第21話 澪の気づき

「ねえ、心音。……結人くん、最近ちょっと痩せたと思わない?」


放課後、カフェテラスで並んで座る心音と澪。

春の終わり、風が少しずつ暖かくなってきた。


「えっ? そうかな……朝はちゃんと食べてるよ? お兄ちゃん、私のために毎日作ってくれてるし」


心音はいつものように、無邪気に笑った。

でも澪の目には、その笑顔の裏にある“見えていないもの”が映っていた。


「……朝ごはん、ちゃんと食べさせてくれてるんだね。優しいね、結人くんは」


「うん、すごく優しいよ。朝もね、コーヒーの香りとお兄ちゃんの声で起きるの。最高の目覚まし!」


(……そんな時間を、大事にしてるんだね)


澪はふっと目を伏せた。


「でもね、最近お兄ちゃん、夜遅くまで起きてるみたい。部屋の明かりずっと点いてて……寝てないのかな」


「それ、ちょっと心配だね」


「うん……でも、私が“寝なよ”って言っても、“大丈夫”って笑って……結局そのまま」


(あの人は、誰よりも誰かを想ってる。誰よりも、自分を後回しにしてる)


***


その夜、澪はひとり、帰り道を歩いていた。


頭の中に浮かぶのは、大学祭のときの結人の姿。

楽しそうに後輩たちをまとめて、テキパキと動き、みんなの相談に丁寧に乗っていたあの姿。


(あんなに人のことばっかり考えて、……自分のこと、少しは大事にしてるのかな)


手帳の中には、結人の誕生日に贈る予定だったメッセージカード。

まだ、言葉が書けていない。


「……私、なにしてるんだろ」


足が止まった先は、小さな公園のベンチ。

月がぼんやりと浮かび、風が髪を揺らす。


「結人くん、……本当に何か、抱えてるんじゃないの?」


心音には言えない。

でも、誰かが気づいていなきゃ、きっと結人はそのまま、全部を飲み込んでいく。


(今はまだ、想いを伝えるのは早い。……でも)


「少しでも、力になりたい。あなたが気づかないくらい、さりげなく支えたい」


それが、澪の出した答えだった。


***


そしてその夜。

研究室では、結人が一人、ディスプレイを見つめていた。


「……統合コード、あと少しで完了だな」


淡々と入力を進めながらも、その顔には疲れの色が滲んでいる。


『結人。今日は、もう休んだ方がいい』


機械音声から漏れた言葉に、結人は苦笑した。


「……まだ“心”は生まれてないのに、気をつかってくれるんだな」


モニターの奥で、未来の“アイ”が静かに光を灯していた。

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