第十一話

 王である宇恭を守りつつ拠点に近づいていた別働部隊は、前方に人影を認めて速度を落とした。髪は黒いものの、背格好は革命軍のリーダー、癒綺に似ている。おそらく、癒綺であることがばれないように染めたのだろう。しかし、最後に見たのが数年前とはいえ彼女の姿をよく知っている王からすればそれは些細なこと。

「あれが癒綺である!進めー!」

宇恭の命令に、部下たちが慌てる。一番位の高い騎士である雷牙が、止めに入った。

「いやしかし、腕の立つ護衛がいると…」

「そいつは向こうの戦場に出ておるわ!」

「ですが、癒綺自身も強いとの噂が…」

「そんなもの数でなんとかなるわ!」

雷牙は、ぐっと拳を握りしめて俯いた。もし彼がいたら、と思ってしまう。しかし、実際に言葉には出さない。彼の話をしたら宇恭が怒り出すのは目に見えているのだから。

「……突撃ー!」

雷牙は、諦めて号令をかけた。どうせ負けるので、戦略もない。いくら戦略を立てたところで、癒綺とその護衛には圧倒的な実力差で負けるのだから。

「おー!」

雄叫びをあげて、騎士たちが突撃していく。ふっと顔を上げた彼女の漆黒の髪が風にたなびき、金色の瞳がきらりと光った。

「…。」

彼女が何か言ったことに気がついて違和感を覚えたのは、雷牙だけだった。

 目の前まで、騎士たちが迫ってきている。力を抜いて立ったまま、それをぼんやりと見つめる。指揮している騎士には見覚えがあった。確か、雷牙と言うのではなかったか。海炎がよく、筋の通った男で、騎士団から抜け出すのを手伝ってくれたのだと話していた。しかし流石の彼でも、対面では宇恭に逆らえないようだ。

「馬鹿だな。」

雷牙と目が合う。彼が不審げな顔をするのを見て、腰にさげていた狐の面をつける。視界が狭まり、音による情報が増える。王が喚いている。雷牙が、バレないようにため息をつく。

「僕は…」

そっと呟く。腰にさげている短剣の柄に手を添えて、すっと大きく息を吸う。

「紫…!」

紫、と言う名前が聞こえたのだろう、騎士たちが一瞬怯んだ。しかし、すぐに体勢を立て直した。紫はすでに死んだのだ、癒綺の身代わりとなって。癒綺が生きているのがその証拠。彼らはそう信じ込んでいる。

「行けー!」

宇恭が奥の方で喚いている。短剣の柄を握る。

「…抜剣!」

雷牙の声が聞こえる。少し躊躇っているようだ。騎士たるもの、敵とみなした者には潔く斬りかからなければらなないのに、まだまだ未熟である。目の前にやってくる。女子だと思って、少し気を抜いているようだ。

「…甘い。」

呟いて、柄から手を離す。一斉に斬りかかってくる剣を紙一重で避け、重なり合ったそれに乗る。目を見開く騎士たちの、綺麗に揃った高さにある頭を回し蹴りすると、あまりにも距離を詰めすぎてバランスを崩した体が後ろにいた騎士の体に当たり、バタバタとドミノ倒しのように倒れていく。呆れてため息をつく。ギリギリ被害を受けなかった、半分ほどの控えていた騎士たちが怯えたように後退った。

 「王!これは癒綺ではありません!この身のこなしは…紫です!」

「!?」

雷牙の言葉に、宇恭は初めて少しの怯えを見せた。しかし、他の怯えている騎士たちをみて怒鳴りつける。

「何をやっている!あれが紫なわけがない!十五年も見てきたわしが見間違えるわけがない!あれが、この国の唯一の不穏分子だ!さっさと殺しに行かんか!」

先ほどの身軽さと強さを見て怯えている騎士たちは、まだ躊躇っている。宇恭は大仰にため息をつき、カッと目を見開いた。

「あいつを倒した者には、賞金百万ダラだ!早く行かんか!」

「百万ダラ!?」

「豪邸を一つ買っても、一生働かずにすむ!」

「一生遊び暮らせる!」

一気に沸いた騎士たちに、雷牙はため息をついた。別に、金でやる気を出したことに対して呆れているのではない。興奮しすぎていることに呆れているのだ。陣を崩して、わっとかかりにいく彼らを見て額を抑える。

「お前も行かんか!」

宇恭が雷牙にも怒鳴った。しかし冷静に、かつ怒らせないように淡々と答えを返す。

「私は王の護衛としてここに来ました。お側を離れますと、上層部に怒られてしまいます。」

権力には逆らえないのだ、という雰囲気を醸し出し、雷牙はすっと前を向いた。宇恭はこれでも、第五子という圧倒的に不利な状況から知略のみで王座を勝ち取った賢者である。数年前、一人娘がいなくなる少し前まではまともだったのだ。そして、貴族に逆らいすぎると王座はいとも簡単に奪い取られてしまうということは、脊髄に染み込んでいる。

「そうか。」

一気に静かになった様を見て、心の中でほっと息をつく。顔には出さないが、宇恭の対応は大変なのだ。特に怒らせると、あっという間に斬首になってしまうのだから怖い。実際に、少し怒らせただけで斬首された先輩や後輩たちを、雷牙はたくさん見てきた。

「癒綺様…」

ボソリと呟く。この国の元王女癒綺は、護衛である海炎と、その部下である雷牙の初恋の人だった。

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