妖精姫《プリンセス》になるのはわたくしですわ! ~ バンシーは涙と共に生まれ出でる

裃左右

第1話 妖精と聞いては黙ってはいられませんわ

「その謎、今世紀最高の妖精姫プリンセス候補、このエリーが明らかにしてみせますわっ!」


 思わず、わたくし、エレオノーラ・ノクティアは立ち上がりました。自信たっぷりに腕を伸ばし、親指と人差し指でL字に形作ります。

 勢いで愛用のペンがカタタンと落ちましたが、そんな些細なことなど今のわたくしにはまるで気になりません。帳簿などあとでつければよろしいのです。

 

 なにせ――妖精と聞いては、黙ってはいられませんわ。


 事務所の視線が、わたくしに集まりました。


 今回の依頼人は、田舎の屋敷に仕える古参の使用人、ターグ氏。いかにもおどおどとした様子、やつれた顔に不安げな瞳。

 きっと、大変困ってらっしゃるのでしょう。だからこそ、わたくしのような才色兼備の妖精姫プリンセス候補が、一肌脱いで差し上げなくてはなりませんわ。


「詳しくお聞かせくださいませ。――バンシーが出没する、とは?」


 できるだけ落ち着いた声を掛けましたが、使用人のターグ氏はびくりと肩を震わせ、ますます不安そうな表情を浮かべました。


 あらあら、少しばかり声が大きすぎましたかしら。

 でも、このくらいの覇気がなければ、難事件など解決できるはずもありませんものね。


 すると、ターグ氏が顔を手の甲で何度も拭いながら、おずおずと口を開きました。


「はあ。あのこちらのお嬢さんは? その、事務員の方ではなかったのですか?」


 対面する陽気な舞曲ガリアルド冒険者事務所トマス・トムキンス所長は、その恰幅の良いお腹をさするように裏ポケットからパイプを取り出し、火を付けました。

 煙をくゆらせながら、微笑みます。


「フム、お気になさらず。彼女、エリーは……普段は事務職をしているが、実は妖精事件専門のスタッフでして。そう、こう見えて専門家なのですよ」

「ほほう、そうなのですか。なんとお若く見えますのに」

「こと妖精を扱う事件には、才能というものが必要不可欠ですからね。我が事務所は、とても幅広い才能ある人材を抱えているのです。この通り、妖精使いまでも」


 貫禄かんろくある態度で、トムキンス所長が言い聞かせると、ターグ氏は何度も頷きました。


 しかし、所長の隣に座っている冒険者ネロは「幅広い才能のある人材とか」と、わざとわたくしに聞こえるようにせせら笑いました。


 彼は、浅黒い肌に黒髪、頬に傷がある粗暴な外見の青年です。

 そうわたくしと年齢は変わりませんが、腕を組み、足を投げ出して椅子に深く腰掛ける態度は、がさつそのもの。獲物を狙う狼のような眼光が、今は退屈そうに天井を見上げていました。


 ええ、しかし。そんなネロの陰険な言葉など、耳に入りませんわ。よしんば耳に入ったとしても、今のわたくしにはどうでもいいことです。

 目の前の困っている依頼人を助けること。妖精事件を1つでも多く解決することこそが、わたくしが妖精姫プリンセスとなるための近道なのですから。


「して、バンシーが出没すると仰いましたが、具体的にはどのような状況なのでしょうか?」


 改めて、できるだけ優しく尋ねました。今度は声のトーンも完璧ですわ。


 ターグ氏は、ネロの言葉に気づかなかったのか、あるいは気にする余裕がないのか、再び口を開きました。


「はい……実は、一ヵ月半ほど前からなんです。夜になると、屋敷の周辺のどこからか、女の悲鳴のような声が聞こえてくるんです」

「悲鳴、ですか?」

「ええ。最初は、けもの風音かざおとかと思ったのですが、繰り返し深夜に聞こえまして。それも日に日に屋敷に近づいて来ており、村人も怖がっております。なかには目撃証言まで」


 語るターグ氏は恐怖に顔を歪め、喉をゴクリと鳴らしました。


「ほほう。では、その悲鳴とやらを聞いたのは、貴方だけではないのですな」


 トムキンス所長が、煙を吐き出しながら問いかけました。


「もちろんですとも。ご主人様や奥様、他の使用人たちも聞いております。無論、村人もですよ」

「目撃証言とは?」

「むぅ、長い黒髪を振り乱した女が、灰色の衣をまとい叫んでいた、とか。それが燃えるような真っ赤な眼をしていただとか」

「ならば、貴方もそれをご覧になった?」

「いえ、私は見ておりませんが。何人かの村人がそのような証言をしております、屋敷のメイドにも目撃者がおりまして」

「なるほど。それで声の主がバンシーだと?」


 聞き入っているわたくしは、どんどん身を乗り出していきました

 バンシー……妖精の中でも、死を告げると恐れられる存在。姿かたちは様々な言い伝えがありますから、確かなことは言えませんが、それらは一般的特徴を捉えていて、真実バンシーである可能性は十分にありました。


「古くから私共の村には、不幸の前触れにバンシーが現れるという言い伝えがありまして……最近、ご主人様の体調が優れないこともあり、皆、これは呪いではないかと恐れているのです。それで、この私が代理人として、はせ参じた次第でございまして……」

「なるほど。であれば、このエリーを派遣しましょう。我が事務所のエースであるネロくんもね」


 トムキンス所長がそう提案しますが、ターグ氏は不満そうでした。


「その、トムキンス様は来ていただけぬのですか?」

「フム。もちろん直接事件を解決したいのはやまやまですが、なかなか忙しい身の上でして。すでに難事件に掛かりきりなのです」

「はあ、そうなのですか。……実に残念です」


 大嘘です。トムキンス所長はかなりの出不精で、特に田舎を歩くことが大嫌いなお方なのです。

 これはあくまで方便。正直、あまり褒められたことではありませんが、都合が良いので口をはさみはしませんわ。


「しかし保証しましょう。我が事務所の専門家たちは、その辺の冒険者よりも妖精事件解決に向いている、とね。代わりに、もし彼女たちの手に負えなければ、この不肖の身が直接伺いしましょう」

「むむぅ」


 結局のところ、ターグ氏は事件解決の依頼をわたくしたちに託しました。


 依頼内容は『バンシー事件の真相』を突き止めること。場合によっては、バンシーを退治することです。

 退治をすると言う点については納得が出来ませんが、そこはターグ氏に言っても仕方のないことなのでしょう。


 翌日、地味なモスグリーンの事務服ではなく、動きやすい装いを選ぶことにしました。鏡を見ながら、おかしなところはないか確認。髪は邪魔にならぬよう、後ろで一つにまとめています。

 以前は手入れされていた銀糸の髪も、今は少しばかり行き届いていないかもしれませんわね。艶のなさに、思わずため息をついて玄関へ向かいます。


 わたくしが準備を終えるまでずっと待っていたのでしょう。玄関先に立つネロは、気だるげに伸びをして、傍まで歩み寄ってきます。

 なんだか距離が近すぎて、威圧感を感じますわ。相変わらずデリカシーがない方ですわね。


「よう、遅かったな」

「それはそれは。お待たせして申し訳なかったですわ。でも、わたくし。ひとりでも十分に事件を解決できると思いますの」 

「アンタみてぇな女、ひとりで外に出せるわけねえだろ」

「本っ当に失礼な殿方ですわね。わたくしの実力が不足しているとでもお思いで?」


 甘く見ているのだとしたら許せない。思わず、わたくしはビシッと鼻先に指を突き付けました。

 すると、フッとネロは笑ったのです。


「オレは力不足な奴なんか、一緒に行動したいとも思わねえよ。ほら行こうぜ、エリー」


 わたくしは一瞬、言葉を失いました。顔の表面が熱くなった気がいたしましたが、これは気のせいです。

 まさか、こんな粗野な男に認められて、照れているなんてそんなわけはありませんわ。


「そ、そうですか。でも、別にわたくしはあなたと一緒に行動したいわけじゃありませんわ。ただ、トムキンス所長の命令ですから。そう、仕方のないことでしょう?」


 慌てて言い返すと、ネロは髪をかき上げて歩き出しました。

 向けられた背中から、小さく「素直じゃねえな」と言われた気がしましたが、これは空耳でございましょう。


 わたくしは、急いで愛用の鞄を肩に掛け、街を後にしました。

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