第2話 変わらない笑顔と、変わっていく身体

大学の構内を歩くたびに、視界の端にチカチカと光が走るようになった。

文字にピントが合いにくい日もある。手が震えることも、最近じゃ珍しくない。


でも──誰にも言わない。

この身体に、明日がどれだけ残っているかなんて、俺自身が一番、知りたくなかったから。


「結人ーっ!」


少し高めの、けれど落ち着いた声。振り向かなくても誰だかわかる。


「よ。澪、遅かったな」


「ごめん! 心音とちょっと話してたから」

息を切らして駆け寄ってきた澪は、肩で息をしながらも、俺の目をしっかりと見て笑う。


……この笑顔、ずっと変わらない。

子どもの頃、泣いていた俺にそっと手を差し伸べたあの日から。

心音の友達としてうちに来るようになって、もう何年だろう。


彼女は俺に、いつも自然体で接してくる。距離も近すぎず、でも遠すぎない。


「ほら、これ。資料コピーしといたよ」


「ありがとう。助かる」


「……ほんとは、ちょっとでも“らしく”ないとこ見つけたら心音に報告しようと思ってたんだけどね」


「怖いこと言うなよ」


笑いながら資料を受け取ると、彼女は少しだけ表情を緩めた。


「……でも、今のとこ“らしい”から。ちゃんと」


“らしい”。

それがどんな意味を持ってるのか、俺にはわからなかったけれど、きっと──

彼女は何かに気づいてる。けれど、気づかないふりをしてくれている。


昼休み、学食の端に座りながら、俺はスマホのメモ帳を開く。

そこには、試行錯誤の連続で書き溜めたコードの断片。

もうすぐ完成する。

“パートナーAI”。

誰にでも寄り添う存在で、誰よりも深く人を理解し、支えてくれるもの。


──けれど本当は、“家族”のために作っている。

母さんが、心音が、俺がいなくなった後もちゃんと笑っていられるように。

このAIには、そういう“心”を持たせたい。機能だけじゃない、“想い”を残せるように。


「……結人?」


澪がのぞき込んできた。


「なにしてるの?」


「いや、ちょっと、メモ」


「そっか」


それ以上は聞いてこなかった。ただ、隣に座って、俺の手元を見ていた。


ほんの少し、指が震えた。でも、画面からは目をそらさなかった。

“今日”は、まだあるから。

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