やりなおし楽園王の冒険者生活 ~民の願いを叶え続けた大魔法使いの王様、理不尽に処刑されて他国にTS転生した結果、生まれて初めて感謝の言葉を浴びる~

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

第一章 楽園王、幼女に転生する

第一話 楽園を築いた賢王、理不尽な糾弾を受ける

「アルカディア王、あんたをいまから――処刑する!」


 ここはソドゴラ、南の海に浮かぶ小さな島国。

 島の中央にそびえ立つ王城には、玉座の間が当然あり。

 アルカディア王こと私――アルカディア・ハピネス・アンリーシュは、そこから蹴り落とされて、いま十名ほどの男達に組み敷かれていた。


「ふむ」


 彼らが無遠慮に土足で踏みつけるので、妻が刺繍してくれた青いマントも、飾り気のない白い服も汚れてしまっている。

 なにせ外は土砂降りの大雨、彼らの靴は泥まみれ。

 まあ、汚れなど、魔法でいくらでも綺麗になるのだが。

 それでも妻の思いを踏みにじられているようで、哀しい気持ちになってしまう。

 今日が私の60才の誕生日で、国民も喜んでくれているはずと思っていたから、なおさらに。


「処刑とは、とんでもないサプライズプレゼントだ」


 軽口を叩けば、暴漢たち――馬鹿らしいことに革命家レジスタンスを名乗っている――のリーダーが、嘲笑を浮かべた。


「王様よぉ、いつまでそんな強がりが言えるかな?」

「そもそもなぜ、私は処刑されるのだ?」

「おまえが、国民全ての願いを叶えなかったからだよ」


 ……ふむ、それには異議がある。

 私は叶えた。叶えたとも。

 可能な限り、君たちの願いを今日までずっと。


 私が作りたかったものは、誰もが幸せになれる場所。

 戦争で両親を失い。

 失意の旅路の中で、よくしてくれた従者達もみな倒れ。

 二度とそんな苦しみを、誰にも味わわせたくないと誓ったからこそ、立ち上げたのが、このソドゴラだ。


 30年。

 30年だぞ?


 私は身を粉にして君達の望みに報い続けてきた。

 各地をめぐり為政者としての教養と、魔法の力を身につけて、研鑽けんさんし、努力し、磨き上げ。

 そして王妃と出会い、ともに手を取り合って、今日まで諸君らに尽くしてきたじゃないか。

 そう、この戦乱の時代にだ。

 報酬など望まず、頼れる王として振る舞ってきたはずだ。


「たとえば、私を押さえつけている君」


 背中に乗っている10人ほどの男達。

 その真ん中にいた巨漢を、顎で示しながら私は続ける。


「君は子ども連れでこの国へ来ただろう? 幼い子だった」

「な、なんでそのことを」

「覚えているとも」


 むしろ、なぜ知らないと、忘れていると思う?

 我が国に踏み入り、笑顔を浮かべた君たち親子のまばゆい表情を、私は決して忘却などしない。


「そんな君に、お子さんに、衣食住を与えたのは誰だ? 働き口をつくったのは? 病にかからぬよう予防の魔法をかけたのは?」

「黙れ!」

「おっと」


 思いっきり背中を殴りつけられる。

 なんのことはないので説得を続けようとすると、どこからか石が飛んできた。


「ひとでなしがっ」


 見遣れば玉座の間の入り口に、大挙したずぶ濡れの国民達。

 助けに来てくれたのかと思ったが、私を睨み付ける眼差しには憎悪。


「魔王め、よくもたばかってくれたな。わしは、わしは孫と過ごす時間を……」


 おやおや、おじいさん。

 孫の顔を見るまで死ねないからと、私に延命を頼んだのはそっちじゃないか。

 魔法では定められた死を覆せない。

 それでもやりくりは出来るからと、睡眠時間を長くすることを了承したのも、あなたではないか。

 それでも私を憎むのか?


「ご自慢の魔法で聞いてみろよ」


 愉快痛快といった有様で、リーダーが私を見下す。


「城の外では、あんたの民達が叫んでるぜ?」


 まさか、彼らに危害を?

 慌てて聴覚拡張の魔法を発動する。


 そこで聞こえてきたのは、確かに叫びだった。

 ただし、私に対する失望と憎悪にたぎった嚇怒いかりの叫び。


『出て行け!』

『消え去れ魔王!』

『嘘つきめ!』

『いなくなれ!』


 国民達誰もが、私の死を願っていた。

 移民達も、まだ無人島だった頃一緒に渡り住んできた者たちも、この地で生まれたものも、誰もかもが。


「民よ、どうか私の言葉を聞いて欲しい」


 魔法で声を外にまで届けながら、私は訴える。


「争いは不毛だ、憎み合うのも疲れる。困りごとがあるのなら、私が手伝おう。温かな食事、柔らかい寝床、職場も、友達も、きっとなんとかしてみせる」


 この部屋に殴り込んできた君。君は確か一週間前に入国したね?

 石工職人になりたい、けれど住むところがないといった。

 だからどちらの願いも叶えたさ。

 私の城に住んでもらい、技術も教えた。


 他の皆もそうだろう?

 字が読めるようになりたい、うたが歌えるようになりたい、健康でいたい。

 どれも望んだとおりにした。

 何を求める? これ以上、いったい何を?


「いいや、おまえは叶えなかったさ! なにせ願いを選別したんだからな」


 レジスタンスのリーダーが、私の顔を蹴りつける。

 さすがに痛いが、この程度では血すら出ない。

 この身体を傷つけられるのは、私と同等の魔法の力だけ。

 肉体は老いたが、魔力は全盛期だ。

 しかし、選別だって?


「そうだ。あいつに勝ちたい、やつを殺したい、金がもっと欲しい、他人の妻を奪いたい。他国を滅ぼせ、戦争で領土拡大。そして――王様になりたい! ぼくたちの願いに、おまえはひとつたりとも手をつけなかった! 報いなかったんだ、許されるわけがないだろ」


 ……正気で言っているのか?

 誰かをないがしろにする望み、他者を傷つける欲望、そんなもののために魔法を使えるものか。

 魔法とは、人生をよりよくするためにこそある。

 国民たちにはそれを、あらかじめ説明したはずだ。


「そう、君たちにも直接話した。私は覚えている」

「口を慎めよ、おまえはもう王座から転がり落ちたんだからさぁ」


 ケタケタと笑うリーダー。

 それでも私は訴える。


「諸君らは頭を冷やしたほうがいい」


 いまなら間に合う。


「私は寛大な王だ。話を聞こう。そうだ。ほんの少し、魔が差しただけなんだろう?」

「うわっ、こいつ抵抗を!?」


 背中に乗っていた巨漢達を魔法の力でゆっくり優しく持ち上げてどかし、立ち上がる。

 両手を組み、祈るような所作から、それを前へと突き出して。

 両手を開き、打ち鳴らす。

 弾けるは、青い魔力。

 双眸が、いまきらめく。


「叶えよう、叶えるとも。君たちが明日を願うのなら、きっとまことにしてみせる。そうさ、石工の君も」


 私が指差せば、彼の手には金槌、そして石材、加えて更なる才能アイディア


「老爺の希望ねがいも」


 指を鳴らせば、ご老人の側にお孫さんが現れる。

 あどけない表情で見上げるお孫さんを見て、老爺は息を呑み。


「誰もの願いを、その尊いものを、叶えるとも」


 パッと手を開けば、魔法の光が四散して、国中の人々へと届く。


「さあ、話し合おう。仲直りは、決して難しいことじゃない」


 微笑み、皆を見詰め、言葉を尽くす。

 だが……リーダーは応じなかった。


「話し合うことなんてありゃしないよ。おまえはぼくたちが魔法を学ぶことさえ許さなかった。傲慢ごうまんで、悪辣あくらつな魔王だ。自分の立場が脅かされたくなかったんだろう? いいぜ、いまなら気持ちがわかる」

「そんな」


 違う。

 未熟な魔法は危険なのだ。

 だから学ぶなら、段階を踏んで、許可を取って欲しいと、そう命じただけで。師事してくれるなら、きっと真っ直ぐに導いてみせると。

 そうだ、これには私の王配おうはいが。

 妻が、王妃アトロシアも承諾してくれたこと。


「アトロシアをんでくれ。彼女なら、すぐに誤解を解いてくれる」

「ああ、いいぜ。ほら、出てこいよ王妃さん」


 男の野卑やひな呼びかけに応じて、妻が姿を現す。

 ああ、いつ見ても美しい。

 私の愛する大切な人。

 建国から今日まで寄り添ってくれた君。


 彼女はこちらへ駆け寄ってくる。

 そうか、怖い思いをさせたね?

 大丈夫だ、私が守るとも。

 君も、彼らだって。


「だから、言ってやってくれ、アトロシア。皆に、冷静になろう――とっ!?」


 ドン、と胸元に飛び込んでくる彼女。

 同時に、心臓に激痛。

 両目を見開き、視線を落とせば、私の胸に短剣が生えていた。


 王妃のために、私がつくった三つの魔導具。

 願いを三度だけ叶える婚礼指輪。

 呪詛じゅそをはね除けるティアラ。

 そして――護身用の短剣。

 この胸に飾られたのは拒絶の意志、殺意を宿す刃。


「なぜだ、アトロシア?」

「あっはっは! 本当にやった、やっちゃったよ。王妃さまが、裏切りもの、魔王を処刑したぞ!」


 騒ぎ立てるレジスタンス達。

 私の腕の中で、静かな、けれど闇黒の眼差しを向けてくる妻。


「私は、君を愛して」

「どうか、おやすみください王よ。そしてこの国から、去ってください」


 そんな。


「それが、君の望みなのか?」

「……はい」


 決別の言葉とともに、さらに強く短剣が差し込まれる。

 唇を割ってあふれ出そうとする鮮血を、妻が汚れないように必死に飲み下しながら。

 私は、彼女を抱きしめようとして。


「死ねぇええええええ、魔王アンリーシュ……!」


 自称レジスタンスのリーダーが、どこから取りだしたのか剣を振りかぶり、私の首筋へと叩き込んだ。

 強い衝撃。

 意識が、断絶する。

 最後に耳にしたのは、妻の、


「どうか、やすらかに」


 ――そんな、冷え切った祈りの言葉だった。



§§


「……はっ!?」


 目を覚ます。

 ずっと呼吸を忘れていたような息苦しさの中、酸素をむさぼり、気息きそくを整える。

 なんだ、夢か。おいおい、不吉な夢見もあったものだ。

 冷や汗を拭いながら身を起こすと、そこは王城の寝室ではなかった。


 まあ、寝室で最後に休息を取ったのは五年ぐらい前なので、いつものことといえばそうなのだが、指先に伝わる感覚はシルクでもない。

 べっとりとした泥濘でいねいが指に絡みつく。


 どうやらどこかの町中らしいが、私の国ソドゴラではない。

 治水は徹底していたからだ。雨上がりだってすっきり爽やか、それがソドゴラ。


 しかし、路地裏だとして、どこの国の?

 立ち上がってみるが、何かスケール感がおかしい。

 足下がぴちゃりと鳴る。

 おっと、水たまり。

 そこにかすかに映し出された自分を見て、違和感を抱く。

 慌てて魔法で光をともし。


「おぉ……悪夢だ……」


 私は愕然がくぜんと呟く。

 なぜなら水鏡には、元の私とは似ても似つかぬ幼女・・の姿が。

 そう、全裸の幼女が、映っていたのだから。

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