第三舞  スキップ

 急に知らない場所に運ばれて何だ何だと思っていたけど、どうも悪くない場所らしいと、今なら思うことができる。そして負魔ふまという存在を退治する仕事をしなきゃいけないらしい、その力がアタシにあるからという理由で。

(もしかして、人手が欲しくて困ってるのかな)

 人を助けたいとは思っていた。こういう形でもいいならと、頑張ってみたくなる。

 与えられた能力の練習をする前に、服を買うことにした。でも、自分の金をここに居ながら使うにしても、スマートフォン決済ですべきなのかどうなのか。その場合、組織から渡された新しいスマートフォンを使うべきなのか。自分のお金を使いたいけど、財布は家にある。

(よし一旦帰ろう、実家に。あの人……ええっと……朋三郎ともさぶろうさんが話を通したって言ってたし)

 だから家へ。

 組織のビルはご近所さんだった。天正あままさ市の負地原ふちばら区、この同じ区にうちの実家とビルがある。そんな馬鹿なと思う偶然は起こりる。


 実家にて。

 親と話をした、この事について。「あとから考え直したんだけどさ、やっぱり騙されたんじゃ」と言われるようなこともなく、唯々ただただ、全てわかっているという感じの反応だった。

「あんた、それがうまくやれそうなら、頑張りなさいよ」

「う、うん……」

 ……変身後の女の姿を、見せはしなかった。


 あの組織での活動の準備が整ったところで、店へ行って買い物。これが面白過ぎてしょうがなかった。自分がみるみるいろどられる。勿論もちろん、変身後の女の姿でだ。だってこの格好のための物が必要なんだしね。

(……でも、今後、普通に女の姿で出歩いてしまいそう、というか、そうしたい……だって、こんな風に可愛い方が自分に自信が持てるんだもん。絶対にそうしろってほど強く言われてはいないし……)

 少し考えてみた。自分がよくても、ほかの人はどうだろう、と。

(うーん、アタシがどこでも『あ、あの人だ』って思われるだけなら、まあいいんじゃないかなぁ……本部の位置は別に隠されてないしなぁ……)

 そんな事を思いながら、その姿のまま色んな店へ。帽子の店も。

(男っぽい帽子もイイ。紺もデニムもいいし、紫もいいな、ニットもモコモコもいい。でも邪魔になりそう。普段はナシでいいや、負魔退治をしなきゃいけないもんね)

 割と大人っぽい服装の方が似合うことに気付いた。ボトムスは基本ズボンでいいけど、その分トップスにる。

(いや~、この姿なら素の顔で行けた。え、すっごい嬉しい。……今度は髪留めも買おう)

 動きにくいと困るから、靴に関しては、お洒落しゃれに見えるスニーカーを選んだ。

 気持ちが色付く。――こんなにルンルンで足を弾ませたくなったのは子供の頃以来かも?

 嬉しくなりながら、買い物による収穫物を収納するため、あの部屋へ帰ろうとした。けど、自分の部屋がわからなくなった。折角、変身姿のための服を大量に買ったのに。

(うう~、どうしよう、相談係みたいな人っていないのかな)

 ビルの一階や二階でそんな役職の人を探した。多分はずだ、負魔ふま退治の人はここへ呼ばれて、最初は困ることが多い筈で、その補助ができた方がいいから。

「あ」

(居た、ここか)

 というのは、思いっ切り『相談窓口』と書かれているプレートと警備窓口みたいな部屋を見付けたからだ。

「あのぉ」

「ん?」と気付いてから、そのが。「あぁ、なんですか?」

「アタシの部屋がどこか忘れちゃって」

「あら新人さんね、えっと、じゃあまず名前を」

「あー……武下たけした重瑠えるです」

「タケシタさんねー」

 何かの名簿を確認したみたいだった。

「あら、元は男性なのね」

「あ……はい。あの! でも、その、アタシ、こういう格好の方がよくて。この格好の方が気持ちが晴れるっていうか」

「ああ、大丈夫ですよ、男の姿のままで居る女性も居ますので」

「あ、へえ……そうなんですね」

(ふぅん、そっかそっか。なんだかんだで、こういう人、多いんだな、だって、ああいう設定ができるもので変身後の姿を決められるんだもんね。あ、もしかして、あのソフトも誰かの能力で生み出されたもの?――っていうか、最近のものって感じがしたな、代ごとに違うのかな、そうか、そういう役割の人も居そう、ソフトは能力でっていう前提が正しいならだけど)

 そのことを話すと、相談窓口の彼女は、

「ええ、そうなんですよそれが実は」

 って。

(マジでそうなんじゃん。ていうか男の姿のままの人も? 女性で? やっぱ似たような気持ちなのかな、自分らしいというか、気持ちが晴れやかになるとかそういう)

重瑠えるさんの部屋は八〇十号室ですね」

「ハチマルジュウ?」

「はい、ハチマルジュウです。で、どういう能力になったんです?」

 問われて、おぼえ込んだのを――

「あ、それがですね! えっと~、体が改良される力と、氷が生まれて動くっていう力なんですよ、結構よくないですか?」

「あー、直接も遠隔もできそうだし、いいですね」

「ですよね! でもまだ負魔ふまっていうのと戦ったことなくて。どんなのなんです?」

「大丈夫ですよ、そんなに気負わなくても」

「そうですかぁ? でも緊張しますよ……。でも、どんなのなんです? 負魔って」

「大したことないですよ」

「……で、どんなのなんです?」

「ああ、えっと……其々それぞれ独特ですよ」

「ていうか、幽霊みたいなものだったりしないんですか? 基本的に、さわれる……んですか?」

「ああ、触れますよ」

「なぁんだ、じゃあよかった」

 ほっと一安心。だって、それをずっと気にしてたんだから。

(じゃあえっと――)

「何だっけ、ハチマルジュウ?」

「ハチマルジュウです」

「あ、わざわざ、どうも」

 アタシは、ペコリと頭を下げ、再度上げた直後「ありがとうございました」と言ってから、部屋へ向かい始めた。「どうも~」と手を振られて見送られた。


 荷物も整ったし、練習はある程度はやりやすかった。氷を生み出して操る時は、与えられた部屋の風呂場でやった、そこだと掃除にいい、それに、そういう所が冷やされていると、虫対策にいい。

 跳やく力や走力を確かめるための便利な場所があった。四階の運動スペース。そこを使う。叩く力や背筋力なんかも、そこの計測器を利用して確かめた。

 各階、天井は四メートルくらいの高さにある。そんな運動スペースの天井に手の指先と胸と足先を同時に着けられるほど跳び上がることができた。そして天井を弱く蹴るようにすれば、足が先に下を向いて、無事、着地もできた。

「え、アタシの脚力すご過ぎ!?」

 体を休めるために部屋へ戻る時には、自然と、足が、ステップを刻んだ。

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