第12章 音の隙間に、僕は生きていた——“歌う理由”が、心に芽吹いた日。


中学の地獄をなんとか潜り抜けて

俺は高校に進んだ。

中学の連中もさすがに私立校だったので

幸いにも少人数だった。


変わりたい。

今度こそ、ちゃんと居場所がほしい。

そんな願いを込めて

俺は“高校デビュー”を試みた。


無理して笑い、場の空気を読み

少し悪めのグループに馴染んだ。

いじめられないためには

その輪の中にいることが

一番安全だと思ったから。


夏休みには、ウッチーの勧めで髪を染めた。

慣れないノリにも、無理してついていった。

心はちっとも楽しんでなかったけど

それでも必死だった。


だけど、そのバランスはすぐに崩れた。



そのグループの中でも

権力を持っていたのがシュウだった。

俺はそんな彼と同じ女子

——サユを好きになってしまった。


そして、俺の方が先に告白し

付き合うことになった。


シュウの機嫌はすぐに悪くなった。

俺を見る目は明らかに変わり

みんなの態度も

少しずつ冷たくなっていった。


安全圏だと思っていた場所は、

あっけなく“戦場”に変わった。


俺の高校デビューは

瞬く間に終わったのだった。



夏の終わり。

蒸し暑さが残る教室で

音楽の授業が始まった。


その日の課題は

「一人ずつ順番に好きな歌を

ワンフレーズ歌う」というものだった。

もちろん、嫌だった。

目立ちたくなかったし

そもそも誰にも注目されたくなかった。


でも、名前を呼ばれて

授業だし断れる空気でもなかった。


俺は、立ち上がった。

ゆっくりと深呼吸して、選んだ曲は——

SMAPの『夜空ノムコウ』だった。



教室はざわついた。

選曲が悪かったのか?それとも声の響きか?

俺にはわからなかった。


でも、自分の声が思ったより

まっすぐ前に飛んでいったのはわかった。

どこか懐かしい

身体にしみついたようなその歌が

俺の中から自然とあふれ出していった。



「…なぁ、今の、お前?」


授業が終わって椅子に座ったとき、

俺のすぐ後ろから声が飛んできた。


振り返ると、そこにケータがいた。


ドラムが上手くて、なんでも器用にこなせて

俺とは正反対のタイプだと思っていたやつ。


「…あの声、龍馬だよな?」


「……うん、まあ。」


「うわ、マジで、鳥肌立ったわ。

てか、バンドやろーぜ。

ちょうどボーカル探してたとこなんよ——」


勢いのあるケータの言葉が止まらなかった。


俺は呆気にとられながらも、

心の奥で、なにかが震えていた。



あの声を、誰かがちゃんと聴いていた。

そして、それを“良い”と思ってくれた。


たったそれだけのことなのに、

俺の心は、何度もその言葉を反芻していた。



忘れかけていた、

俺の“好きだったこと”。


その扉が、そっと開いた瞬間だった。



そういえば——

歌は、いつもそばにあった気がする。


幼稚園のお遊戯会で

SMAPの『がんばりましょう』を

ソロで歌った。


週末には父とカラオケに行って

兄弟でマイクを取り合っていた。


中学では、ナオヤとカラオケの採点勝負。

ポルノグラフィティの

『別れ話をしよう』や『アポロ』で

100点を連発して、

二人でハイタッチしてはしゃいだっけ。


…忘れてた。

ずっと、好きだったんだ。

歌うことが、俺の居場所だったこと。



俺は卓球部に“なんとなく”所属していた。

それなりに試合にも出て、顧問にも評価されていたけど——


「ごめんなさい、僕卓球部やめます。

軽音部に行きたいんです。」


はじめて、自分の意志で部活を変えた。

誰かに合わせたんじゃない

自分の声だった。


後に卓球部の顧問が軽音部の顧問も

掛け持ちすることになろうとは

夢にも思わなかったけど笑



軽音楽部には、あたたかさがあった。


リーダーでドラムのケータ。

柔道部と掛け持ちで

軽音楽部に入っている異色のギター、ボッチ。

ベースのカネゴン。


名前は“スリーケーアイズ”。

他のメンバーは苗字に

全員Kがついてるから

スリーケー。

そして俺の苗字のアイを足しただけの

謎なバンド名。笑


「お前だけKじゃねーのかよ!

中途半端だな!」

って笑われた。


今でも焼きついている

良い思い出だ。



初めてみんなで合わせた曲は

Mr.Childrenの『抱きしめたい』。

緊張でガチガチになりながら歌った。


演奏が終わったとき

部室の端で部員が涙を拭ってた。


「…ありがとう。なんか、久々に泣いた。」


言葉にならなかった。

歌って、すごい。


その日から、俺の世界は変わった。



数日後、ケータが何かを俺に手渡した。


「これ、見てみ?」


コピー用紙に手書きの譜面と、

キラキラした歌詞。


『ユメ』ってタイトルだった。


歌詞は真っ直ぐで

青春ど真ん中ソングは俺の胸を打った。


「これ…ケータが作ったの?」


「そう。俺な、

バンドでオリジナル曲やりたくてさ。

このバンドならこの曲が絶対合うと

思って作ったんよ!」


心が震えた。


誰かの

"本気”が

音になって届いた気がした。



練習の日々が始まった。

学校が終わったら部室へ行き

何度も合わせた。


歌詞の意味を考え、音程を整え、

“気持ち”をどうやったら

乗せられるかを探した。


部室の窓に映る夕日が沈むまで、

俺たちは音に向き合い続けた。



部活動での充実ぶりとは裏腹に

教室では息を潜めていた。

家でも当然、母の目を避けるように

自室にこもった。


でも、歌だけは俺を裏切らなかった。



ある日、ノートを開いた。


『シアワセのタカラモノ』

そんなタイトルをつけた

はじめての作詞だった。


「くじけないでいけばきっと

微笑み合える日がくるだろう

あぁそれこそがシアワセのタカラモノさ

やっと見つけられたよ」


気付けばメロディをつけて

口ずさんでいた。


稚拙だし、かっこよくない。

でも自分が生み出した何かに

不思議と心がじんわりとあたたかくなった。


歌って、すごい。

やっぱり、すごい。



音楽は俺を救ってくれる。


そして、いつか——

誰かを救えるかもしれない。


教室でも、家でも、

どこにも居場所がない日々だったけど。


それでも、音の隙間にだけ、

俺は、生きていたんだ。


第12章 了

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