第3話 もうどこにでも連れてって 下




 二人を運ぶ馬車は、そろそろ街中に差し掛かっていた。


「それでこの馬車はどこにむかってるの?」



 セムヤザはその質問には答えず、

「君、ホントにケガは何ともないの?」と、聞いてきた。


「あの学園には、今すぐ病院の院長を任せられる医術士が、少なくとも一ダースはいるわ。そして私は端くれだろうが医術士よ」



 命さえあれば、綺麗に治る。


 それとお金も――。



「いけない! 治療費たてかえてくれたの?」



 にっこりと笑うセムヤザ。



「いくら請求されたのよ? 今あるだけ払うわ」


 私は体を探り財布を探すが、それが医局で借りた衣装だと気づいた。


 ……それなら荷物は、うしろのトランクに入ってるはず。



 腰を浮かせた私に向かって、


「走行中は危ないですぞ、お嬢様」と、たしなめられた。


 あのねぇ?


 セムヤザは微笑み、私をシートに座らせた。そして、

「あなたのセムヤザは、今から買い物に行きたいんだけど、ご同行ねがえませんか?」

 

「……? そんなの後でいくらでも付き合ってあげるわよ」



「それこそが、なによりの報酬でございます」


 そう言って、セムヤザは御者席に乗り出すと、小窓を開けて、小声で御者に行き先を告げた。


「……」


 まぁこの場は借りておいて、後で必ず支払おう……。もう学費をためる意味も失ってしまったし、それなら余裕も無くはない訳で……。




 ほどなくして馬車は停車した。


 先に降りたセムヤザにエスコートされ降り立った先は、仕立て屋だった。



「何? あなた仕事の途中だったの?」


 あたしでも知ってる、町で一番の高級店だ。 


 相手にするのは貴族や、一部の商人。間違ってもローブ姿の平民女が訪れる店じゃない。


「へー。あなた、ずいぶん高貴な方と取引をはじめたのねぇ」



 改めてセムヤザのこじゃれた服装を確認する。


 明るいところでよく見ると、目立ちはしないがずいぶん品のいい仕立てのシャツだった。



「たとえば君とか?」


「……? 気にせず行っておいでなさいよ。私は外で待ってるから」



 笑顔のセムヤザは、まるで聞き分けの無い子供に言い含めるような口調で、


「さあ! 仕事着の君も魅力的だけど、午後のために少しだけおしゃれしてみない?」と言った。



 私には話の行く先がわからない。


「……? 午後から何かあるの?」



「自分で言ってもう忘れたの? 王子のお茶会に乗り込むんだから素敵なドレスをしいれなきゃ」


「乗り込む? ……何言ってるのよ? それを言うなら、必要なのは黒い頭巾とマントでしょ」




「では、お付き合い願いましょう」


 セムヤザは、困惑する私の手をそっと取ると、かまわず店のドアをくぐった。



 えッ!? いったいどこまで本気なの?



 セムヤザの耳に顔を寄せ、こそこそ声で、


『あんたどういうつもり!? 金なんて逆さに振ったって出やしないわよ? それにこういうお店は、傘一本でも庶民じゃ買えないんだから』


 言葉に妙な実感がこもり、少しだけ恥ずかしい。



「じゃぁこうしよう。君はここで何かを尋ねられ、それが気に入ったら優雅に微笑む。言葉は話さなくたっていい。思うまま正直に」

 そういうゲームだと思って。とセムヤザ。



「はぁ? ――ちょっとッ!」


 さらりとエスコートされ、おそるおそる店内を見回す。



「ぅわぁ……」


 思わず、ため息が出た。


 学園に入る前は、兄の働く仕立て屋を手伝ってた。扱う品物は庶民向けの服。もっぱら綿、リネンがせいぜい。


 だが、目の前に積まれた、染色された色とりどりの反物のロール。触らなくったって光沢と色味でわかる。明らかな最高級の絹織物。

 あの糸巻き一つでさえ、きっとあたしの服より高い。


「……」


 そこは本当にきらびやかな空間だった。 



 案内に現れた店主は、明らかにこの場に不釣り合いな私の存在に気付いていながら、表情一つ変えずに「なにをお探しでしょう?」と、言った。 



 私は視線を下げ、セムヤザの仕事の邪魔にならないように気配を消すように努める。


 さしずめ配役は、裕福な商家のせがれと、通りで拾われた女中ね。



「……」

 セムヤザは店主に黙って微笑むと、胸元から何かを取り出した。



 今のなにかしら?



 それを見た店主が、あらためて優雅に腰を折る。


 そしてドアの脇の看板をしまいこむと、あっという間に店が貸し切りになった。



 手際よく作業する店主に隠れて、


「あなたいったいぜんたい何を見せたの?」


 にっこり笑うセムヤザの手の中には、どこかの家紋が彫られた小さなメダルがあった。



「――さて、改めまして何をお求めでしょうか?」


 店主に声を掛けられ、浮かんだ疑問が引っ込んだ。


「こちらのお嬢様は、今日の午後の茶会のためのドレスを所望されています」と、セムヤザ。

 


 え?



 そこで初めて私が目に入ったかのように、店主は居住まいを正した。


 私にもへりくだる店主の態度が妙におかしい。まるでタヌキの化かしあいをしている気分。 


 しっぽが見えないように、あたしはひたすら黙っておく。



「複雑な事情があるんだが……。なにぶんお嬢様はお急ぎでね。オーウェル王子を待たせるわけにはいかないのだよ」



 あやうくふきだすところだった。


 招待券もなしに忍び込むって。まさか本気だったの?


 ひたすら困惑する私にセムヤザは優しく、


「僕に任せて」と、耳元で囁いた。



 はぁ……?


 


 ◇◇



 それ自体がどれほどの価値かわからない、ピカピカに磨かれた大きな姿見の中に、気付けば私が立っていた。


「……」


 すぐさま店の奥から運ばれてきた、3種類のドレスをあたしの体に合わせていく。


 女性の裁縫士により手早く採寸がなされ、忙しく帳面に記入している。


「……」

 


 胸元が大胆に開いた豪奢なレース飾りの赤いドレスをまずは遠ざける。


 新年祭で歌う舞台歌手だとすれば、相当なベテランじゃなきゃこれは着れないわね。


 せめてシンプルに見えた、白地に青いアクセントがついたワンピースタイプのアフタヌーンドレスを選ぶ。


 私の衣装選びを手伝う二人の女性に、おそるおそる「これにしようと思います」と告げてみた。


 すると私の答えがまるで望んだとおりのものだった、と言わんばかりに、


「お嬢様の瞳の色と大変にお似合いです」と、ねっとり褒められた。

 


 返す言葉がわかりませぇん……。


「……」



 だが実際に着てみると、驚いたことにサイズはぴったりだった。


 鏡の前で軽く回って、全身を確認する。


「うわぁ……」

 鏡の中の素晴らしい衣装を着た私も動いてた。



 これがあたしだって?



 腰のあたりに複雑な花の刺繍が施されており、「白く輝くのは真珠、青はサファイアをあしらっております」と裁縫士が述べたようだが、それは聞き流すことにした。 



 セムザは少し遠くに立って、にっこり笑って楽しんでいるが、こちらは気が気じゃない。



 まさか、このまま茶会の会場まで、走って逃げるはめになるんじゃないでしょうね?



 訳も分からぬままに、帽子にネックレス、靴にオーバーオールに、果ては下着の用意まで次々運ばれてくる。

 私はといえば試着室の中で、マヌカンよろしく立ち尽くし、インコのように「おまかせします」を連発するだけ。

 なすがままに服をはぎ取られ、着せ替えられ、飾られていく――。

 


 もはや、なるようになれだ。



 思考停止の半時間は「あ」っという間に経ち。今着ている衣装以外の品は、次々表の馬車のトランクに運ばれていった。



 ようやくひと段落ついたころ、セムヤザは離れた場所で、オーナーと談笑していた。


「――ではもう一着は、出来上がりましたら宿にお届けいたします」


 出口に立ったオーナー相手に、鷹揚にうなずいたセムヤザに手を引かれ、堂々と支払いもせず店をでる。




「お嬢様? 喜んでいただけましたでしょうか?」


「正直言って、何が何だか……」



 改めて自身を見下ろす。


 自分の格好が、いまだに信じられない。足元がふわふわしているようだ。


「それで種明かしはしてくれるんでしょうね?」



 またしても、にっこり笑うセムヤザ。


「君とのおしゃべりも素敵だけど、お先に食事はいかがでしょう?」



 らちがあかん。



「はぁ……。もうどこにでも連れて行って――」






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