第4話 ウソを重ねて、守る理由

「……こっちのコード、やっぱり前のやつより応答速度いいな」

俺は大学の研究室でノートPCに向かいながら、呟いた。


パートナーAIのテストプログラム。

表向きは“日常サポート型AI”。けれどその中には、誰にも言えない“ある仕掛け”を忍ばせていた。


“何かあったときに、自分の代わりになれる存在を──”


それが、本当の目的。


でもこの想いを、誰かに打ち明けることはできない。

母さんにも、心音にも。

澪にも。


(心音は、毎日がんばってる。母さんは、俺たちのために働きづめ。……俺だけ、止まっていくわけにはいかない)


ふっと視界が揺れた。

タイピングしていた指が、思うように動かなくなる瞬間がある。


けれど、平気なふりをする。

まだ“気のせい”で通せる。


「結人、今度の発表スケジュールってさ、火曜の夕方だったっけ?」


研究仲間のひとりが声をかけてきた。


「……ああ、たしか15時。教授の確認、先に取っておいたよ」


「さすが。じゃあプレゼン資料、先に流しとくねー」


俺は笑ってうなずいたけど、正直、プレゼンどころじゃない。

身体の異変も、AIの進捗も、まだ“秘密”のまま。


でも、全部つながってる。

AIが完成すれば、俺がいなくなった後も、家族を支える何かが残る。

それが、唯一の希望だった。



放課後、心音と澪は駅前のカフェで、並んで課題をしていた。


「……心音、最近ちょっと元気なくない?」

澪がストローをくわえたまま、ちらっと心音を見る。


「うーん……そうかなぁ?」


「なんか、こう……無理して笑ってるときある」


「……お兄ちゃんに、なにかあったのかなって。たまに、すごく遠くを見る顔するから」


澪の表情が少しだけ曇る。


「そうだね……あの人って、いつも誰かのために動いてるから。自分のこと、あんまり話さないし」


心音は静かにうなずいた。


「でも、わたし……お兄ちゃんがいるだけでいい。コーヒーの香りと、お兄ちゃんの声で始まる朝が、わたしにとっての幸せだから」


そう言って、彼女は恥ずかしそうに笑った。


澪も、同じ気持ちだった。

けれど──彼女にはもう一つ、胸に引っかかっていることがあった。


“もし、心音よりも先に、結人がいなくなってしまったら──”


それを想像するだけで、苦しくなった。



夜、帰宅した俺は、風呂上がりの心音とすれ違った。


「お兄ちゃん、おかえり〜。あのね、今度の週末さ、久しぶりに3人でどこか行かない?」


「……いいね。母さんにも聞いてみようか」


「やった〜、絶対だよ?」


笑顔の妹に、俺は笑い返す。


“約束”という言葉が、どこかで少しだけ痛かった。


けれど今は、明日の朝も、明後日の朝も、いつも通りに迎えたい。


──だから、俺は今日も“嘘をつく”。


「ただいま、心音」


「おかえり、お兄ちゃん」


それが、俺たちにとっての、何よりの幸せだった。

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