第七話「遺されたモノの世界」

 ユウトは机に置かれた丸メガネを見つめる。その視線はどこか遠くを見つめていながら、背中に背負った十字架の重みをかみしめているようだった。


「十歳のときだった。隕石が落ちて、世界が終わって……気がついたら、ひとりで、この学校に逃げ込んだ」

長い沈黙の後、ユウトがやっと口を開く。その姿は心なしかいつもより小さく感じられた。そう、年相応の子供のような雰囲気になっていた。

「最初は、俺ひとりじゃなかった。この学校には、他にも逃げ込んできた奴がいた。大人も子供もまだたくさんいて、それでみんなで生きるためにウイルスに汚染されてない水を探して、校庭を耕して、外に出るたびに命がけで……それでも、少しずつ減っていった」

淡々と語る口調は段々と暗くなる。


「最終的に残ったのは、俺と三人の仲間だけだった」

机に置いている写真立てをユウトは手に持ち湊に見せる。そこにはユウト以外に三人の少年少女写っていた。写真の中のユウトは今の寡黙な雰囲気が嘘のように……まだ関係は短いが……今まで見たこともないような優しい目をしていた。


「これが麦わら帽子のタケシ。カウボーイ気取りで、いつも『俺がこの世界を守る』って偉そうだった……泣き虫でいつも騒がしかったけどな」

一番右の気弱そうな少年を指す。ユウトは懐かしむように、ふっと目を細める。


「その隣がポンチョのカズ。寒がりで、夏でも震えてたくせに、銃火器の知識だけはやたら詳しくてさ、武器は大体あいつが用意してくれた」

 真ん中の一番背の低い少年をユウトは指さす。


そして、最後に、少しだけ声がかすれる。何度かもごもごと口をせわしなく動かしながらようやく言葉をこぼす。

「……ライフルのチヒロ。ウィンチェスターを肌身離さず持ってた。外の偵察はいつも彼女がやってくれてた……彼女の残したライフルは今も俺を守ってくれてる」

膝を曲げてユウトと並んでいる勝ち気のありそうな少女を指す。口ぶりからユウトと彼女は並々ならぬ間柄なのだと理解させ、湊は静かに耳を傾けていた。言葉の端々に宿る、確かな重みがユウトに影を落とす。窓から光が差し、湊の全身を照らす。ユウトはその外側にいた。

「でも、ある日、全てが終わったんだ。巨大な化け物だった。学校の外壁をぶち破って、俺たちの前に現れた。あんなの、見たことなかった。いや信じたくなかったんだ」

ユウトは両手で顔を覆う。手の隙間からは光が反射していた。

「戦った。必死で。でも、誰も戻らなかった。俺以外……みんな、あっけなく殺された。残ったのは──仲間たちの『遺品』レリックだけだった」

そう言ってユウトは身に着けているものを見せつける。湊はやはりかと納得した。ユウトが言っていた仲間たちのトレードマークはすべて今ユウトが身に着けているものと一致するからだ。

「能力者は死ぬと、その遺品に持ち主の能力が宿る。それをレリックと呼んでいる」

「どういう原理かしら?」

「さぁな?とにかく、俺は仲間たちの想いを糧に強くなった……皮肉なことに仲間がいた頃よりもな」

湊は先ほどのステラゲートでの大立ち回りを思い返す。ユウトの強さは確かに本物だろう。だが、その背中は孤独で満ち溢れており、不思議と強さを称賛する気になれなかった。

「いつだったか、また巨大な化け物が来た。だが、俺は勝てた。そんなこともあろうかと奴の動きを学習して、罠や策をめぐらせてたからな……今思うと別の理由があったのかもな。化け物の体が地面に着いた後、そいつの死体が変化したんだ


―――見覚えがある人だった。紛れもなく、父さんだった」

湊は顔に手を当てる。ユウトの壮絶な人生に圧倒されているからだ。


「これで、俺は長期間のタイムリープができるようになった。地球の自転と公転の関係で数日間しか移動できなかった時間軸の移動の制限を超えることができた」

丸メガネに宿る『未来を予測する左レンズ』『過去の座標を理解させる右レンズ』はユウトにとって何よりも重要なものだった。


「そして、やり直しを繰り返した。何度も、何度も。三人を救おうとした。何を変えても、どうやっても……死ぬ順番が変わるだけだった」

「どうしてかしら?」

「『因果』が三人を殺すからだ。それが分かったとき、やっと気づいた。──そもそも、世界が間違ってるんだ。ウイルスの出所、隕石そのものが……この終焉の起点だった」

ユウトは続ける。

「ウイルスの本質は『繁殖』だ。寄生し、進化し、いずれ地球すら食い尽くす。最終的には、この星を爆破して、その残骸ごと宇宙に拡散する……あれに宿るのはそういう宇宙生存型の知性存在だ」

そう言ってユウトは学校の外のバリケードに群がる人や動物だったであろう化け物たちを指差す。化け物は皮膚がただれており、筋肉が歪に発達していて嫌な機能美を感じさせる。

「だから、俺は未来を変えたいんだよ。わかってくれたか湊?」

その時ユウトは少し笑った。残念ながらそれはこの世界のようにカラカラに乾ききった笑みだった。

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