第9話 王宮内のスパイ摘発とユリウスの正体

 葵が黒の教団の刺客を退けた翌朝――


王宮は騒然としていた。

聖女を狙った襲撃事件は、王国全体を揺るがす大事件。

その中心に「王宮付きの貴族秘書」が関与していたことは、極秘扱いとされたが、内部ではすでに粛清の準備が始まっていた。


 


「……ユリウスは、貴族でありながら教団の一員だったのですね」


葵の言葉に、情報局の長・エルネスト将軍がうなずいた。彼は王の信任厚い重臣で、闇に潜む者の摘発を担う人物だった。


「ええ。我々も長らく内偵を進めていましたが、証拠が足りなかった。ですが、今回の件で決定的になった」


「では……彼がスパイの中心ですか?」


「それが――違うのです」


エルネストは重い口を開く。


「ユリウスは“指揮者”ではなく、“道具”だった可能性がある。我々が摘発した者たちの魔術痕跡から、さらに深い“洗脳”が施されていたことが判明しました」


葵の目が見開かれる。

「……まさか、ユリウス自身も?」


「その可能性はあります。自我を保ったまま、記憶の一部を封じられた、いわば“聖なる器”……教団が求めているのは、“力を宿す器”の再現なのかもしれません」


 



その日の夜。

カインは一人、王宮の地下に降りていた。


そこには、教団の残党と思しき者たちが投獄されている。そして、王宮の執事の一人が――


「……まさか、お前がスパイだったとはな」


カインが冷たい目で見つめる相手は、かつて王妃付きの忠実な老執事として名を馳せた男・グレオ。


彼は笑っていた。

「私はただ、正しい“導き”を選んだまでだ。聖女の力など、器に過ぎぬ。真の神は“闇”の奥底で目覚めようとしている……!」


カインが剣の柄を強く握った瞬間、部屋の結界が反応し、闇の瘴気がグレオの身体からあふれ出す。


「……最後の仕事を果たさせていただく!」


彼の身体が黒く染まり、破裂するかのように瘴気が飛び散った。

間一髪でカインが魔法障壁を展開する。


「……自爆の呪詛か。自らを“封印の鍵”にしていたのか」


これにより、教団のスパイ網の一部が自らの命と引き換えに“情報の口”を閉ざした。


 




翌朝、葵とカインは王の謁見を受ける。

王は苦悩の表情を隠さず言った。


「……スパイは貴族層、使用人層にまで潜んでいた。聖女殿が現れなければ、我々は滅んでいたかもしれぬ。感謝する」


「私は、自分のために戦っただけです。皆さんの力がなければ、私はとっくに囚われていました」


葵の謙虚な答えに、王は深くうなずく。


「ゆえにこそ、聖女よ。我が国の“鍵”となってほしい。聖女として正式に任命し、守護の騎士カインを筆頭に、あなたを守る〈蒼翼の騎士団〉を創設する」


「……私が、“国の鍵”?」


葵の中に、ひとつの疑念が芽生える。

なぜ、転生した自分にだけ、これほど強大な“光”の力が宿ったのか。

なぜ“教団”はその力を最初から知っていたのか。


そして――

ユリウスは本当に“操られていただけ”なのか。

それとも、彼自身が……?


 


その頃――

王都の外れにある黒い尖塔の中。

ユリウスは、薄暗い空間で椅子に座り、微笑んでいた。


王都を離れた黒き尖塔の奥、封印された書庫の一室。

ユリウスは静かに椅子に腰掛け、赤黒く光る瞳のまま、鏡を見つめていた。


「……もうすぐだよ、アオイ。君が目覚めれば、すべてが“本来あるべき形”に戻る」


その声は、かつての優しき宰相補佐とは異なる。

冷たく、傲慢で、まるで王のように。


 



 一方、王宮の地下神殿にて――

カインと葵は、古文書から“聖女と教団”の因縁をたどっていた。


「この巻物……“アオイ”という名の聖女が記されている?」


「それって、私……のこと?」


カインが顔をしかめる。


「転生ではなく、“再来”の可能性がある。つまり、お前の魂はこの世界にかつて存在していた。そしてユリウスもまた――」


 



【過去】

──16年前。王国の北境で、ある村が焼き払われた。


その村には、代々“記憶の魔法”を扱う一族が住んでいた。

ユリウスはその末裔。

しかし村は黒の教団に襲撃され、両親は目の前で命を落とす。


少年ユリウスは教団に捕らえられ、「二重人格の器」として、魂の強化実験の被験者にされる。

結果として彼の中には、“本来のユリウス”と、“教団が造った人格ユノス”が共存することになる。


ユノスは、教団の意志に忠実でありながらも、ユリウスの“アオイへの想い”だけは抑えられず、歪んだ執着として成長していった。


 


【現在】

黒き尖塔の中で、ユリウスは内なる声と対話していた。


《まだ僕を閉じ込めたままにする気か?》


「ユリウス……もうお前は眠っていればいい。アオイは俺のものだ。お前の“優しさ”など、もう必要ない」


《彼女は……僕が守るって、決めたんだ。あのときの誓いを……!》


「だったら証明してみろよ、“記憶の聖域”で。俺に勝てたら、身体を返してやるさ」


 



その頃、葵は眠りの中で奇妙な夢を見る。


――そこは、霧に包まれた記憶の空間。

中央に、金の目をした少年がひとり、膝を抱えて座っていた。


「……あなた、ユリウス?」


少年は顔を上げ、涙をこらえるように言う。


「葵……ごめん。僕は、君を裏切るかもしれない……でも、君を守るって、あのとき誓ったんだ」


「あなたは……今の、ユリウスじゃない?」


「僕は、“もうひとりのユリウス”。でも君を知ってる。君が笑うと、春が来たみたいに、あたたかくなるって……」


彼の姿が光に包まれると、葵の胸に熱い痛みが走る。

“過去”の記憶が、断片的に流れ込んできた――


 



「カイン……私、たぶん昔もこの世界にいた。ユリウスも……そのとき、私を……」


「……護っていたのか」


「ううん……好きでいてくれた、と思う。でもその想いが、今は“呪い”になってしまってる……」


 



そして葵は決意する。

自らの力だけでユリウスと対峙し、“本来の彼”を取り戻すと。


――それが、“聖女の使命”であるならば。



「さあ、アオイ。次は……君の“記憶”に触れさせてもらうよ」


彼の瞳は、あの優しさを装った蒼ではなかった。

瞳の奥に、赤黒い魔の光が宿っていた。

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