第二話 楽園王、異国へTS転生する

 父親譲りのハンサムな顔は、可愛らしい童顔に。

 年老いたロマンスグレーの髪は、若々しい黒髪に。

 渋く鋭い目つきは、螺鈿ホシがちりばめられた夜空色のつぶらな瞳に。

 鍛え上げられた肉体は、ほそっこい女子のものに。

 なにもかもが、置き換わってしまっていた。


 総じて幼女。

 どう見ても、幼い女児だ。


「冷静になれ、落ち着くのだ」


 独り言が出ている時点で冷静ではないが、とにかく思考を回す。

 なんだ、なにが起きた?

 このアルカディア・ハピネス・アンリーシュの身にいったい何が?


 全身へくまなく探査スキャンの魔法を放つ。

 が、上手く行かない。

 詠唱を含めて、再実行すれば、今度は正常に機能する。


 なんと……魔力の流れがズタボロだ。

 無理矢理に千切られ、強制的に繋ぎ直されたようなめちゃくちゃさ。

 これでは詠唱を破棄していたら、魔法など使えるはずもない。

 重傷だ。元に戻すまでしばらくかかるぞ?


「む? 術式が発動した痕跡……転移、若返り、性別変更、急速治癒、転生……そうか!」


 若い頃、自分の身体を実験台に数多あまたの魔法を試したことがある。

 その中に転生の術式もあった。

 これが先ほどの死に応じて、他の放置されていた術式をごった煮に巻き込んで発動したとすれば、現状も理解出来る。


 つまり、命を失ったことで転生術式が起動。

 その際に転移と、若返り、性別変更、肉体と魔力の流れを修復する術式、その他諸々が誘発され連鎖的に発動し、絡まり合った結果として国外へと飛ばされたわけだ。


 しかし、ああ、なんてことだ。

 よりにもよって幼女に成り果てるとは……!


 懸念は多い。

 まったくこの魔法を解除できる気配がしないし。

 なにより、愛する両親の面影を失ってしまうなど耐えがたい。


 ……いや、よく見るとこの幼女の顔、覚えがあるぞ?

 ひょっとして、母さまにそっくりではないか?


「ふむ、母さまの顔ならいいか……」


 ソドゴラには父母の描かれた肖像画が一枚だけ残っている。

 逆に言えば、私と両親の繋がりは、あの絵とこの肉体だけだ。

 まったく別のものに作り替えられるより、母を感じられるこの姿は喜ばしい。


 だが、喜びは薄い。

 罰なのだろうとも思うからだ。

 本来の性別を失ったのも、魔法の力が乱れているのも、見知らぬ土地にいることも。

 きっと、民を導けなかった私へと神がくだした罰なのだ。


「神、だと?」


 自分で言っておいてなんだが、神など信じない。

 私が一番苦労していたときに現れもしなかったものなど、いないに等しい。

 それはともかく、罰であるならこれから起きることは受け容れるしかない。

 もちろん、精一杯のことはするが。


 ……ソドゴラは、いまどうなっているのだろうか。

 すぐにでも様子を知りたいが、遠見の魔法は万全でなければ使えない。

 統治機構たる王が不在となれば、諸外国もソドゴラを放ってはおかないだろう。


 だが、そんなときのための準備を、私はおこたっていない。

 緊急時の引き継ぎマニュアルや、治政に役立つ簡単な魔法の本も残してきた。

 彼らがそれを紐解けば問題ないはずだ。


 国土に魔法の防壁も張っているし、収穫祭を終えたばかりだから、一年分の食料だって備蓄している。

 収入源はやや心許こころもとないが、島で発達した工芸品や陶器は、十分な交渉材料となるはずだ。

 観光業のために、景観や建物にも力を入れてきた。

 対外政策とて即座に崩れない程度に強固であるし、私の不在が確定しない限り抑止力としても機能する。


 それに……国を追われた王が暢気のんきに顔を見せるわけにもいかないだろう。

 彼らは自立を願ったのだ。

 ならばそれを認めるのが、私の役目。

 彼らを悲しませるのは本意ではない。

 それは、許されないことだ。


「だから、まあ……ここがどこかを知る方が先だな」


 とりあえず、調べごとをしようと動き出したところで、


 ぐー……。


 と、お腹が鳴った。


「おぉ……いつ以来だ? 空腹を思い出すなど」


 これまでは忙しくて、食事に時間を割くこともできなかった。

 魔法で栄養だけを生み出して摂取していたのだ。


 民に配るため、甘いクッキーや飴を持ち歩いてはいたが……この全裸では持ち合わせがない。

 そうだ、王が……いや、王でなくとも幼女が、いつまでも裸というのは体裁が悪いな。


「『それは書き割りたる世界の、裏にひらく扉――異相・パラ・収納可能空間スペース』」


 普段は仮想空間に収納している替えの衣服を、魔法で呼び出す。

 以前なら詠唱を破棄できたのだが、いまはそうもいかないらしいことが解った。


 さて、取りだしたのは青のマント、白の服。愛する妻の刺繍つき。

 とはいえこのままではサイズが合わないので仕立て直して……こんなものでいいだろう。

 なにか、王でも幼女でもなく、王子さまみたいな風情になっているが、質実剛健な生地とデザインのおかげで、そこまで目立たない。


「なにより、これが無事とは、私は果報者かほうものだ」


 左手の薬指にはまった、ぶかぶかの婚約指輪。

 アトロシアとの愛の証。

 刺されたとはいえ、彼女に対する愛へ、揺らぎなど微塵もない。

 なに、この通り生きているのだ、些末な問題だとも。

 こればっかりはサイズをいじるのもはばかられるので、紐を通し首から提げることにする。


 よし、準備は整った。

 情報収集へ向かおう。

 私は一歩路地裏から歩み出て。

 そして、目をみはる。


 そこが、夜だというのに活気に満ちた町だったからだ。

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