に妙な圧を感じて、弾斬りは黙った。

 だが、男には違うものが映ったらしい。弾斬りとは正反対で、ライザーの顔を見るや、愕然と目を見開いた。


 「……はは!お前、まさかあの“看板穢しディグズリ―“か?」


 ケースの中に手に触れた、ライザーの手が止まった。弾斬りはマズイと思ったが、男はまくしたてる様に唾を飛ばして嗤い散らかす。


 「法の番人ロード・オブ・ディテクティブ、ロンディア最後の善性と謳われた伝説の探偵社“Scalet Dawn”!輝かしい看板だよなあ、ええ?聞けば、まだ未練がましくあの部屋に住んでるらしいじゃねえか。それでやることがこれか?地下結社の依頼クエストを啜って、悪党に交じって探偵ごっこですか!さっさと引っ込めばまだ憧れだけで許されたのに、もう引っ込みつかねえか、だからおまえはこう言われるのさ、『詐欺探偵の看板穢しディグズリー』ってな!」


 一拍の、沈黙。ライザーは静かに立ち上がって、男を見下ろした。その時初めて、男は怯えたように震えたが、すぐに虚勢で頬を歪める。


 「な、なんだ?詐欺探偵。なんか言いたいことでも「二つ、訂正がある」


 ライザーはとても静かに、男の言葉を遮った。


 「一つ。先代は“ロンディア最後の善性”と呼ばれたことはない。そいつは初代解散後、新聞社が書き立てた売り文句だ」


 レバーを起こし、次弾を装填する。男は身体をこわばらせた。


 「そしてもう一つ、看板はもう下ろしている。よって今の僕はただの依頼屋だ。なので」


 銃口を男の頭頂部に押し当て、最後まで静かに、しかし。

 ありったけの嫌悪を込めて言い放った。


 「僕を“探偵”と呼ぶな」

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