第五話「観測者なき世界の終点」
部屋の扉が閉じると同時に、ユウトは背中を壁に預け、息を整えた。
吹き飛ばされた衝撃が内臓を揺らし、骨の軋む音が微かに耳に残っている。
それでも、彼はすぐに顔を上げた。
湊が、端末を操作しながらこちらを振り返った。
「扉は……閉めたわ」
妙に歯切れが悪い言い方にユウトは何かを察する。
「それ以外はどうした?」
「持っていかれたわ……ステラゲートの中枢データが完全に破壊されてた。アクセスはできたけど、もう修復不能。バックアップも、消されてる…」
ユウトは無言のまま帽子を深く被り、
「そうか。」
静かに息を吐きながらそう言った。ユウトは丸メガネの片方のレンズの能力を使って未来を予測した。予測と言っても自身が求める目標が達成される可能性がレンズの写る形なのだが、
―――目標達成率30%
「……ここはもう見限る。ステラゲートは、間に合わなかった」
彼の声には焦りも怒りもなかった。ただ、敗北を受け入れた者の静けさがあった。
「見限るって……どうするのよ」
「このままこの時代に残っていても消耗戦になるだけだ。ステラゲートが使い物にならなくなった今、ここに長居するのはリスキーだ」
ユウトはそう言ってからメガネを取る。
「元の時代に戻ろうと思う」
そう言ったユウトに、湊は小さく眉をひそめた。
「元の時代?未来のことを言ってるの?」
湊の声には混乱が滲んでいた。それも無理はない。彼女は「今」を必死に守ろうとし、そして敗れた。
なのに、ユウトはまるで「これは失敗作」とでも言うように、この時代を置いていこうとしている。
「あぁ、そういえばまだ話していなかったな」
湊の視線を受けながら、ユウトは静かに口を開いた。
「俺が持ってるこの能力――未来視と、タイムリープ。これはただ時間軸の移動だけじゃなく、観測した世界線の移動もできる。」
世界線を分かりやすく言うなら、一本の大木がある。その幹が仮称A世界。本来の歴史であり、ユウトが本来生きていた世界線である。そして、ユウトが過去にさかのぼって本来の歴史を書き換えた世界が仮称B世界である。これが今現在、ユウトがいる世界である。
「そして、俺が観測をやめた瞬間。つまりA世界に戻れば、B世界はなくなり、A世界だけが残る」
「……そんなの、理論上でも成立してない。少なくとも、私が知ってる物理学では」
「だろうな。超能力なんてもんは得てしてそんなものだ」
小馬鹿にしたようにユウトは笑う。科学なんてものは現時点で分かっているものをまとめたものでしかない。だから、知らない事があること自体当たり前に決まっているだろう。
湊は黙ったまま、端末に残る断片的なログを指でなぞっていたが、ふと手を止めてユウトを見上げた。
「じゃあ、ユウト君が言う元の時代に帰る必要性って……」
「この丸メガネは未来の可能性を知ることができる。これが言うには俺の目的が達成される可能性は30パーセント。低いと言わざる得ないだろう。だから、俺は――」
ユウトは言い切る。
「この世界を見捨てる。かつて死んでいった仲間たちを生き返らせるために、俺の我がままで、俺の求める理想の世界線のために……」
「なるほどね。じゃあ、私は見捨てられる存在ってこと?」
悲しそうに湊は問いかける。だが、ユウトは首を振る。
「……俺に協力すると言ったな。だったら……最後まで付き合ってくれ」
その言葉を聞いた瞬間、湊の顔はバッと上がり驚きを露わにする。
「この世界のバグになる覚悟はあるか?ここから先は自分の心に従って選べ」
ユウトは真剣な表情で港に選択肢を迫る。
「このまま、このB世界に残るか。あるいは俺と一緒にA世界の2025年に行って俺の歴史改変を手伝うか」
部屋の扉がガンガンとうるさく叩かれる。長くはもたないだろう。
「悪いが悩んでいる時間はない。すぐに答えてくれ。この世界に残るなら元の研究所に送り届けるし、一緒に行ってくれるならこのまま行く」
湊は顎に手をつけて考える。正直、自分のメリットなどない。ユウトの知り合いなど知らないし、命を懸けて助ける義理などない。だが、だがだ、もしこのままあの退屈で平和すぎる日常に戻ると言われたら、そう考えると湊の答えは一つだった。
―――死にたくない。
それは肉体が、ではなく。心がである。ユウトと出会った。不思議な体験をした。16年の長い人生より、このたった数時間の方が生きていると感じられた。
この『感動』を殺したくなかった。未来に生かしてやりなくなった。
「決まってるわ」
そう言って湊はユウトの手を取る。
「……覚悟はできたようだな。」
そう言って、辺りには電気が迸り、バチバチと言った音が空気を裂く。ユウト一人の移動であれば問題なかったが、人を一緒に連れて行くとなればこのような反応が起きるのだ。やがて、電気が収まると部屋の中に先ほどの兵士たちが部屋の中に突入してきた。部屋中に銃の照準を合わせてくまなく部屋中を捜索する。だが、無抜けの空で何処かに隠れているといった形跡もなかった。サーモグラフィーの反応もない。
「……ボス。こちらβチーム。二人の姿がありません。取り逃がしたようです。オーバー」
部隊の一人が無線に語り掛ける。
『恐らく能力で逃げたのだろう。撤退しろ』
「了か――」
その瞬間、世界は無音で静かに観測者なく崩れる。本来ありえざる人の動き、ありえざる事象、世界という矛盾した枝は
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