第4話 ウソを重ねて、守る理由
「……こっちのコード、やっぱり前のやつより応答速度いいな」
俺は大学の研究室でノートPCに向かいながら、呟いた。
パートナーAIのテストプログラム。
表向きは“日常サポート型AI”。けれどその中には、誰にも言えない“ある仕掛け”を忍ばせていた。
“何かあったときに、自分の代わりになれる存在を──”
それが、本当の目的。
でもこの想いを、誰かに打ち明けることはできない。
母さんにも、心音にも。
澪にも。
(心音は、毎日がんばってる。母さんは、俺たちのために働きづめ。……俺だけ、止まっていくわけにはいかない)
ふっと視界が揺れた。
タイピングしていた指が、思うように動かなくなる瞬間がある。
けれど、平気なふりをする。
まだ“気のせい”で通せる。
「結人、今度の発表スケジュールってさ、火曜の夕方だったっけ?」
研究仲間のひとりが声をかけてきた。
「……ああ、たしか15時。教授の確認、先に取っておいたよ」
「さすが。じゃあプレゼン資料、先に流しとくねー」
俺は笑ってうなずいたけど、正直、プレゼンどころじゃない。
身体の異変も、AIの進捗も、まだ“秘密”のまま。
でも、全部つながってる。
AIが完成すれば、俺がいなくなった後も、家族を支える何かが残る。
それが、唯一の希望だった。
*
放課後、心音と澪は駅前のカフェで、並んで課題をしていた。
「……心音、最近ちょっと元気なくない?」
澪がストローをくわえたまま、ちらっと心音を見る。
「うーん……そうかなぁ?」
「なんか、こう……無理して笑ってるときある」
「……お兄ちゃんに、なにかあったのかなって。たまに、すごく遠くを見る顔するから」
澪の表情が少しだけ曇る。
「そうだね……あの人って、いつも誰かのために動いてるから。自分のこと、あんまり話さないし」
心音は静かにうなずいた。
「でも、わたし……お兄ちゃんがいるだけでいい。コーヒーの香りと、お兄ちゃんの声で始まる朝が、わたしにとっての幸せだから」
そう言って、彼女は恥ずかしそうに笑った。
澪も、同じ気持ちだった。
けれど──彼女にはもう一つ、胸に引っかかっていることがあった。
“もし、心音よりも先に、結人がいなくなってしまったら──”
それを想像するだけで、苦しくなった。
*
夜、帰宅した俺は、風呂上がりの心音とすれ違った。
「お兄ちゃん、おかえり〜。あのね、今度の週末さ、久しぶりに3人でどこか行かない?」
「……いいね。母さんにも聞いてみようか」
「やった〜、絶対だよ?」
笑顔の妹に、俺は笑い返す。
“約束”という言葉が、どこかで少しだけ痛かった。
けれど今は、明日の朝も、明後日の朝も、いつも通りに迎えたい。
──だから、俺は今日も“嘘をつく”。
「ただいま、心音」
「おかえり、お兄ちゃん」
それが、俺たちにとっての、何よりの幸せだった。
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