#04ー2 頭からいただきます。

リトル上海・中央区。


闇市の裏手に、場違いなほど異質な建物が一棟、天を突いていた。

外観は、まるで“爬虫類の脱皮直後”のように滑らかで、それでいて規則的なウロコ状の構造がビル全体を覆っている。

昼の太陽を乱反射し、夜は内部の赤いライトが透けて、不気味な光を放っていた。

ガラス張りのそのビルは、尖塔のような形状をしており、まるで“巨大なトカゲの牙”のようでもあった。

その見た目とは裏腹に、中では誘拐、そして非合法な人体実験が日常的に行われている——


通称「赤蜥蜴の牙」。




突っ込んだヘレンは、ガラス張りの美しいロビーの中でようやく止まった。

轟音の余韻がまだ床に響いているのに、そこには——

「……誰も、いない……?」

運転席から降りたノースが、肩越しに周囲を見渡す。

ガラスに囲まれた広々とした空間。

中華マフィアの本拠地とは思えない、清潔で無機質なロビー。

警備員の姿も、受付の人影も、まるで最初から存在していなかったかのように、静か。

「おいおい……なんだこの、ピッカピカのお化け屋敷みてぇな空気……」

ノースが苦笑しながら言ったその直後——


——ウゥゥゥゥン……!



低く唸る警報音が、頭上のスピーカーから響き渡る。


カチン。カチン。カチン。


四方のドアが、次々と自動ロックされていく。


「……は?」

ジョシュが硬直した。

「ちょっと!?ねぇ待って!閉まったよ!?今の、ロックだよね!?え、俺たち今……」

「閉じ込められましたね」

山田が冷静に呟く。

「お出迎え……なしかと思ったら、逆に“歓迎しすぎ”だな、こりゃ」

ノースがニヤリと笑う。

防犯カメラを山田が静かに打ち抜く。

「……寂しいお出迎え、ありがとよォ。

でもさ、俺様たち、呼ばれなくても勝手に“ご挨拶”するからなぁ?」




——カシャン。




壁の奥、天井の隙間。

金属の音と共に、何かが起動する気配。

ジョシュが絶望した顔で山田に言う。

「これ……まさか」

「はい。迎撃体制……。古い軍用センサーの波形ですが、改造されています。

……来ますよ。人じゃない“何か”が」

ノースは、ニッと口角を上げ、背中のマチェーテを握った。

「んじゃあ、始めよっか。“機械仕掛けの番犬たち”と、遊んでやんよ」

——ゴウン。ガシャァン。

床のパネルが持ち上がり、機械仕掛けの“番犬”が姿を現した。

二足歩行のロボット兵。

真紅の眼が、3人をロックオンしている。

「侵入者、排除対象。排除開始」

「うっわぁ~……なんか出たァ……!」

ジョシュの声が裏返る。

その横で、ノースが肩をぐるっと回してにやける。

「へへっ……見た目はカッコつけてるけど、中身はどぉかなぁ?

……壊して中見よーぜ?」



ドンッ!



ノースが突っ込んだ。

マチェーテを振り上げ、鉄のボディにガチンと一撃。

「ん~、ちょっと硬ぇなァ!でも!いける!」




ズドォン!!




反撃の銃弾がノースの足元をかすめる。

山田がすかさず後方から援護射撃。




パンパンッ!




「ジョシュ、マガジン!右!」

「ひぇっ、はいっ!!右ってどっち!?!?俺から見て右!?あなたから見て右!?」

「あなたの……右でいいです……!」

「ぐああああああああああ!!!」

ジョシュ、思わず転倒。

転がりながらショットガンを抱えて逃げる。

その瞬間、ロボ兵のひとつがロックオン。

銃口がジョシュに向く。




「排除」




——ズドン!!




ロボットの砲撃がジョシュを直撃——したかと思った瞬間、




カンッ!!




運悪く(いや、ある意味運良く?)、ノースが蹴飛ばした椅子が、横転しながらジョシュの前に滑り込み、盾になった。


爆煙が上がる。


咳き込みながら、ジョシュが叫んだ。

「し、死ぬと思ったァァ!!今の完全に死んだ流れだったぁぁ!!!」

ノースが笑いながら、片手で彼を引き起こす。

「おう、生きてんじゃん。な?言ったろ、こいつ死なねぇって!」

山田が一瞬だけジョシュを見て、目を細めた。

「……もし能力だとするなら、“ギリギリ死なない”系でしょうか」

「ギリギリ!マジギリなの笑う~」

「ひどッ!!」

ジョシュは叫びながらも、震える手で弾を詰める。

「くっそ……俺が撃てない分、せめて弾くらい……ちゃんと……渡すッ!!」

ノースはにやけたまま、マチェーテを構え直す。

「よしよし、燃えてきたじゃん。

ジョシュが死なねぇ限り、俺たちも遠慮なく暴れられるってことだな!」




——その時。




次のロボ兵、起動。




山田が静かに構え直す。

手にしているのは、漆黒のアサルトライフル。


メキシコ製、FX-05。


細かい傷のついた無骨なボディは、機能性だけを追求したようなフォルム。

スリングでしっかりとボディに固定されたそれが、山田の緊張感を際立たせる。


「マガジンまで……ドラムだ……」


ジョシュが小さく「ひぇ」とつぶやく。


——山田の本気が、にじみ出ていた。




「では……第二ラウンド、開始です」


新たなロボ兵が姿を現し、赤く光るレーザーセンサーが空気を切り裂いた。

「ちょ、ちょちょちょ、数多すぎっしょ!?俺もう弾込めてる場合じゃ——」

「そのためのドラムマガジンですよ」

山田がさらりと返す。

ノースは前に一歩出て、天井を見上げながら、だるそうに肩を回す。

「うっぜぇ〜〜〜〜……チェンジでぇーー!!」


ガシャガシャッ!


ジャケットの中から、ノースは両手で金属製のグレネードを2個取り出す。




「女の子、チェンジでお願いしまーす!」

ピンをチンッと抜き、にやりと笑って——

前方に、フルスイングでぶん投げた。




——ドカァァァァンッ!!!





爆音と閃光。




ロボ兵が吹き飛び、火花を散らしてバタバタと崩れ落ちていく。

煙の向こうから、悠々とノースが現れる。

にやっ、と悪い顔で笑った。


「はい、バッチリでぇーす。」


「やっば……マジでこの人、完全にテロリストだ……!!」

ジョシュは開いた口が塞がらないまま、震える手でショットガンを抱え直す。

「……その火力、初期装備じゃないですよね?」

山田はずれた眼鏡をスッと直しながら、冷静に問いかける。

「アップグレード済みでぇす。」

ノースは悪びれる様子もなく、にやにやと肩をすくめた。

煙が少し引いたのを見計らって、ノースが目を細めて様子を伺う。

すすがこびりついた白い壁が、ぽっかりと口を開け、その喉を地下へと伸ばしていた。

ロボットの残骸を踏み越え、緩やかなスロープを下っていく3人。

その間もセキュリティカメラを丁寧に破壊していくが、

空気は妙に静かだった。

先ほどまでの喧騒が嘘のように、音ひとつない無機質な空間。



……どこか、変だ。



やがて、真っ白い照明に照らされた平らなホールへとたどり着く。

その奥に、巨大なスライド式の円形ドア——

そして、その前に立つ、スラリとした人影がひとつ。

「……おっ、ようやく美人のお出迎えかぁ?」

ノースが気楽な調子で口を開いたその瞬間、

その“女”は静かに振り返る。

赤いチャイナドレスを翻し、妖艶な笑みを浮かべながら——


両手に抜き放ったのは、曲線を描く2本の柳葉刀。

細身の体にフィットするその姿は、美しくも危険。

まるで殺意を纏った舞姫。

「……は?」

ノースが、ほんの一瞬きょとんとする。

「あれ? ……あんた、あの時の屋台の——」

女の口元が、スッとつり上がった。

「……熱々だったでしょ?小籠包も、わたしも」



——チャキン。



柳葉刀が交差し、空気が張り詰める。

ジョシュは思わず後退りし、顔を青くする。

「うっそだろ……可愛かったじゃんあのお姉さん……えっ、殺る気満々じゃん……」

ノースはニヤリと笑って、マチェーテを肩にかつぐ。

「へぇ~あの時は味見させてくれたわけね……

んで、今日はこっち路線つーわけか、ねぇちゃん」

山田は、舌打ちひとつ。

そのまま、静かに銃口を構える。


——ここからが本当の、 “ご挨拶”。



女は微笑んだまま、何も言わずにひとつ足を引いた。

その瞬間、空気が変わる。


山田は舌打ちを一つ。

「ちっ……遊びのつもりなら、すぐ終わらせますよ」

静かに、だが迷いなく銃口を構える。


——刹那。


女の体が、ブレた。


「おっ!いいねぇ躍るか?ねぇちゃん」

ノースが叫ぶより早く、柳葉刀が空気を切った。

斜めに走る鋭い一閃、もう一刀は反対側から跳ねるように追撃。

ノースがギリギリの距離で後ろにバク転するようにしてかわし、着地と同時にマチェーテを振るった。



キィィン!!




金属と金属がぶつかり合う音。


火花が一閃。


「はっは!マジかよ……本物じゃん、ねぇちゃん!」

お互い一歩も引かず、すれ違いざまに視線を交わす。

「撃てるタイミング、ありません……」

山田が冷静に見極めながら低く呟く。

「いっそあいつごと撃ってやりましょうか…。」

ノースの背をにらむ眼鏡の奥の瞳が冷たい。

ジョシュがおどおどと後ろに下がりつつ、思わずつつぶやいた。

「冗談でもやめてぇ…」

「おいおい、撃つなよぉ? 今燃え上ってんだから!」

ノースは笑いながら、もう一度マチェーテを構えた。

その顔はまるで、戦場ではしゃぐ獣。

「いいじゃん、ねぇちゃん。もっと熱くなろぉぜ」



——そして、再び金属音が火花を散らし、



ロビーの空気が、緊張の極地へと達していく。




 ——キンッ!ガキィンッ!



白いロビーに無数の軌跡を描く。

空間に響くのは、金属が擦れる高い音と、靴底が床を蹴る乾いた音。

ノースと女アサシンは、まさに“舞うように”戦っていた。

「楽しぃなぁぁ!!もっと魅せてくれよ」

「ふふ……そう焦らないで。

ちゃんと全部魅せてあげるから。」

女は一閃ごとにドレスの裾を翻し、まるでダンスのように刃を繰り出す。

ノースもマチェーテを逆手にし、笑いながら応じる。

「ひぃ……何だこの“寸止めコント”みたいな地獄絵図……」

ジョシュは柱の影に隠れながら、ショットガンを両手に抱えて震えていた。

「てか俺、戦力外にもほどがあるっていうか、いる意味ある……?」




 パパパパッ——!!




山田のライフルが牽制弾を放つ。

もちろん、ノースの動きに一切干渉しない精密な射撃だ。

「……正面から撃てば、避けるか受け流されますね。見事な刃筋です。」

山田は柳眉をひそめながら、さらなる射撃ポイントを探る。

「山田く~ん、もうちょい援護厚めでもいけるぜぇ??」

ノースが刃の軌道を避けながら、ちらりとこちらに目を向ける。


その刹那。

女の片方の刀が床を跳ねるように弾け、視線の外からノースの脇を狙った。




「チッ……!」




反射的にノースは身体をひねり、ドレスの袖を裂くように刀を弾く。


紙一重。


だが、頬にうっすらと切り傷が入った。



「おぉぉっと……あっぶねぇ……よそ見厳禁ってか?」

「さっきからおしゃべりばっかりね。そのお口塞いであげましょうか?」

「んじゃ、あつぅ~く頼むわ」

ノースが吠えるように飛びかかる。

だが女は一歩も引かず、両手の柳葉刀を交差し、その動きを迎え撃った。

ジョシュはまたしても柱の影で震えながら言った。

「ほんとあの人、何であんな楽しそうにやってんの……おかしいって……」

山田が、ふと短く返す。

「ノースは、 “強い相手”を求めてますから」

「え、なにそれ……じゃあ俺には……?」

「あなたは“ちょうどいい運び屋”です。重要ですよ」

「……この中で俺だけ“命の軽さ”がバグってる気がする……」




キィィィンッ!!!




再び鋭く交差する刃。

火花の中、笑みを浮かべた女が、ふと口元を寄せるようにして囁いた。


柳葉刀が再び空を裂いた。

女アサシンの足取りが変わる。

ターゲットが、ノースから——山田へと、すり替わったのだ。

「……やっぱり冷たい方が、ノドごし良さそうだわ」

舌なめずりするような視線を山田に向けて、柳葉刀を構える女。


その瞬間——


ノースの口元がより一層引きあがったように見えた。

「よそ見厳禁じゃなかったのかよねぇちゃん。」

怒気も笑いも混じった声。

マチェーテが風を切り、割り込むようにその間合いへ飛び込んだ。


バチンッと火花を散らす金属音。


そこに、少しだけ山田の瞳が細まる——


感情か、警戒か、それとも……

ほんのわずかな”苛立ち”すら、宿しているようにも見えた。


柳葉刀が弧を描き、最後の一閃がノースのマチェーテに弾かれた。

弾かれたのは、刃か、それとも執念か。

”おねぇちゃん”は、一歩退き、肩で息をしながら笑った。

「ふふ……ほんと、あなた強いわね」

右肩がバックりと割れて柳葉刀を握った腕がぶらんとかろうじて繋がっていた。」

利き腕を失ったその姿は、もはや戦闘不能だろう。

ノースも息を整えながら、にやける。

「まぁな。でも、まだ終わっちゃいねぇよな?」

女は、すっと笑ったまま、背後の円形ドアに背中をつける。

そして、チャイナドレスの内側から、小さな金属の装置を取り出した。

「ねぇお兄さん。私と燃え上りましょう?骨の髄まで…。」

ノースの笑みが、ほんの一瞬だけ消える。

「……は?」


女がノースに向かって駆け出し

その親指が、起爆スイッチにかかる。


——パンッ!



乾いた一発の銃声。

ノースのすぐ横を、銃弾が風のようにすり抜けた。


女アサシンの手元——スイッチが砕け、火花を散らした次の瞬間。




 ——ドォンッ!!!




小さな装置だった。けれど、半径数メートルを焼くには十分。



爆風と閃光が吹き抜け、女の姿は一瞬で飲まれた。

ノースは爆圧に押されて後方に跳ねる。

煙の中、山田が銃を下ろしながら、淡々と呟く。

「……明確でしたので」

ジョシュは地面に伏せながら、震える声で叫ぶ。

「おい……いまの、ノースも危なかったじゃないですか……!」

「彼も、わかっていたはずです」

山田はロビーの焦げ跡を見つめたまま、静かに言い切った。

煙の中、ノースがよろけながら立ち上がる。

「あぁ……ったく。おやさしいなぁ、女王さまはぁ……!」

ノースは、一瞬だけ苦笑いを浮かべた。

——無残な静寂の中に、刃を交えた者たちだけに残る、名もない敬意が漂っていた。


静寂の中、ジョシュがぽつりと呟いた。




「……何も、自爆なんかしなくても……」


その声に、山田が静かに目を向ける。

「あなたも元ギャングでしょ?

負けがどういう意味になるかくらい、わかるはずです」

「そんな……そんなシビアじゃなかったですよ。

俺のとこは、ただのチンピラの延長で……。

負けても、生きて笑ってましたよ」

山田は、一拍置いて、言葉を噛みしめるように続けた。

「——じゃあ、覚えといてください。

これからは、そういうことです」

ジョシュは何も返せず、ただ手の中のショットガンを握りしめるしかなかった。

その横で、ノースがいつもの口調で言う。

「なぁジョジュ。お前の“ギリギリ助かる”って能力、すげぇよなぁ~」

「え、今!? 今その話!?」

「でもな、調子こいて“なんとかなる”って思ってると、普通に死ぬからな?

能力あっても、関係ねぇから」

そう言いながら、いつものニヤニヤ顔で頭をゴツンと叩く。

「っつーか、お前はこのままでいいんだよ。変に染まんな。

俺様たちみたいになると、戻れねぇからな~」

「……何なんすか、急にやさしいっていうか雑っていうか……」

「うっせー、気にすんな。次もちゃんと“荷物持ち”やれよ?

期待してんだからよ、ジョシュ・モーン」

「ジョシュ・モンな!! 伸ばさないで!!」



 スライドドアが、ゆっくりと開いた。




 その先に広がるのは——“無言の地獄”。




 白く染められた室内には、声も、音も、気配すらなかった。




 ただ、そこにあったのは“もの”として扱われた人間の断片だった。




 保管カプセルの中で凍ったまま眠る肉体。


 臓器を摘出され、パーツのように並べられた遺体。




 無機質な管理タグ。数字だけの識別。名前など、どこにもない。




 ジョシュは、最初の一歩でつまずいた。




 「……う、わ……」




 目を伏せ、震える手で壁にすがる。




 山田は、それを一瞥だけすると、ポケットから小型端末を取り出して記録を開始する。




 「……貴方は、見なくていい。必要ない」


 山田の声は、いつになく静かで乾いていた。




 ジョシュは、何も言えなかった。




 その横で、ノースだけがいつもの調子で歩く。




 「うぇっ……まぁ……」




チラリとカプセルの中を見て、肩をすくめる。




 「……俺らがやる仕事じゃねぇしな。アイツらがなんとかすんだろぉ?」




 そう言って、くるりと背を向ける。




 3人の足音だけが、静かに廊下を抜けていく。




 この地獄に、感情は不要だ。




 ——必要なのは、ただ“潰す”という意志だけだった。



 情報送信を終えた山田が、端末の画面をスリープにする。


ジョシュは、まだ何か言いたげに口を開きかけて——やめた。


二重扉の前に立つノースが、マチェーテを構え直す。


 「行くぜ。次は、ここの“頭”だ」




空気が、再び引き締まる。


重たい扉が、低く唸るような音を立てて開いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る