EP.01「俺の自転車ががひゅーっと光り」 その3


   03


「ふっ、なにやら反抗的な目をしていますが……あなた、今さら女神の魅力に逆らえますかぁ? アマクニ、このままわたしを求めるのであれば、この体に触れることを許可しますよぉ?」

 彼女は俺の口から足を抜き、腰を下ろして前屈みになる。

「ほぅら、この胸に触れたくないですのかぁ? ここに顔をうずめたくありませんかぁ?」

 ……っ!

 彼女が自分の胸を撫でて、その輪郭を強調させる。

 揉んで、たゆん、たゆんと揺らす。

「わたしの柔らかな肌を感じたくはありませんかぁ? 構いませんよ? 女神再誕の喜びを分かち合いましょう。互いに一糸まとわぬ姿で抱き合うことを許可します」

 ……ッッ!

 彼女は服をはだけさせ、自分を抱きしめる仕草を見せる。俺をそこに迎え入れると、主張するかのように。

「最後は深いキスをしましょうか。このように──」

 彼女は口を開けて、艶めかしく舌を動かした。

 れろ、

 れろ、

 れろ……

 唾液で濡れた口内を見せつけるっ!

 俺の舌を迎え入れ、掻き回して、蹂躙してやると言っているのだ。

 俺の頭は勝手にそれを想像する。

 彼女に襲われる自分を思い浮かべてしまう。

 彼女とベッドで愛し合い、その肉体を全身で感じながら、頭を抑え込まれた激しいキスで絶頂を迎えてしまう自分を……

 かぁあああっっと、全身に血が巡った。

 もう駄目だ。自分を抑えられない。

 体が勝手に反応し、彼女を求めてしまう。

 緊張で喉がカラカラに乾く。

 今すぐ彼女に舌をねじ込まれて、その甘い唾液を流し込んでほしいと思ってしまう。

「ふふふっ──」

 彼女は覆いかぶさるように、俺の上で四つん這い。耳元に顔を寄せた。

 甘い香りのする髪が頬に触れた。

 唇の気配が耳元にあってドキドキする。

 彼女は俺に囁く。

「愛してますよ、アマクニ……大好き、大好き、大好き、大好き、大好き、大好き……今すぐあなたと愛し合いたい……ねぇ、わたしに犯されましょう? ほら、わたしを抱きしめなさい………いらっしゃい──」

 あぁああああああっ!

 もう我慢できなぁあああいっ!

 俺の手が勝手に彼女の体を抱き寄せていたっ! 

 その瞬間、彼女の存在が、完全に実体化するぅぅうううっ! 

 なんだこのすべすべの肌はっ!

 なんだこの手触りはっ!

 他のものには例えられないっ!

 もう一生手を離したくないっ!

 俺は熱い吐息を漏らす。深呼吸する。彼女の花のような香りが全身に染み渡り、それに痺れて俺の体はガッチガチに硬くなる。

 んひぃいいいいっ!?

「ふっ……ふふふ……ふぁっはっはっ! 馬鹿ですねぇ、アマクニっ! なんと御しやすいのでしょうっ! いえいえ、褒めているのですよ。わたしに反逆を企んだ勇士どもは、あなたのように物わかりがよくありませんでしたからねぇっ!」

 馬鹿にしながら彼女は立ち上がり、俺を突き飛ばす。

 すぐさま、あの脚で、顔面を踏みつけた。

 彼女の体重を、俺の鼻が受け止める。

 ぐりぐりと踏みにじられるっ!

 ぬぉおおおおっ!

 柔らかくて心地ぃいいいっ!

「おやおやぁ? そんなにわたしの足裏が好きなのですかぁ? そうですよねぇ、わたしとのキスは足が最初でしたものねぇっ! ああ、なんと浅ましく愚かな生き物なのでしょう。あなた、そんなに踏まれるのが好きなのでしたら、来世はバスマットにでもして差し上げましょうかぁ?」

 ……がっ……あぐっ……

 ……これいい……も、ものすごくいいっ……

「なに涎(よだれ)を垂らしているのですか。馬鹿ですか。バスマットになったところで、わたしはあなたのことなど意に介しませんよ? そんなこともわかりませんか。この脚に魅了されて脳みそアホアホのお馬鹿さんになってしまいましたか」

 ぬぅ……ううっ……

 駄目だ……どうしても足から逃げられない……

「まぁ、いいでしょう。特別に女神の脚に恋することを許します。勝手に愛し合っていいですよ? ほら、わたしの脚を抱きしめなさい。これが好きなんでしょう?」

 女神はスリットをまくり上げ、生ふとももをあらわにした。

 俺は……それを抱きしめたっ!

 荒い呼吸をしながら頬ずりをしていたっ! 思い切り舐めて奉仕していたっ!

 頭に何かが触れる。

 手だ。

 彼女が俺の頭を撫でる。

「いい子ですねぇ、アマクニ。あなたのような素直な人間は好きですよ。ええ、本当に愛していますとも。覚えておきなさい。わたしの判断は常に正しい。私が間違うことはありません。赦されないのはあの者らです……わたしに反逆した者たち……愛する仲間や消えていった同胞のためと口にし、このわたしに刃を向けた不敬者たちっ! そもそも、その同胞らと愛し合えた世界だって、わたしが創ったものでしょうにっ! そのはずなのにぃいいっ……」

 ギギギ、と女神様は歯ぎしりだ。

「ルーカス、ゲイナ、キャッティード、ヌルクォリティア、アスマン、タマエマ、ダンジョウ、ボビン、スッシオ、ユミヤ、アライガ、ハサウェル──」

 …………。

「ミコゼ、スエッソン、エイトク、ホーセー、レイジ、ツァーリ、レイトショウ、ヒメ、コダカ、アッタル、レイ、ダビ、ドンカァイ、コイッチ──」

 …………。

「シンシャー、シタン、ハヤッカ、ゴデナレセ、ダナンダナ、ファンキティ、ブブーズ、ライザーランド、ジョーギ──」

 あの、それって……

「わたしを裏切ったカス勇士どもの名前ですよぉおおっ! わたしが特別に与えた祝福と寵愛の力で、天界を蹂躙した不埒者めらですっ! ええ、一人たりとも忘れはしませんからねっ……あろうことが魔物と手を組み、その力で神に逆らうなどぉおっ……──カミツキ、スーガ、ボードルレ、スォ、アルミ、チッカズィ、ケア、レミファ、モンティロウ、アルス、ジータ、シュミレクロン、アリスカオル、ミュウ、ケガチ、ツツガ、ドルミワラっ……──全員、ひとりひとり、丹念にすり潰し後悔させますからねっ……覚えてなさいッッ!」

 …………。

「カズキ、カンスィ、サマーズ、アオトレンカ、アンゼラレンカ、サイハ、ミジュッキ、パーラ、ギャラティカン、ワセワ、シャイナ、ファインテショ、コウガ、サロメ、サカダチヤスミぃいいいっ!」

 あの、それまだ続きそうですか……

「……はっ! いけない、いけない。このままではあなたの人生が百周してしまいますね。カラカラのミイラさんになって、わたしのアンクレットになったら、汚らわしくてかないません……ふふっ、想像しただけで笑ってしまいますが……」

 こいつ……やっぱ性格が悪い。

 いくらなんでも根性ねじ曲がりすぎだ。

 ゲス女神め。反吐が出そうだ。なのに、ちくしょう、俺の手がどうしても彼女の太ももから離れないぞ。どうしてだ。くやしいのに、このスベスベな御御足に頬ずりしてしまう。ここで深呼吸すると全身が打ち震える。

 あああっ……あぁああっ! 幸せぇえっ!

 めっちゃいい匂いっ! ふぉおおおおおうっ!

「さて、アマクニ。そろそろトドメを刺してあげましょうか。あなたの心にわたしという存在を深く刻み込んであげます」

 な、なにをっ……

 これ以上、何をするというんですかっ……

「ふんっ」

 女神様は、どこからともなく、鉄パイプを取り出した。

 それを放り投げ、カランカランと床に転がす。

 かと思えば俺の手を払い、その鉄パイプに御御足を向けた。

 俺は捨てられた子犬のように正座。その姿を見つめる。

 これはいったい?

「まぁ、見てなさい」

 女神様は足の指先で、つつつ……と鉄パイプを撫でた。すると、鉄パイプくんがビクンっ……と、跳ねた気がする。ガッチガチのギンギンだ。

 これは、まさか……

「ふふふ……」

 次の瞬間──妖しい笑みを浮かべた女神様は、そのガチガチの鉄パイプくんを思いっっ切り踏みしめたっ!

 ぐりぐりぐりっ!

 ぎゅぅう~っ!

 や、柔らかな足裏の圧迫感と床に挟まれて、鉄パイプくんには逃げ場がないっ! ああっ! 女神がそれを見下しながら、高らかに笑っているぅううっ!

 これはぁあっ……

「ほらっ! ほうらぁっ! よく見なさい、アマクニぃっ! こんなに強く踏んでも硬いままなのですよっ! どうですかっ! あなたのような、女神の太ももに頭を支配されたド変態が、これを見れば──」

 あぁあああああっ! 鉄パイプがぁあああっ! 鉄パイプくんが俺の目の前でぐりぐりと踏まれているぅううううっ! 柔らかな足裏でころころと弄ばれ、いじくり回されているぅううううっ! うらやましいぃいいいっ!

「ほうら、さすさすさす──」

 め、女神様の御御足が、上下に鉄パイプくんをさすっているぅうっ!?

 リズミカルにっ! 程よい力加減でっ! さすさすって──こんなん出ちゃうよぉおっ! 鉄パイプくんが限界を迎えてしまうよぉおおっ!

 何か体液的なものを吐き出してしまうんじゃなのぉおおおっ!?

「はい、おしまい」

 えっ……えぇええっ!?

 そんなっ! 生殺しじゃないかっ!

「からの再開です」

 ぐりゅぐりゅぐりゅうううっ!

 女神様はいっそう激しく鉄パイプくんをいじくり回したぁああっ! 駄目ぇええええっ! そんなの見せないで俺が悶えちゃぅうううっ! 江戸時代、市中に張り巡らされた木製の水道管を「木樋もくひ」と言ったそうだが、今の俺はさしずめ「肉樋にくひ」だ。つまりは水道管のごとく管の内側から水があふれちゃうううううっ!

 んぉおおおおおっ!

 おほぉおおおおっ!

 だめだめだめ狂っちゃうぅううううっ!

 ああ、鉄パイプが限界を迎えそうになるよぉおおおっ!

 彼女の足裏全体にさすられて、中身が飛び出しそうだぁああっ!

「……はい。やめ」

 えっ……あ、足裏が離れてしまったっ……温かいあの感触がなくなってしまったよ。鉄パイプくんが、硬いまま、放置されているじゃないか。それが切なくて俺は悶えてしまう。

 あっ……ああっ……

「まだいけませんよ。これは教育なのです。わたしの一挙一動であなたの心が揺れ動くよう、徹底的に、この体に対する劣情を染み込ませてあげます」

 ひっ……と、俺と鉄パイプくんは悲鳴を上げた。

 喜びの悲鳴だ。

 この女神は本気だ。

 徹底的と言ったら、徹底的に教育してくれる。

 こちらが泣き叫んでも、懇願しても、お構いなしに、彼女は納得するまでこれを繰り返す。

 だって、彼女は、ゲス女神なのだから。

「さぁ、アマクニ。無様な姿を私に見せなさい。すべての痴態を私に晒しなさい。今からこう言うのです……〝女神様、愛しています。あなたにすべてを捧げます〟。それを合図に教育を再開して差し上げましょう……ほら、言いなさい……アマクニ……」

 くるくると、彼女の足先が宙を舞う。

 つつっ、とわずかに鉄パイプくんに触れる。

 びくんっと跳ねた。

 だけど、それだけだ。

 彼女は、俺の火照りを冷まさないよう挑発を続けるが、決して決定的な攻撃はしてくれない。俺は床で身悶えする。

 彼女に心を蕩(と)かされ、虚ろで呆けた目をしていた。

 涎が垂れていた。もう思考能力はない。

 俺は迷わず言葉にした──

 大きな期待を込めて、口にしてしまった。

「め、女神様、愛していますっ……あなたにすべてを捧げますぅうっ……」

「よく言えました。そうらっ!」

 彼女の足が激しく動いた。

 足裏が、鉄パイプくんを徹底的に責める。ぐりぐりと、ぎゅうぎゅうと、中身を扱き出すような動きだ。

 うわぁああああっ! ひぃぃっ!

 あひぃいいっ! すごっ……すごすぎぅううるっ……

 こんなのぉっ……無理っ、無理っ……もう駄目ぇっ……ああっ、あああああああっ!

 て、天国だぁあああっ!

 天国に行ってしまうぅううっ!

「やめ。からの……再開っ!」

 ぐりぐいぐりっ! ぐりぐいぐりぃいいっ!

 んひぃいいいいいっ!?

 鉄パイプくんは悶える。

 俺も悶える。

 床でのたうち回る俺は、どれだけ無様だったろう。

 だけど、それを見ているのは、女神様だけだ。

 俺を見ているのは女神様だけ……

「んっ、来ますね。快楽のピークが来るのでしょう? もういいですよ、アマクニ。果ててしまいなさいっ……わたしに心を捧げなさいっ! ほらっ! さっさと吐き出しなさい。ほらっ! ほぅらっ!」

 鉄パイプくんがもっとも硬くなったそのタイミング。

 彼女は最後まで激しく足をこすりつけた。

 それはもう、すべてが抜き取られるような動きだった。

 鉄パイプくんの痙攣と同じリズムで足裏は動き続け、幾度も熱を吐き出させ、何の取りこぼしもなく、本当に根こそぎ果てさせてしまった。

 すっかりヘニャヘニャになった俺は、床で馬鹿面を晒していた。

 あへあへで白目を剥いて痙攣していた。

 そんな俺の頭を、彼女は優しく撫でる。

「ふぅ。おかげでだいぶ自由がきくようになりました……が、まだまだですね。どうやら実体化の時間は限られているようです……」

 また、彼女は薄れていく。

 体温が消える。透明化する。

「あっ……あぅ……」

「まぁ、ゆっくりと力を取り戻すとしましょうか」

 そう言って──

 彼女は、俺に顔を近づけた。

「さて、ご褒美はご褒美です。安心なさい、アマクニ。女神は嘘をつかないのですよ」

 彼女の濡れた柔らかい唇が、俺の額に、一瞬だけ触れる。

 えっ……これって……

「身に余る光栄でしょう? アマクニ、言葉どおり、これからはすべてをわたしに捧げなさい。いいですね」

 そして、女神様は完全に透明になって消えた。

 俺の感覚はしばらく、彼女の唇が触れたその一点に集中していた。

 ようやく実感する。

 そうか、俺は彼女に認められたのだ。彼女を信仰する、この世界唯一の人間として、たしかに寵愛を受けたのだ。

 ああ、もう逆らえない──

 なんと美しく……

 なんと愛おしいのだろう……

 この……ゲス女神め。

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