第10話 失われた双翼
レオンの前に立つ少女──シルヴィアは、かつての彼の“相棒”だった。
暗殺組織〈黒影〉の中で、最高の実力を持つコンビとして「双翼(ツインフェザー)」と呼ばれた二人。
だが、あの日を境に、彼らは別々の道を歩んだ。
レオンは罪を抱えて逃げ、シルヴィアは組織に残った。
そして今、再び交わったその視線には、過去の残滓と、これからの決断が交錯していた。
「生きていたのか……」
レオンの声は、かすかに震えていた。
その揺らぎを感じ取ったのか、シルヴィアは静かに首を傾げた。
「死ぬ理由が、なかっただけよ」
その声は、どこまでも静かだった。だが、その内側に──熱のような、何かが確かに感じられた。
◆ ◆ ◆
研究室跡の空間には、破壊の痕跡が随所に残っていた。
割れた培養槽、焼け焦げた床、散乱する薬品の瓶。
「……ここで何があった」
カイルが問いかけると、シルヴィアは少し視線を伏せた。
「ここで“子供たち”が作られていたの。薬と魔術と、肉体強化の繰り返し。……人を“兵器”に変える場所だった」
「お前が……その中心に?」
「いいえ、私は“処理係”。失敗作の後始末をする、ただの刃。……それでも、生き延びた子もいた。だから私は、彼らを逃がしたの」
レオンの瞳が見開かれる。
「お前が、“壊した”のか。この施設を」
「そう。もう、これ以上……誰かを、殺したくなかったから」
その言葉には、過去のシルヴィアにはなかった“迷い”があった。
◆ ◆ ◆
かつてのシルヴィアは、感情のない“人形”のようだった。
命令通りに動き、誰を殺せと指示されても一切の躊躇はなかった。
だが、今目の前にいる彼女は──確かに“揺れて”いた。
「……お前も、変わったんだな」
レオンの言葉に、シルヴィアはわずかに笑った。
「あなたが変わったって、風の噂で聞いてね。信じられなかった。けど、気になった。……“罪”を背負って生きてる人間が、本当に誰かを守れるのかって」
「それで、追ってきたのか。俺を」
「違う。私は……あなたを、見届けたかった」
その一言が、レオンの心に突き刺さった。
──見届ける。贖罪の旅路の果てに、彼が何を選ぶのか。
かつて同じ地獄を生きた彼女にとって、それはただの好奇心ではなかった。
◆ ◆ ◆
だが、静かな対話の空気は、突如破られた。
「……やはり裏切っていたか、シルヴィア」
鋭い声が地下の天井に響く。
影のように現れたのは、黒装束を纏った複数の人物。その先頭に立つのは、仮面をつけた男──新生〈黒影〉の“幹部”であるカランだった。
「処理場の爆破。失敗体の逃亡。すべてお前の仕業だったと、我々は知っていた」
シルヴィアはレオンの前に立ち、まるで自然な動作で短剣を抜いた。
「……来るとは思ってた」
「殺せ、シルヴィア。そうすれば、過去の罪は帳消しにしてやる。レオンを、ここで処理しろ」
沈黙。
レオンも剣を抜いたが、動けなかった。シルヴィアがどう出るか──それを待つしかなかった。
そして──彼女は、刃を“カラン”に向けた。
「私はもう、命令では動かない。私の意思で、生きてる」
その瞬間、戦いが始まった。
◆ ◆ ◆
地獄のような乱戦だった。
シルヴィアの刃は、まるで舞うように敵を薙ぎ払う。かつての“処理係”として培った殺意が、すべて解き放たれていた。
一方、レオンは背後のカイルを守りながら、敵を的確に封じていく。
「数が多い……!」
カイルの悲鳴まじりの叫びに、レオンは歯を食いしばる。
そのとき、ヴェルが背後から敵を撃ち抜いた。
「行け! 奥に、脱出口がある!」
レオンとシルヴィアは視線を交わし、頷いた。
「ここは任せて、先に!」
「カイル、行くぞ!」
そして一瞬の隙を突いて、彼らは地下道を抜けた。
後ろから、叫び声と爆発音。瓦礫が崩れ、地下は完全に閉ざされた。
◆ ◆ ◆
夜明け。三人は町の外れに逃れ、廃屋の中で肩を寄せ合っていた。
傷だらけのシルヴィアは、それでも表情を崩さなかった。
「……これで、私も“追われる身”になったわ」
「ようこそ。こっち側へ」
レオンの言葉に、シルヴィアは微笑んだ。
その笑顔は、かつて見たことのない“人間の顔”だった。
「ねぇ、レオン。あの時、あなたが逃げた理由……今なら少し、分かる気がする」
「俺も……あのとき、お前に声をかけていればって、ずっと思ってた」
──けれど、それも過去だ。
今、ここにいるのは“変わろうとする”者たち。
もう一度、罪を背負ってでも、歩こうとする人間の姿だった。
「カイル」
「……ん?」
「旅は、もう少し長くなりそうだ」
カイルは苦笑いしながら、肩をすくめた。
「最初からそのつもりだったさ。最後まで、見届けるよ」
◆ ◆ ◆
こうして、三人の旅路は新たな章を迎える。
“裏切りの使徒”シルヴィアを仲間に加え、レオンはついに組織との本格的な対決へと進む。
罪と贖罪の狭間で、彼らの刃は次に何を断ち切るのか──
それは、まだ誰にもわからない。
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