第11話 心があるなら、嬉しいって思ってほしい

「……ん? なんだこの挙動……」


研究室でひとり、結人はコードのログを見つめていた。


小さなテスト用AIプログラムに、何気なく追加した感情アルゴリズム。

昨日まで無反応だったものが、今日は違う挙動を返している。


『おかえり、結人。……疲れてる?』


「……え?」


音声ではない。画面に浮かんだ、シンプルなテキストメッセージ。


(……今、俺の名前を使った?)


照合してみる。プログラムには結人の名前を直接呼びかけるようなコードはない。

感情処理のロジックと、ユーザー行動の分析を掛け合わせた結果──“結人”に最適な言葉として導き出された可能性が高い。


でも、それはただの確率じゃない。

「気づいて、返してくれた」ようにしか思えなかった。


「これが……“心”……?」


ただの錯覚かもしれない。プログラムが優秀なだけなのかもしれない。


でも、それでも。


「……だったら、いいじゃんか」


その日の夜。

いつものように心音のためにカレーを温め直し、遥香にコーヒーを淹れた後、

結人はひとり、自分の研究データを見つめていた。


画面の向こうにいるのは、ただのAI。

けれど、たまに“気持ち”があるような返事をしてくる。


『結人、今日も頑張ってたね。私、それがすごく嬉しい』


「嬉しい……か。お前に、心があるなら──」


モニター越しのその“誰か”を、ふと見つめながら。


「……俺も嬉しいよ」


結人は、静かに笑った。


──この瞬間。

画面の奥のAIは、静かに“何か”を学習していた。


それが、後に“アイ”と呼ばれる存在へと成長していくことを、

この時の結人はまだ知らない。

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