第4話
ウルフは外を散策することにした。
「よく考えたらあの家に居座る理由もないしな」
休憩するには悪くなかったが、いつまでも滞在するわけにはいかない。ウルフはソラを探さないといけないのだ。
「だが、あの二人はいつかオレのものにする。ソラを見つけたら今度はあいつらだ」
ウルフは3人を手込めにする妄想をしながら、外を歩く。
こうして、日の元でサンクチュアリ――シエルはサテライトといったか――を散策するのはウルフにとって初めてだ。数日前にサテライトに侵入したときは死に体で散策どころではなかった。
町中のどこの景色でも、このサテライトを取り囲む壁が垣間見える。それが自分が壁の内側にいることを実感させる。
感慨にひたるウルフの横を、アメを手に持つ三人の子供が通り過ぎた。
外では滅多に見れないほど、質のよい木造住宅がいくつも立ち並ぶ往来につくと、商売人達が我こそはと声を張っている。途方もない人の数、指が何本あれば数えきれるのかとウルフは呆然とした。彼の知る集落――いわゆる村の密度が、壁の内側全体に広がっているようだ。
「もし。そこの貴方、少しよろしいでしょうか」
今度は修道服を来た茶髪の女性が話しかける。シエルやイロハほどではなかったが、まあまあの美形だったのでウルフは立ち止まった。もちろん美形じゃなかったら立ち止まる気は無かった。
サテライトの女はどうも外よりもいい女が多い気がする。
「星石交情協会に興味はありませんか?」
「なんだそれは」
「神が我々にお授けになられた奇跡の石、星石の恵みをサテライト内だけでなく、すべての人に平等に分け与えることこそが、協会のミッションです。毎週このパンフレット記載の聖堂で集会をしているので、よろしければ、是非」
女性は熱弁し、ウルフに案内を渡した。
「よくわからんが、そこに黒髪の綺麗な女は来るか」
「ええ、もちろんです。集会には協会に賛同する心清らかな女性しかおりません」
「ふむ」
ソラが来る可能性があるのか、と関心を示していると、
「お兄さん騙されるんじゃないよ。こやつはアンタを唆してタダ働きをさせる腹積もりなんじゃ」
杖をついた老婆が、邪険な顔つきで横から口を出した。
「怪しいとはまた無礼なことを。我々はセントラルに本堂を構える由緒正しき協会ですよー」
「お黙り! このホラ吹きめ」
「誰がホラ吹きですか! ……クッソ、いつも邪魔しやがって! この老いぼれババアが!」
女性はにこやかな笑顔を、般若面に変えて糾弾した。
「アンタだって小娘ぶっとるが、今年で30手前じゃろうに! 後数年でババアの仲間入りじゃ!」
「ざんねんですがー、そのときにはババアは墓場の仲間入りしてますー! しかも協会の意向に逆らう愚者は地獄行きですー!」
豹変した女性と老婆がウルフを蚊帳の外にしていがみ合う。ウルフはそれを端から見て、
「なんなんだいったい」
面倒ごとに足を取られまいと、背を向けて立ち去った。2人は気にも止めず、争いあっている。
「さっきのおっさんといいサテライトは変なやつしかいねぇな」
ウルフの経験上、余所者という存在は、もっと警戒されるものだ。一人で暴れ回っていたとき、ソラと二人で旅をしていたとき、どちらであっても、村人はまず女子供を家に隠してそれから長老やら腕自慢の男が前に出た。 自分たちの生活を守るための然るべき自衛だが、それがこのサテライトでは見られない。ウルフにはそれが異様に思えた。
「まあ、その方が都合が良いが」
◇ ◇
大きな川の対岸を繋ぐ橋。何十メートルにも及ぶ橋は鋼鉄のアーチで支えられており、ここでも文明の格差を感じさせられる。その中央で、ウルフは欄干に腕を乗せて、途方に暮れていた。
もう、日は沈みかけていて、川が橙色に染まっている。
「ここは……あまりにも人が多すぎる」
ウルフは一日中ソラを探していた。それくらいの時間があれば、探しきれると思っていた。しかし、現実はそう甘くなかった。外を歩いていても人と滅多に遭遇しないサテライト外と違って、サテライトは人口密度が異常に高い。
まだこの壁の内側の、1000分の1も探せていない気がしている。このサテライトという存在の全貌もまったく掴めていない。
「それに……」
住民と話がまったく噛み合わない。同じはずなのに、まるで違う言語で会話をしているのではないかと錯覚するほどだった。
先ほども店の果物を取って食べたら口論になったばかりだ。
ウルフは「簡単に奪えるようにしてる方が悪い」と主張したが、相手の親父はカンカンに怒り、聞き入れる様子が無かった。自己責任という言葉を知らないのだろうか。
「警備隊を呼ぶぞ」とやかましく繰り返す親父に背を向けて、ついでにバナナ一房とオレンジひとつを奪って――こうしてもの悲しくバナナを貪りながら流れる川を見つめていた。
「結局オレはここでも余所者かよ」
一日歩き回って、ここも自分がいていい場所じゃないとウルフは理解した。
だからこそウルフは求めている。そう、ウルフにとっての唯一の居場所を……。
「そこのお前」
ウルフは濃紺の堅苦しい制服の男に呼びかけられた。すると橋上を歩いていた人々は何事かと、遠巻きに集まって様子を探り出す。
「なんだ? 人が集まってきやがった。お前、人気者だな」
「何を言っているバカバカしい。青果店で盗みを働いたというのはお前だな」
「ああそうだ。それが?」
「エリアA警備隊だ。条例に従いお前を連行する。おとなしくしていろ」
警備隊と名乗る男はいかつい顔で金色の紋様が施された手帳をウルフに突き付けた。
「あらやだ盗みですって」「ウチも用心しないとねぇ」などと野次馬が呟く。
ウルフが聞き流して、果物を口に運んでいると、
「何をのんきにしている。早く来い」
警備隊はウルフの肩を掴んだ。ウルフは、
「オレに触るな」
警備隊の胸ぐらを掴んで、ポイッと川に放り投げた。バシャーンと水しぶきが上がる。
「いやああああああああ!!」
「人殺しよおおお!!」
野次馬のおばさんどもが騒ぎ立てる。
「あれくらいで人が死ぬか」
現に警備隊は既に浮き上がってバタバタともがいている。
ウルフは周りがうるさくなり、静かに食事も出来ないので、その場を離れることにした。
「き、君! なんてことをしたんだ! 警備隊に手を出すなんて! どうなっても知らないぞ!」
離れる途中、若い男に慌てた顔でそういわれたが、にらみつけるとそれ以上の言及はなかった。
◇ ◇
それから二日が経った。
「いたぞ! ブラックオークだ!」
今日の食料を確保しようとした矢先、ウルフは警備隊にバレて追いかけられる。この二日で、警備隊の巡回は三倍以上に増えていた。それもすべて、ウルフを捕まえるため。
「先輩、あれが噂の……」
「ああ、巷でうわさのブラックオークだ。果物を盗んだくらいで警備隊に喧嘩を売った大バカ野郎だが、反面五人同時にかかっても一向に捕まえられねぇ大物だ。盗みで腹を食いつなぎ、ついでに若い女に目が無くて、手配中だろうが構わず女を襲おうとする本能だけで動いているような異名通りのモンスターさ」
ウルフは本人のあずかり知らないところで、不愉快な通り名までつけられていた。
「ちっ、また警備隊か」
最初は全員をぶちのめしていたウルフだが、迷わず逃走する。
何故なら警備隊はバカらしくなるほど、数が多い。倒しても倒しても、数が減るどころか同じところに留まり続けると逆に増えていく始末だ。
個の力で圧倒的に勝っていても、四六時中追いかけ回されれば、体力の消耗は相当な物。ウルフはこの二日間、ほとんど寝ていない。
ウルフは数に押されるという厄介さを、身に染みて痛感していた。
ウルフは高い石垣を飛び越えて、追跡を躱す。
石垣の向こうから警備隊の悔しげな声が響く、しばらくは顔を見なくて済みそうだ。
「しかし、連中いくらなんでもしつこすぎるだろ。いつになったら諦めんだか」
ウルフは知らないがこの手の組織は諦めるどころか逃げれば逃げるほど過熱する一方だ。
「埒が明かねぇ。こんな場所、さっさとソラを見つけてすぐに立ち去るべきだな」
ぼやきつつ、さっき奪ったおにぎりで栄養補給していると、男達が通りかかる。
「なあさっきの子、すげぇ美人だったな」
「声かけようにもオーラがありすぎて、気後れしちまったよ」
という情報が耳に入り、
「……ふむ」
ウルフは男達が通った道の逆側に向かった。
人の視線が多い往来まで行くと、
「おっ、あれか」
情報通り、日傘を手にした長い黒髪の美女が見えた。先客の男が何か話していたが、彼女が無言で首を振ると、泣きながら走り去った。
彼女は、ウルフをちらりと流し目を送ると、座していた涼台を立ち、丈長の着物を浮かせてどこかへ。
「…………」
ウルフは気になって、てくてくとその後ろ姿を追った。彼は美人に目が無い。
彼女から2mほど距離を離してふりふり揺れるお尻を追いかけて数分、彼女は袋小路で立ち止まった。
黒髪の美女がウルフに振り向く。彼女はウルフの手の届くところまで肉薄し、そして――。
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