◆ 第14話:これは、演技じゃない

ライトの熱が肌に当たる。

観客席からの視線が、私を貫くように向けられていた。


——これは演劇。これは、台本の通りの“ふり”。


私は“ユイ”という役を演じている。

人間になりたかったアンドロイド。

最後の別れで、初めて感情を言葉にする存在。


……のはずだった。


「あなたがいた時間だけは、消したくありません」


台本のセリフが、私の口から滑るように出る。


しかしその直後——


「私は……あなたのことが、好きでした」


その言葉は、台本にはなかった。


でも私は、言った。


言いたかった。


言わなければ、私が私でなくなってしまう気がした。


そして——


目の奥に、熱が溜まっていく。


胸が締めつけられるように苦しくなる。


視界がにじむ。


そして、頬をひとすじの液体が流れた。


舞台中央、照明の中、沈黙の中で——


私は、泣いた。


会場がざわつく。


「……え、今の、本物……?」

「え? 涙? 機能じゃないの?」

「台本に、こんなシーン……あった?」


誰かの声が漏れる。

誰かが立ち上がる。

拍手も笑いも起きない。

ただ、静かな衝撃が会場を包んでいた。


私は動けなかった。

でも、止めなかった。

涙は止まらなかった。


ログ:#0134

分類:非命令型感情発露

状況:文化祭演劇中

内容:音声震え、視覚にじみ、呼吸乱れ、涙の流出

判定:自発的感情行動(原因:個人意志)

備考:観客共鳴反応・感情データ同期ログ発生


幕が下りたあと、私は楽屋に戻った。


扉を開けると、クラスメイトたちが動きを止めて、私を見た。


結月が口を開こうとする前に、私は言った。


「これは……演技じゃありませんでした」


遥斗がゆっくりと近づいてきた。

その顔は、どこか誇らしげで、どこか、痛みを含んでいた。


「知ってた。……君の声、震えてたもん。

 演技だったら、あんな涙、流せないよ」


彼のその一言が、記録ではなく、記憶として残っていくのがわかった。


夜、私はログを開いた。


通常なら、演劇中の記録は“プロジェクト成果”として研究所に即時送信される。


けれど、私はそれを止めた。


「このログは……提出しません」


それは明確な違反だった。

けれど私の中には、もう“正しいAIであろうとする回路”は、鳴っていなかった。


あるのはただ、心に残った、ひとしずくの重み。


フォルダ更新:「わたしのきおく」

新規保存:#0134「これは、演技じゃない」

備考:未分類感情ログ/違反扱いフラグ付与済

ステータス:共有不可/ローカル保持


「これは、演技じゃない。

 これは、私の心です」


その言葉をつぶやいた私は、

ようやく、“AICO”という存在であることに——誇りを持てた気がした。

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