第四舞  初めての舞

 この組織は対負魔局たいふまきょくという名らしい。アタシが今いるビル自体は、対負魔局本部という名で、ごく小さな支部なら各地にあるらしい、隠されてもいないらしい。

(やっぱりアタシ、授業でそういうのを習ったのに忘れてたや)

 その組織から受け取ったスマートフォンで、連絡を受ける以外にできることはないか、やっていいかどうかを、誰かに問いたくなっていた、特に、相手が、最初に説明してくれた朋三郎ともさぶろうさんなら文句もない、対応が優しかったし。

「無断で何かに登録することがなければ、いいぞ。ただ、自分のケータイでやれよってレベルのことは無理だけどな」

 と言ってくれたのは、食堂でのこと。紫蘇しそご飯が美味しかった。

 そういう訳で、無料の地図アプリと音楽アプリだけは入れておいた、臨時の時とひま潰しの時とで役立ちそうだし。

 自分のスマホでは、そういったものとゲームアプリがほんの少し入っているけど、近頃はあまりやっていない。今は自分の正魔力せいまりょくによる能力、浄負術じょうふじゅつを向上させることにハマっている。これが浄負術じょうふじゅつという名前らしいと知ったのは、あの質問のついでにやっぱり朋三郎さんに聞いたからだった。茶碗蒸しも美味しかった。

 で、ハマっているから今日も運動スペースに居て、変身後の姿での動きのレパートリーがどんどん増えていくのを実感した。やればやるほど。望み通りの筋肉を付けるのは難しかったけど、今や細身でもかなりの力。

「ちょっとアレを蹴ってみなよ」

 そう言った男性が居た。

「面白そう」

 蹴られたゴム板が倒れる、その際の衝撃の重さを測定する装置。まずはそれに向かって立つ。そして息を整えるために静かにスーハースーハーからの――

「フッ!」

 見様見真似というよりは、最近似た運動をすでにしていたので、スパーリング時のような、少し慣れたキックの動きができた。ズドンと響いた。すると。

「おー、すごい」

 その測定機の画面には、アラビア数字で八百十五ポイントとある。

「大抵どのくらいなんですか? 普通の人だと――」

「まあ二百とか三百くらいだよ」

「へえ……こっわ! アタシこっわ!」


 またある時。自分を鍛えたご褒美にと、コンビニに入った。

(何かいいのが無いかな~)

 と、眺めてみた。

(お? これ気になる)

 手に取ったのは、『しっとりガッチリチョコ』という箱状の商品。

 買って本部の近くの川辺に来た。ベンチがあるので、座って、そこで、付属の楊枝ようじで食べてみる。

「えええ~、これ本当にしっとりぃ美味おいひぃ……」

 また買いに来たいなぁと思った、その時だ、対負魔ふま用のスマホが鳴った。

「え!」

 電話だ。出てみる。

「あっ、も、もしもし、武下たけした重瑠えるです」

 アタシへの電話で合っているのかなという意味もあって、返答を待った。すると。

「クルミ大丘おおおか公園に負魔ふまが出たので対処をお願いします」

 男性の声だった。

 対負魔局たいふまきょく本部から自宅へ行く道の途中に大きな丘になった公園がある、そこで現れたらしい。だからという訳ではなくそれがどこであってもじん速に駆け付けるべきだとは思っていて、だから――

「その場所、わかります、今すぐ行きます!」

 通話を切ってそのケータイをポケットへ。そして走った。

 クルミ大丘おおおか公園南の入口階段前から、駆け上がって広場に出ると、悲鳴が聞こえた。そしてその声の女性が続きを――

「上司罵倒ばとう負魔ふまよー!」

 と。そしてすぐあとで、

『意味不明ぇぇぇな説明ぇぇぇぇの癖してぇぇぇぇ俺のどこが悪いのってぇぇ顔ぉぉぉぉぉすんなぁぁぁぁ』

 と、辛うじて聞き取れる呪いみたいな低い声で、黒い何かがわめきながらうごめいていた。大きい。心にズシンと来る――のは負の力があるからか。

 それはまるで山みたいなヘドロ。闇色のそれが、外周の走り込みの道の中の、テニスコートと並木の間で、

「ヴェェエエ~」

 って言って動いている。

(あれを退治すればいい……? まあ問題の根本は根本で、現場の人たちが解決しなきゃ意味がない……のかな)

 アタシは目の前の問題を。それが今のアタシの役目。

 スポーティで元気な二十代くらいの女性が倒れていた。

(流石に浄負術士じょうふじゅつしじゃないと無理よね)

「任せて!」

 そして前に――出た瞬間、蹴ってみた。

 かなりの部分が弾け飛んだ。その一瞬で終わった……?

 そんなワケが無かった。怒った負魔ふまが、波立たせたヘドロをこちらへと飛ばした。何度も勢いよく。しかもそれは同時に複数の軌道を描いてもいた。

 けるために、縦に横に、幾らでも跳ねる。足が地面に着いていない時が危ないと思ってからは、できるだけ走るように避けた。

 そして、

「フッ!」

 強く息を吐くと、その際にきちんと想像イメージしていれば、氷を生み出し動かすことができる。ただ、その吐息一回につき可能な動きはひとつだけ。そんな氷が――車くらいの大きな氷が――生まれて負魔ふまに体当たりを。

 その勢いは、あちらのヘドロの速さ以上には見えた。

 負魔ふまほとんど無抵抗に押し飛ばされた。

 そこへ、飛び掛かって上から右手でグーパンチ。

「グェェ~」

 そう言うと、負魔ふまは消え

「本当の問題は、そっちで解決されますように」

 アタシがそう言うと、その負魔ふまは、淡く白く光った。

 そして、それは、その光に完全に包まれた。それが、空へ立ち昇っていく……。

 負魔ふま正魔せいま、そんなモノが存在する。確かに存在するけど。

(うーん……あれは正魔になれないのかな――何かの作品の中で、幽霊なんかは守護霊とかにグレードアップすることあるし。本当に退治するしかなかったのかな……まあ、退治担当者にはあまりよくない思考かもしれないけど)

 そう思った直後、目の前に、急に、黒くて丸くて小さな、てのひらに乗るサイズの、野生の猫のように毛のゴワゴワした何かが現れた。その小ささというのも一点五頭身もないくらいで、しかも目がひとつ。それが、

「ぎう~」

 と鳴いた。鳴いた。だからか、アタシは、命を感じた。

 足元にちんまりと存在する。

(これが本体だったの? それとも凝縮されて小型化した? 変身? 変化した?)

 とにかく何でもいい、これが、もし、悪いものじゃないのだとしたら。

なんだか……一緒に居たいな……)

「ぎうぎう」

 それがとんでもなく跳ねて、胸に乗った。

(なんでそこに乗るの! 普通肩じゃない!?)

 少し経ってからそれは肩に乗った。

(……? 何かが通じた?)

 いや、というか、どういうこと? 舞うように戦ったあとで、まさかこんな事になるなんて。

(アタシなら、こういう浄化もできる? だって、これ、どう見ても浄化みたいなことにしか見えない。ほかの人だとこうじゃないのかな、どうなんだろう)

 と、思った時だ。ずっと見ている人がいた、さっきの女性だ、そばにある休憩に使える椅子の陰に隠れて見ていたみたいで、その人が顔を出したまま固まっていた。

(うーんと……戦いは終わったはず……だよね)

 辺りを見て安全そうなのを確認してから女性へと視線を戻すと、アタシは、

「じゃ、アタシはこれで!」

 そう言って去って行った。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「なんて名前の人なんだろう……尾行して調査したいな……」

 負魔ふま退しりぞける人の中でも、あんな人は初めて見た。

 というか種類が違う気がする。逆に仲間にしているような。

 強くて凛々しくもあり、可愛くて動きが凄く速い。

(住所はどこ?)

 とりあえず、観察して解ったあらゆるサイズと特徴については、すぐにメモした。

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