第23話:5%ルール
※多楠ヘブン視点
「お父様……」
わたくしが二番目のボタンを外したところに、お父様が現れました。インテリのサラリーマン風の、スーツを着ているダンディなお方。威風はかなりのもので、それによって会社を統率しているとも。
「いえ。何もしておりませんわ」
わたくしは第二ボタンを留め直して、そうしてこの場を誤魔化す。
「そうか。まさかうら若き乙女が男に肌を晒す真似はすまいな?」
「もちろんですわ」
実際やりかけたことは秘密だ。そのお父様はわたくしを見て、わたくしの部屋にいる男子を見ます。
「そちらは?」
「わたくしのお付き合いしている相手……ですわ」
恋人と呼んでいいのかは少し疑問ですけれど。
「こんにちは。蛇蝎マムシと申します」
にこやかに彼は挨拶をしました。
「
「これでも金を持っているので」
「そうか」
けれど、それはお父様の意識を引き付けるには足りないようでして。
「蛇蝎くん。今日のところは帰り給え。私は娘に用がある」
言われて、しょうがないと思ったのか。あるいは何かあったのか。少し逡巡した後。彼は帰っていった。わたくしはベッドから降りようとして、お父様に止められる。そのまま聞け、とばかりに。
「さっきの子とはいつから付き合っているんだ?」
「つい数日前ですわね。なんでもメゾンタクスを救ってくれるとかなんとか」
「わかった。交際はキャンセルしろ。アレとは付き合うな」
「ええと。わかりました」
お父様はわたくしに自由恋愛をさせてくれると思っていたのですが。というか彼にその意義を感じないとでもいうのでしょうか。わたくしはガーネットを通じて蛇蝎さんにお断りのメッセージを送ります。そうしてお付き合いの関係は解消。相手が何かゴチャゴチャ言っても気にするな、とはお父様の言。
「それでお父様。如何様な?」
「いや、ちょっとお前の顔が見たくてな。どうやらいいタイミングで差し挟めたみたいだ」
たしかに。あのままでは蛇蝎さんに身体を許しているところでしたわ。でもメゾンタクスのためになるなら私の身体くらい。
「最近の株式については把握しているか?」
「いえ。その」
していませんわ。
「剣崎カタナなる人物がウチの株式を買い漁っている。既に大量保有報告書も提出済みだ」
「それはどういう」
「わからん。投げ売られている我が社の浮動株を買い漁って何をしているのか。まさか乗っ取りを企んでいるわけではなかろうがハゲタカの可能性も無いではない」
死体を喰らう、と。
「なわけで、会社の命運がわからないことになってきた。お前に苦労はさせないが、それもどこまで保障できるのか」
「大丈夫ですわ。お父様」
だからわたくしも精一杯の強がりを言います。
「大丈夫ですわ。わたくしはお父様が失敗しても、何も文句は言いませんから」
「しかしだな。苦労させるぞ?」
「それはお父様がされる苦労の十分の一でしょう」
「ヘブン……」
そうしてお父様はわたくしを抱きしめて、愛おしげにわたくしの名を呼びます。
「会えてよかった。元気を貰えた」
「でしたらよかったですわ」
ニコリとわたくしは微笑みます。
「明日、その剣崎カタナと会うことになっていてね。私に何か用事があるらしい」
「それは……大丈夫ですの?」
「刺されはしないだろう。それに既に株式の十五パーセントが剣崎氏の手元にある。つまりメゾンタクスの十五パーセントは彼のものだ」
「そういうことなのですか?」
「ああ、株式はそのパーセンテージで、保有率を競うゲームだ。彼が十五パーセントの株を握っているというのはそういうことだ」
「ますます不安になるのですが」
「みすみす会社を明け渡したりはしない。こちらも株式についてはタクスホールディングが過半数を握っているから、好き勝手されることはない。だが何か、このタイミングでウチの株式を買っているのには意図があるとは思う」
まさか、と思う。
「その剣崎氏がメゾンタクスの悪評を流して、株価を凋落させて買い漁っているのでは」
「まったく違うとは言わんが。おそらくその可能性は低い。相手もそこまで馬鹿をやって取引で下手打つ相手ではないだろう。ハゲタカの可能性があるとは言ったが、ウチの株価は大暴落している。このまま落ち込む可能性を考えれば、むしろ悪手とまで取れる」
下落するしかない株を買っても損をするばかり、というのはわかるのですけど。
「その剣崎なる人は何故お父様と?」
「わからん。今更株を買って何をしたいのか」
とても嫌な予感がするのですが。それをお父様に言えない。
「わたくしにできることは……」
「私の味方になってくれ。愛しいヘブン。それだけで私は頑張れる」
「分かりましたわ。辛くなったらわたくしに会いに来てくださいませ。わたくしが慰めて差し上げますわ」
「ああ、頼りにしているよ」
そうしてお父様は出ていきました。視界モニタにメッセージが現れます。そこに書いてあったのは焦ったような文章。蛇蝎さんがわたくしに思い直すように主張しているメッセージでした。
『とは申されてもお父様に言われましたので』
『俺様じゃないとメゾンタクスは救えないぞ! それでもいいのか!』
『大丈夫ですわ。お父様が頑張っていらっしゃいます。ですので、お父様を信じてください』
だからお付き合いは解消ということで。そうメッセージを打ったら、それ以降何も返信は来ませんでした。怒ったのでしょうか?
「でも仕方なしですわね」
お父様の慧眼にかなわなかった男子とお付き合いするわけにもいきませんし。
「さて、そうすると」
その剣崎さんなる人が気になります。わたくしとしてはうちの株を買い漁っているハゲタカと言われて、気にならないわけもありませんし。けれどそれよりやることはあって。
「生徒会の仕事……と」
わたくしはこれでも生徒会長。学校のお仕事は山のようにあります。だから書類整理や、名簿確認は当たり前。今は家にいますけど、ブレインフレンドを使ってガーネットにアクセスすれば仕事は出来ます。さすがにまだ学校に行けるほどのコンディションはないですけど、それもおいおい。
「そういえば。生蔵くんは大丈夫でしょうか?」
わたくしを庇ったのです。あのモブ顔。イジメられていないといいのですけど。生蔵くんが優しいのはわたくしも知っています。だから逆に心配になるというか。わたくしは何を言われてもいいのですけど、生蔵くんに何か言われるのは少しだけ思うところもあり。だからわたくしは生蔵くんを心配するのですわ。ね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます