002 (side:由香)「目指すは三冠王」と言わせたい。

2月15日(水)


 朝7時。 今日からMLBのスプリングトレーニングが始まる。日本のスポーツニュースでいわれる「春季キャンプ」というところだ。


 フロリダ州ポートシャーロットにあるタンパベイ・レイザース傘下のシングルA(マイナーリーグ)球団の球場。このローカル球場の球団施設前に報道陣が集結していた。そのほとんどが日本のメディアだ。ざっと見て50人近いだろうか。私が彼を取材してからもっとも多い数だ。


 そこにお目当ての選手が登場。 沢村健。昨季本塁打王と打点王の二冠に輝く今や日本を―いやMLBを代表する選手である。しかも打率に関しても規定打席に到達してさえいれば三冠王だった成績であり今季はその三冠王の獲得が期待されているのだ。


「おはようございます。」

と笑顔で会釈したものの取材陣の人数に驚いていた。昨季あたりまではそこまで人数もいなかったので立ち止まってコメントももらえただろうがさすがにこの人数ではそうもいかない。

「すみません。(取材は)邪魔にならない場所ところでもいいですか?」

私服は春らしい白を基調としたものでスポンサーのアパレルメーカーからの提供だろう。


 球団施設の出入り口脇に移動してでの「囲み」取材に応じてくれた。50人に囲まれると後ろの方まで声が届くかどうか心配にすらなる。


 幸い今日は初日ということもあってメディカルチェックが中心。時間的には余裕があるのだ。

 

 後ろを次々と選手たちが通りすぎるが、ある者は記者の人数に驚き、またある者は気の毒そうに一瞥ちらみしたりと反応は様々だ。


 今季の抱負を訊かれ

 「これはですね、間違いなく引退するまで答えは変わらないとおもいますが、とにかくプレーオフへの進出ですね。今季からプレーオフに出られる球団が1枠増えたので3年連続進出が最大の目標ですね。個人的には故障けがなくチームに貢献することです。」


 これまで地区優勝チームに加え最高勝率の2位チームがワイルドカードとして出場していたが今季からは勝率の高い2チームが1試合限定の対戦をして勝った方がワイルドカードを手にすることになったのだ。ただ我々もこれで帰るわけにはいかない。  


 日本国民の主な関心は彼が今季「三冠王」が獲れるかどうかだからだ。


「もちろん(個人)タイトルが獲れればお給料も上がりますので獲れるに越したことはないです。ただそれに固執してチームを犠牲にするつもりは全くないですね。自分の数字が良くてもほかの選手がもっと良ければ無駄になるだけですから。


 個人として目指すとすれば規定投球回と規定打席数のクリアでしょう。これまでの期間は体力と筋力の底上げを目指したトレーニングをしてきたので。これさえできれば成果は運がよければついてくると思ってます。」


 これって三冠王奪取宣言かと記者たちは判断し色めきだつ。

「そういうわけではないです。タイトルは目指すべきものではなくシーズンを通して努力した結果として後からついてくるものだということです。そして規定打席と規定投球回であれば投球回の方を優先するでしょうね。それがローテーションを守る先発投手の責任だと思ってます。」


 あまりに「優等生」的な受け答えに記者たちは少し落胆しつつもあまりプレッシャーをかけるのもよくないと判断したのだろう。とはいえ彼ももはや軽々に「イキリ発言」して許される立場ではなくなってしまっているのも事実だ。そろそろ「健ちゃん」呼びも公には控えなければいけないかも。


 幸い、MLBのチーム練習はNPBの練習時間よりも短い。 ただMLBは早朝から自主的にウォームアップや基礎トレーニングにいそしむ選手がほとんどで集合時間にはそれなりに仕上がっていることがほとんどだ。


 全体練習もたいてい昼前には終わり、25歳未満の若手は午後も自主トレに汗を流すことが多いが、中堅ベテランにもなると午後はゴルフや家族サービスに興じる選手も多い。


 沢村も午後は曳期続きトレーニングのようで、昼休みは英語でMLBの公式サイトやセントピートの地元新聞社やTV局の取材、さらにその後にはフロリダ州やカリブ海諸国のヒスパニック系メディアのスペイン語での取材を受けていた。私も英語の取材まではついていけるがスペイン語まではさすがにわからない。沢村によればスペイン語の時がいちばん「陽キャ」っぽくなるそうだ。


 「今のはどんな取材だったんですか?」

臆面もなく聞いてくる記者もいる。

「さすがにそれは通訳料が発生しますよ。」

 沢村がいたずらっ子のような笑みを浮かべた。これから報道陣も長い戦いが始まるのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 言語魔法。


 異世界に行った転生者が初めて見聞きする言語なのに読み書きできて話せてしまう「なろう系」標準装備魔法の一つ。主人公は日本語・英語・スペイン語を主に使う。


  中国語(北京官話)・中国語(広東語)・フランス語・ドイツ語・ポルトガル語・アラビア語・朝鮮語なども使用できるが公表はしていない。


 ちなみにスペイン語はあくまでもスペイン本国の発話のためアメリカでは「なまりがキツイ」とよくからかわれている。


 






 

 















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