第十話
鷹の目から戦況を聞きつつ、癒綺は全体に指示を出していた。やっと優位に立ち始めた、その時。
「…?」
窓の外に土ぼこりが見えて、癒綺は立ち上がった。窓を開けて目を凝らすと、その正体が見えてくる。
「どうして出動しているの!?」
それは、今は待機しているはずの部隊だった。海炎は今は戦場に出ているため、会議室には癒綺しかいない。癒綺は必死に対応を考えた。
「もう、止められないわ…」
今残っているのは癒綺と、数人の非戦闘員だけ。数人だけなら、癒綺にも守ことができるかもしれない。
「朱里。全員をここに集めなさい。」
たまたま近くにいたメイドに指示を出し、癒綺は額に手を当てた。本当に、頭の足りない将ばかりである。鷹の目に指示を出しながら、癒綺は全員が集まるのを待った。
「皆集まりました。」
キィィとドアが開く。全員が中に入ったのを確認して、癒綺はしっかりと施錠させた。不安げな表情が、癒綺に向けられる。安らいでもらえるようにアロマオイルを準備して、癒綺はふわりと微笑んだ。
「大丈夫よ。私が守ってあげるから。大切なものは持っているわね?」
こくこくと頷く仲間たちを見て、癒綺は頷いた。鷹の目が現れて、再び戦況を報告する。癒綺は駒を動かして指令を出すと、再び仲間たちに向き直った。
「おそらく、これから行われる戦いが最後のものになるでしょう。もしかしたら、負けて全員牢獄に行くことになるかもしれない。拷問されて、酷い死に方をするかもしれない。でも、あなたたちはまだ、引き返すことができるわ。選びなさい。」
しん、と静まり返る室内。癒綺はまた変わった敵の配置を見て、味方の駒を動かした。カタリ、という音と同時に、誰かが声を発した。
「嫌です。」
癒綺はすっと顔をあげて、その人を見た。
「そう、なら荷物をまとめ」
「嫌です!」
癒綺は唖然とした。今まで彼らに言葉を遮られたことがなかったからだ。すっと目を細める。
「失礼を承知で申し上げます!あなたは我らを侮っておられる!我らがここまでついてきたのは、負けても絶望しなかったのは、あなたを信じていたからです!」
思わぬ言葉にポカンとしている間に、他の仲間たちも賛同する。
「そうよ!私たちが信じている癒綺様がおられる場所が、私たちがいる場所です!」
「その通りです!」
次々と聞こえる賛同の言葉に、癒綺は目を見開いた。ふっと微笑み、室内を見渡す。誰もが、癒綺を見て次の言葉を待っていた。一つ深呼吸をして、一人一人の目をゆっくりと見る。
「わかったわ。覚悟ができているのなら、私はあなたたちを守りましょう。ここから出ないで。変わりゆく戦況を、見ていなさい。座っていいわ。」
ギギ、と椅子を引く音がいくつも聞こえ、次第に全員が座り始める。落ち着いたのを確認しながら、再び変わっている駒の位置を見て自陣の駒を動かす。カタリ、カタリ、と駒を動かす音だけが響き渡る。誰も、何も言わない。ただ静寂が広がる。やがて、そのうちの一人がこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。だんだんと、他の人たちも眠そうな雰囲気を出し始める。カタリ、と駒を動かした癒綺は、そっと目を伏せた。
「これが終わるまで、おやすみなさい。」
最後の一人の体の力が、かくりと抜けた。窓の近くにあったアロマポットを夕日に透かす。キラキラと輝くそれは、癒綺がこういう時のためにと準備していた睡眠薬だった。癒綺は毒の耐性をつけているためなかなか効かないが、一般人ならすぐに効いてくる。薬屋はもしかしたら眠らないかもしれないと思ったが、たまたま薬屋が一番近く、薬の効きやすい位置に座ってくれたのは、いい誤算だった。
「これから先は、私が受け持つわ。みんなはゆっくりと眠っていてね。」
ふわりと微笑み、一人一人の安らかな寝顔をじっと見つめる。不思議な寝言を言っている人もいて、思わずくすりと笑う。
「鷹の目。王はどこに?」
カタ、と駒の一つが揺れる。それは、別働部隊のうちの一軍だった。すっと目を細めて、背筋を伸ばす。いつもの装備に着替えて髪を黒にし、短剣二振りと短弓、ナイフを持って会議室から静かに出る。誰もいない拠点の中を足音も立てずに歩き、エントランスホールへと向かう。
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン
五時の鐘が鳴る。血のように真っ赤な夕暮れが影をより濃く染め上げ、木々はざわめき、鳥たちは甲高い声で喚く。柱の影から彼女を見守っていた鷹の目の頭目は、その姿に一瞬血飛沫を見たような気がした。
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