第39話 仲間

──大地の大精霊グリネスパ。

 

 その名を初めて耳にしたのは、獣王との謁見の席だった。


 羊人族である宰相・ルッツ氏の紹介で、精霊の謎に詳しいという冒険者との面会の機会を得た。


 その指定された場所は街の中心部に構える冒険者ギルド。


 普段なら武装した冒険者たちが立ち寄り、喧騒に満ちたこの場も、飢饉の影響で随分と閑散としている。積み重ねられた掲示板の依頼書が虚しげに揺れる様が、街の現状を物語っていた。


 受付で名を告げると、すぐに「あの方ですね」と指をさされた。


 その先には、一人の男が悠然と椅子にもたれている。頭を高く傾け、まるでこの場所を己の王国とでも思っているかのような余裕が漂っていた。


 レオさんにも劣らぬ容姿端麗な風貌ながらも、その瞳には鋭さと狡猾さが見え隠れしている。


「──あの…あなたがグレイさん、ですか?」


 控えめに問いかけた私に、彼は軽く笑いながら答えた。


「そうだよ。君らが先生から話を聞いて来た人間族か。へぇ、嬢ちゃん、なかなかの美人じゃないか。名前は?」


 軽薄な第一声に、背筋が僅かに寒くなる。


 座していたのは狐人族の青年。美しい容姿ではあるものの、その軽さが言葉に滲み出ている。


「私はシルファです。そしてこちらが、レオ・キサラギさん。」


 彼に怯むわけにはいかず、名前を告げると隣のレオさんを紹介する。しかし、グレイの視線はレオさんへと一瞬流れるだけで、すぐさま私に戻ってきた。


「よろしくな、二人とも!──んで、シルファちゃんは彼氏いるの?」


 唐突すぎる質問に、思わず声を裏返しそうになる。


「へっ…?な、なんでそんな…。」


 彼の軽口にたじろぐ私を遮るように、低く静かな声が響いた。


「グレイ君、と言ったか。」


 いつも穏やかなレオさんの瞳に、眼鏡越しの鋭い光が宿る。


「我々は君に用があってここに来た。しかし初対面の女性に、私的な詮索をするのは礼を欠いているとは思わないかね?」


 その一言に、ギルドの空気がひやりと変わった。グレイは小さく肩をすくめながら、悪びれる様子もなく笑う。


「おっと、悪かった悪かった。そんなに睨まないでよ、キサラギ氏。なるほど、彼女はアンタの恋人だったってわけか。そりゃ失礼したよ。」


 冗談めかした声に、どこか挑発的な響きが混ざる。それに応じるかのように、レオさんの眉が僅かに動いた。


「…そんなんじゃない。」


 短くそう返すと、彼はぷいと顔を背けた。


 その仕草が逆に余計な誤解を招いているように見える。


(まずいわね…。たぶん、レオさんが最も嫌いなタイプの人かも…。)


 妙に重くなった空気に焦りを感じた私は、慌てて話題を戻すことにした。


「あ、あの、グレイさん。本題に入りたいんですけど…。その、大地の大精霊について教えていただけますか?」


 問いかけに対し、グレイは軽く肩をすくめ、ふわりと笑みを浮かべた。


「そうだね。このままじゃ、ボクが彼に殺されそうだ。じゃあ、君たちが知りたい情報をより理解できるように、まずはボクのことから話すよ。」


 グレイは軽く息をつき、過去を振り返るように視線をどこか遠くへ投げた。


「ボクは、孤児院の出なんだ。教育を受ける余裕もなくてさ。ただ、生まれつき頑丈な体格に頼るしかなかった。でも、それだけじゃ人生は開けなかったんだ。」


 彼の低い声にはわずかながら苦い響きが混ざっている。続けざまに語られる言葉が、ギルドの薄暗い空間に吸い込まれるように響く。


「そんなとき、ルッツ先生が現れた。先生は孤児たちに手を差し伸べ、読み書きや剣術、魔法学、精霊学まで色々教えてくれた。ボクは魔法には向かなかったけど、精霊術の才能があることに気づかせてくれたんだ。それが、今のボクを作ったんだよ。」


 その言葉に、私は驚きと共感が胸を満たすのを感じた。グレイの話が、自分自身の過去と重なるようで、不思議な親近感を覚える。


「素敵な話ね…!私も似たような経験をしたわ。レオさんに自分の可能性を見出してもらったの。孤児だった私は、自分が何に向いているのか分からなかったけれど、レオさんのおかげで道を見つけられたのよ。」


 心の中にある小さな火が灯るような感覚が湧き上がった。その一瞬、グレイの笑顔がさらに柔らかくなるのを見逃さなかった。


「シルファちゃんも孤児だったのか。それは、運命的だな。運命の赤い糸ってやつが見えちまったよ。」


 と、グレイが大げさに胸を張った瞬間。


『ポカッ!』


「いってぇぇ!何すんだよ、キサラギ氏!」


 振り返ると、レオさんが無言のままグレイの頭を軽く小突いていた。彼の表情はいつになく真剣だ。


「無駄口を叩くな。それに私が聞きたいのは精霊の話だ。話が逸れているぞ。きちんと説明したまえ。」


 その言葉に、グレイは観念したように首をすくめた。


「分かってるよ。ちゃんと説明するさ。」

 

 グレイさんが口を開く。どこか得意げな様子を隠そうともせずに。


「ボクは精霊術を扱えるけれど、この国でそれができる者はほんの僅かだ。だから、この飢饉が大地の大精霊グリネスパが不在によるものだなんて、誰も気付かなかったんだ。」


 その言葉に、私の心はざわついた。大地の精霊が不在──そんな重大なこと、誰も気づかないなんて…。


「グリネスパが囚われてしまったというのかね?」


 レオさんが興味を引かれた様子で問いかける。


「うん、きっとね。北のネブカ山で感じていたグリネスパの気配が、ある日を境にぷつりと途絶えたんだ。」


 その瞬間、彼が持つ精霊術の知識が頼りになることを、私の中で確信した。


「君はその居場所を特定できるのかね?」

 

 レオさんの声が少し緊張を帯びている。


「ここからじゃ無理だよ。でも、グリネスパがかつて住んでいた場所まで行けば、他の精霊の力を借りて痕跡を辿れるかもしれない。」


 言葉の端々に、自信と少しの不安がにじんでいた。


「グレイさん、どうか私たちに力を貸してください。グリネスパ様を見つけ出すには、あなたの能力が必要です。」

 

 私は彼に向き直り、できるだけ真剣に願いを伝えた。


「いいとも!シルファちゃんと一緒に旅ができるなんて、光栄だよ!この冒険でボクたちの絆をもっともっと深めようじゃないか!」

 

 彼は胸を叩きながら自信たっぷりに答える。その調子の良さに、私は少し引きつつも、微笑んでしまった。


「えっ?え、えっと…。」


 私が戸惑っている間に──


『ゴスッ!』


「あいてっ!またキサラギ氏かよ!」


「何をグズグズしているんだ。ネブカ山へ行くぞ!」

 

 レオさんがグレイさんの頭を軽く叩きながら、鋭い声で促す。


「あ、はい…。」


 グレイさんの小さな返事が聞こえる。私はそのやりとりに微笑みながら、彼が私の耳元で小声でつぶやくのを耳にした。


「ねぇ、あの人っていつもあんな感じ?」


 彼の視線はレオさんの背中に注がれていた。私はくすりと笑い、彼に返す。

 

「ふふふ、どうかなぁ?」


 旅の仲間が一人増え、これからの道のりは賑やかになりそうだ。


 でも、大地の大精霊グリネスパ様を本当に見つけ出せるのだろうか──この旅路に待つ数々の試練を乗り越えて。私の胸には、希望と不安が入り混じっていた。

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