第38話 俺が保護者になります


 特務清掃員の眼をもってすれば、闇に何が潜むのか見破るのはたやすい。

穴の内部をぐるりと取り囲み、しかも隙間なく生え揃うのは尖った岩石ではない。

牙だ。

ヤツメウナギの口腔内を想像していただくのが一番手っ取り早いだろう。

とにかく、そういった悍ましい形状の化け物の巨大な口に、

三人の特務清掃員は飲みこまれようとしていた!


「あれに飲み込まれたら、さすがの作業装甲もデコボコだろうね」

「しゃーねェ。広範囲洗浄するか」

「それにしたって、この体勢じゃやりにくい。

鐵ちゃん、アキラくんとその辺につかまっといてくれ」

「わかった」


 鐵也が壁面に向けて電磁モップを振るうと、黄金色の結晶が垂直に生え揃い

それに鐵也とアキラはぶら下がった。

浄はひとり落下しながら背部の洗剤射出ユニットを展開する。


「粘性ストリングス展開!」


 六本のユニットから射出されたのは対デブルス洗剤ではなく、白銀の特殊繊維だ。

射出された時点では液体のそれは、空気に触れることで繊維状に固まるのだ。

巨大な蜘蛛の巣めいたストリングスの網目に浄は軽々と降り立ち、

鐵也とアキラを呼んだ。


「鐵ちゃん、アキラくん。もういいぜ」


 二人は結晶から手を離し蜘蛛の巣に降り立った。

網目の狭間から世にも悍ましい景色が見える。


「さて、どうすっか」

「アキラくん、あれ片付けられる?」

「ん~……たぶんできると思う!やってみるね」


 なにせアキラは川崎市多摩区全域をデブルス核ごと焼き払うために

日本政府と清掃庁から遣わされた清掃兵器なのだ。

このレベルのデブルス獣など物の数ではあるまい。そう浄は考えたのだ。

アキラはふわりと蜘蛛の巣から飛び立った。


「アキラくん飛べるんじゃねェかよ……」

「馴れてないのさ。今日が実戦デビューの新人くんだもの」


 アキラは蜘蛛の巣とデブルス獣の間の宙に立ち、電磁モップを構えた。

真紅の作業装甲に溶岩めいた輝きが宿る。


「広範囲洗浄用意!!」


 ふわふわした口調はどこへやら、アキラの音声コードが凛と響く。

カワイイAIのサポートなしで彼は清掃を開始した。

アキラの持つ電磁モップは燃え盛る松明のようであり、炎の矛のようでもあった。

流れるような動作コードを終えると、アキラの作業装甲の背部ユニットが展開する。

それは不動明王の背負う炎輪に似ていた。


「カウント開始!3・2・1……」


ビリビリと大気を震わせるほどに、炎輪が高濃度の清掃力を帯びる。


「ゼロ!」


ドンッッ!!!!!!


 赤い糸めいた閃光が地底を細くひと筋穿った直後、

すべては白く塗り潰された。

一瞬の静寂が過ぎると、灼熱のエネルギー波が

地底から天上を貫かんばかりに爆発した!

ストリングスに掴まる浄と鐵也は吹き飛ばされまいと

しがみつくのに精一杯だ。


 しばらくして爆風と高熱が収まり始めた。

地底の大穴を埋め尽くしていたデブルス獣は跡形もなく消え失せていた。

清掃力によってデブルスが駆除された証である、白く輝く光の粒子を宙に残して。


「……すごいな。ここまでとは」

「……?おい、様子変だぞ」


 飛行ユニットで宙を浮くアキラはフラフラとよろめき、時々ガクリと高度を落した。浄はすかさず手首から射出したストリングスを器用に操って飛び降り、さらに落下しそうになるアキラを空中ブランコめいてキャッチした。


「大丈夫か?アキラくん」

「おなかへった……」

「そっか。頑張ったね!偉いぞ」

「ありがと~……えへへ」


 空腹にもなるし褒められれば喜びもする。

兵器である彼を、こんなにも人間に似せて造ったのは何故だろう。

どんな理由があるにしろ、少し残酷ではないかと浄はひそかに思った。



****



『アキラくぅん!』

「三人とも生きてるかな?」


 上空から声が降ってきた。

純白の飛行ユニットを広げた響司と、その腕に抱えられた博士だ。


「ハカセー!」

『アキラくん…無事でよかった…ジジジ』


博士の声を介するカワイイAIは痛ましく破損していた。


『最初の落盤で飛んで来た岩にぶつかってねぇ…ガピー!』

「ハカセー死なないでー!」

『大丈夫、博士は死なないよ。

ちょっとの間お話できなくなるだけだから。

しかしこんな状況ではリハーサルは中止だ。

帰ろう、アキラくん』

「うん。でもどうやって帰ればいいの?」

『飛行カメラからの映像によると、キミが『城』に入った時に

開けた穴は無事なようだ。そこから……』

「まあ、ちょっと待ってよ博士」

『なんですか?皆神くん』


浄は驚くべき事を口にした。


「アキラくんを俺たちに預けてみない?」

『なんだってェ??』

「「は??」」

「お前正気か?」

「鐵ちゃんもアキラくんの清掃力、見たろ?

こんな戦力が加わってくれたら

向ヶ丘2型駆除なんか楽勝だぜ」

「だがアキラくんは、保護者なしでは不安定なのではないかな?」

「俺が保護者になります」

『……』

「それに俺の他にもS級とA級がいるしね。大丈夫大丈夫」

「おい!テメェ巻き込むな!!」

『う~ん……』


 即座に断るかと思われた博士だったが、意外にも迷っている様子だった。

状況を考えれば撤退するのが一番理にかなっている。

しかしアキラくんと外部の人間……それも特スイと接触させ、

その身心のデータを採取できる、またとないチャンスだ。

今後このような機会には二度と恵まれないかもしれない……。


「ところで、アキラくんはどうしたい?」

「え?」


浄に問われてアキラはキョトンとした。


「博士のところに帰るか、

俺たちとデブルス核を駆除しに行くか、

どっちがいい?」

「ぼくは……みんなともうちょっと一緒にいたいな」

『アキラくん……』

「研究所の外の人と友達になれたの初めてだし、

僕のこと褒めてくれたし、うれしいなって」

「決まりだな」


バチバチっ!

博士のカワイイAIから火花と煙が上がった。


『うーん……わかったよ。

もう迷ってる時間はなさそうだ。

アキラくんの希望どおりにしよう』

「ハカセ!いいの?」

『もちろん。アキラくん、きみは人類の希望だ…。

先輩たちの言うことをよく聞いて、頑張るんだよ』

「ハカセ~……」

『じゃあ、また後でね……』


ボガン!!

 カワイイAIは破裂し、粉々に砕けた。

アキラは寂し気にうつむいた。


「アキラくん、心細いだろうが私たちがついている。安心したまえ」

響司がアキラの肩に手を置いた。

「はい……」

アキラは素直に頷く。響司は鐵也に高速パスを出す。

「金城くんもそう思うよね?」

「は?!」


 冗談じゃない!というのが本音だったが、

アキラの澄んだカメラアイに見つめられ、鐵也は折れた。


「まァ……そうスね」

「やったー!!友達!」

「よかったなぁアキラくん」

「だから、友達にはなってねェよ……」


 無理矢理握手させられ、繋いだ手をブンブン振り回されながら

鐵也がどんな表情をしているのか……

頭部装甲越しにもありありと分かった。



***


 そんな訳で、四人の特務清掃員は

各自簡単な自己紹介を済ませ、ダンジョンを進んだ。

はびこるコケ・カビ・ホコリデブルスやナメクジデブルスを

駆除清掃しながらではあるが、先ほどの大型ヤツメウナギに比べれば

物の数にも入らない。

ただデブルス核に近づいていることに変わりはないのだから、油断はできない。


「六時間経過か……バッテリー残量は充分なようだね」

「だがデブルス核駆除にどんだけ掛かるか分からない以上、

のんびりしてられねェ。 急ぐぞ」

「そういやアキラくん、お腹減ってるんだろ?大丈夫?」

「ん~。たぶん減ってるけど、電気通してるから平気」

「電気?」

「なんか、僕の頭にはいくつも電極?っていうのが刺さってて、

それのおかげでお腹減っても分かんなくなるの」

「へ、へぇ……」

「便利だよ~。痛いのもなくなるし」


アキラの言葉に浄と鐵也は囁き合った。


「……どっかでメシにしようぜ」

「そうだね……絶対体に悪いって」

「えっ!ご飯食べられるの?わーい!!」


 無邪気に喜ぶアキラを、浄・鐵也・響司はそれぞれ

なんとも言えない気持ちで見守った。

 真紅の作業装甲の下の彼は、どんな姿をしているのだろう?

そもそも人間の形をしているのだろうか。



さらに雑魚デブルスを蹴散らしながら奥底に進むと、

意外な景色に行き着いた。



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