第十七舞  運命的な感覚

 対負魔局たいふまきょく本部、四階のジムでの運動のあとはよくすずむ。それも、利用している局員の邪魔にならないように脇にあるベンチに座った状態で。正魔せいまのギウちゃんたちも一緒だ、足元に居たり椅子に乗っていたり。エンちゃんは外を見てる。

 目の前には大きな窓。そこから街を眺められる。

 とは言っても、見えるのは住宅街や小さな店、遠くの大きなビルなんかだ。

 そこへ人が来た。ミライさんかと思ったら、潤也じゅんやさんだった。

「あそこにあるベージュ色の壁の、校舎、見える? わかるかな?」

「あー……ああ、あれ? 緑の屋根の右の」

「そうそう。あれ、俺の通ってた小学校」

「へえ……」

「俺、小学校の頃から、見込まれてて、ここで親が働くのを見てたんだよ。まだ浄負術じょうふじゅつは使えなかったから、本当に見てただけだけど」

「そうなんだ。……親は大きかった?」

「当然。親の背中は大きいよ」

「まあ、だよね」

重瑠えるさんは?」

「ん?」

「重瑠さんはどこに通ってたの、もしかして県外?」

「ああ、いや、アタシもここで……あっちの小学校だった」左の奥~の所にある校舎を指差した。それを右に向け直した。「でも途中までそっちだった気がするよ」

「え、途中まで俺と同じ学校?」

「多分ねー」

「それでかなぁ」

「ん?」

「最近、小さい頃のことをよく思い出すんだよ。というか、そんな事があったっけ、って感じでさ」

「へえ、どんなこと思い出すの?」

「俺、小さい時、年上の子とチャンバラやってて」

(え)

「その時泣いたんだよね。ってのを最近思い出して」

(え)

「なんで忘れてたんだろ~って思っててさ――その時、俺、怪我して。多分、相手の浄負術じょうふじゅつで――」

「小学生の頃の、術の、事故?」

「うん。え?」

 潤也じゅんやさんは、うなずいたその顔をすぐ横に向けた。

(――あの男の子、潤也じゅんやさんだったんだ)

「それ、アタシ……というか、あの時のは、ボクって言ってた頃で」

「え、ああ~……そっかそっか。え? あの時?『あの時の』って……え? じゃあ、えっと、今……重瑠えるさんのことを、俺、手伝ってるけど……もしかしてあの時のコが」

 アタシは、コクリと首を動かした。そして暗い顔をしてしまった。

 すると彼は。

「はは、運命的な再会。でも別に恨みもないしね。事故でしょ」

「運命?」

「そう。運命的で、驚きに満ちていて――」

 その目が、アタシをとらえた。

「あ、アタシにはもう、あの――!」

 手をバタバタさせてしまう。

「解ってる。ミライさんでしょ」

「ん、うん」

「てか応援してるし」

「あ……そっか、ありがと」

「いえいえどうも~」

 そう言って彼は窓の外へ視線をやった。

(そっか、潤也じゅんやさんが。もうアレを思い出しても、アレが何だったのかを悩む必要がないなら……気にしてないんなら……。というか、気にしてたのはアタシか)

 景色を見ながら、想いをせる。あの頃に。そして今に。

(……よかった)



「――ってことがあってさ」

 対負魔局たいふまきょくの八〇三号室はミライさんの部屋。そこでミライさんに潤也さんとのことを話すと。

「あのさ。んー、何というか……へぇそうなんだねぇとは思うけど、あんまり嬉々ききとして話されたくはないかな……って」

「あ……ごめん。で、でも、残ってたシコリみたいなのが消えるのが、嬉しかったから」

 声が揺れた。

 我慢しようと思った。

「あ、ああ……そっか、ごめん、こっちこそ! そこまで考えてなかった。ごめん」

「いや……アタシが」

 そこまで言ったら目がうるんだ。

「違う! ごめん、ありがとうね、その、話してくれて! 心が晴れたんだよね! 心配事がなくなったもんね!? 共感してほしかったよね! それを話してくれてありがとう、潤也のことなんか気にしてごめん」

「ううん」

 ミライさんは抱き締めてくれた。

 とにかくそれが嬉しかった。


 その夜。本部三階の食堂でミライさんと食事をし始めた。向かいあった上でだ。

 おぼんっているのは、アタシの場合は厚揚げソバ。ミライさんのは、カツカレーだ。そっちのも美味おいしそう。

 ピブちゃんたちはお盆の隣でくつろいでいる。相変わらず可愛い。

 アタシはこの姿のままだけど、ミライさんは女の姿に戻る時がある、今はその姿。

「最初にアタシを見たの、プールの時でしょ、それまで見なかったし」

 ふと気になっていてみた。

 潤也じゅんやさんのこともあったから訊いた。ミライさんとアタシの接点のことも知りたいと思ったから。

「違うよ」

「え、違うの?」

 それも、運命だって言うの?

 なぜだか、そんな予感がした。

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