第24話 交渉決裂…という訳か
「単刀直入に言おう。皆神浄、金城鐵也……
君たちにこの件を降りて欲しい」
その言葉は浄が想像したとおりだったが、敢えて理由を問う。
「理由を聞いても?」
「この件はまだ若く後ろ盾の乏しいB級及びA級特スイの君たちには
あまりにも危険だ。……すでに君たちは潔闘妨害で命を狙われている。
秋村翔吉くんの二の舞になりかねない」
「……」
「S級清掃員の私がこの件を受け持つことで、清掃庁公安部の仕事もしやすくなる。
君たちの身の安全は確保され、多摩区は救われ、時間はかかっても公安部が
霞が関で居眠りしている黒幕を法廷に引き摺り出すだろう……
悪い話ではないと思うが」
確かに、白鳥響司の提案は完璧に思えた。
特務清掃員としての経験・技術・実績、
そして家柄を活かした清掃庁内外の人脈……
すべてにおいて白鳥は自分に勝っている。
彼に任せれば四方が丸くおさまるかのように見える。
そう冷静に判断した上であっても、浄はたった一点の欠落を見過ごせなかった。
「あなたの話はわかった。白鳥さん。
じゃあこちらも単刀直入に言わせてもらうが……」
浄はきっぱりと言い放った。
「断る」
「……理由を聞いても?」
白鳥の態度に変わりはない。浄の返答をあらかじめ予想していたのか、
感情を露わにしない術が巧みなのか、表側からは判別できないが。
「白鳥響司……俺はあなたを信用できない。現時点ではね」
「私がS級特務清掃員であってもかな?」
「だからですよ」
口調は平素とおなじでも、浄の目つきがわずかに鋭くなる。
「あなたの特務清掃員としてのキャリアも腕前も知っている。
俺が信用できないのはS級特務清掃員という立場だ。
それに、俺はあなたの人となりも全然知りませんしね」
「ほう……」
響司は興味深げに片眉を上げた。彼にしてみれば初めてだろう。
S級特務清掃員という立場を理由に提案をはねつけられた事など。
「金城鐵也は信用できても、か。
彼はデブルス清掃でずいぶん荒稼ぎしているそうじゃないか。
清掃庁に何度か苦情が入っているんだよ。『清掃費用が高額すぎる』とね」
「まあ、あいつが金にうるさいことは否定しません。
そのとおりなんでね……でも」
鐵ちゃん、荒稼ぎしてるの偉い人の耳に入っちゃってるぞ……。
そんな心配をおくびにも出さず、浄は言葉を続けた。
「四人のデブルス孤児」
「ん?彼らがどうかしたかね」
「あなたなら知ってるでしょう?
デブルス禍によって孤児になった未成年者は
国営の養護施設で保護すべきと法で定められている。
そして孤児を見つけた市民は清掃庁に通報する義務がある」
「確かに。それが?」
「金城は、孤児たちを通報せず彼らを見守り、時に支援していた。
これは潔闘の後、孤児たちの口から直接聞いたことです。
……なぜ金城がそんなことをしたか、分かりますか」
「……」
「孤児たちがそう望んだから」
響司は黙って浄の言葉を聞いた。
「金城鐵也は、法よりも大人の都合よりも、
子供たちの自由を望む心を尊重したんですよ。
あいつは弱い者を見捨てられない。
そういうやつです。…ずっと昔からね」
「……」
「もし俺がデブルス清掃中に死んだ、もしくは誰かに殺されたとしても、
金城にならこの件の全てを任せられる。
彼なら一度引き受けたからには、時に清掃庁に歯向かってでも
秋村家の二人と梨園を守り抜いてくれるだろう…そういう信頼があるからだ。
だから、この件に巻き込んだ」
「……」
「だが白鳥響司、あなたはデブルス清掃員の最高位…S級特務清掃員だ。
個人の感情よりも政府の意向や社会全体の安寧秩序を重んじる立場……
いざとなったら秋村家や多摩区よりもそちらを重視するだろう。
それじゃあ、困るんですよ」
浄は再びきっぱりと言い放った。
「だから断る」
二人の間に重い沈黙が降りる。
双方静かに睨み合ったまま、その場を動かない。
口火を切ったのは響司だった。
「交渉決裂……という訳か」
「話し合いではね」
浄は腰掛けていたビールケースから立ち上がり、響司に向けて
右手首のブレスレットを見せた。青く不思議な光を奥に秘めた丸い
物体が連なるそれは、すでに読者諸君はご存知であろう。
対デブルス清掃作業装甲装着ドライバー、通称『特スイブレス』である。
それは持ち主の両眼と等しく、好戦的な輝きを宿している。
「でも俺達は特務清掃員だ。
……後は、分かりますよね」
特務清掃員を従わせたければ、口先ではなく腕ずくで。
デブルス清掃員としての実力に物を言わせて
屈服させてみろと示しているのだ。
響司は小さくため息をつき、組んでいた長い脚を組み替えた。
「もっとエレガントに行かないものかね」
「男のコでしょ?白鳥さん」
いかにも上流階級的な『争いは好みませんよ』といったポーズの響司に
浄は重ねて挑発した。侮辱されて黙っていることもまた、
上流階級の男には許されぬ事だと知っていたからだ。
「仕方ないか……まあ嫌いではないよ、私もね」
白皙の美貌が好戦的な表情を形づくる。
上等なスーツの袖口から覗く右手首の特スイブレスが、
白銀の刃を思わせる物騒な光を放っていた。
やはり彼も特務清掃員なのだ。
ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
突然サイレンが鳴り響く。
「ガルーダ。詳細を」
『 午前十時二十五分、
川崎市多摩区生田バラ苑より高濃度デブルス反応検出
清掃庁モニタリングシステムがデブルス獣の現出を確認 』
白鳥のカワイイAI、ガルーダがなめらかな美声で伝える。
その姿は空気でパンパンに膨らませたニワトリに似ていた。
「甚だ不謹慎ではあるが、お誂え向きと言ったところか…。
では皆神浄くん、提案がある」
ザザザッ……!!
梨の樹がいっせいに枝を揺らす。
葉ずれの音がさざなみめいてその場の空気を震わせる。
ただの風ではない。
高まる清掃力が季節風めいて梨園の中を吹き荒れているのだ。
その証拠に防疫ネットに張りついた苔デブルスが白い粒となって消えてゆく。
「バラ苑のデブルス獣を駆除した者に残り二名が従う…
というのはどうかな?」
「いいでしょう。乗りますよ」
浄の返事に響司は頷く。交渉成立だ。
白銀色の特スイブレスがひときわ強い光を放つ!
「とくと見るがいい…S級特務清掃員の実力を!!」
動作コードの柏手が鋭く二度響く。
そして響司の声が凛と音声コードを告げる。
「『祓え給い、清め給え』!!」
さらなる強風が吹き荒れる。
白銀…いや白金の輝きが桜吹雪の華麗さで宙を舞う。
それは光の尾を引き、幾千幾万幾億の絹糸めいた光の繊維となり
白鳥響司の全身を楕円型に包み込んだ。
その姿は蚕蛾の繭に酷似している。
巨大な繭は縦一文字に一瞬にして裂け、
内から現れたのは純白の作業装甲。
白鳥の翼とも蚕蛾の翅とも見える外套の裾を優雅に翻し、
デブルス清掃員の頂点・S級特務清掃員が
多摩区の小さな梨園に顕現した。
作業装甲を身に纏う。
ただそれだけの事で、防疫ネットに絡みつく
苔デブルス達が溢れ出る清掃力にさらされ全て消滅した。
装甲を纏った響司はそのまま浄と梨園を一顧だにせず、
ジェット機もかくやというスピードで飛び去った。
目指すは生田バラ苑。
戦いはすでに始まっているのだ。
浄の特スイブレスの蒼い明滅に呼応するように
ライドポリッシャーが車庫から駆け出る。
それに飛び乗ると浄は機上で作業装甲を装着すべく
空中を並走するカワイイAIに命令する。
「作業装甲装着! 動作コード省略!!
──『祓え給い、清め給え』!!」
< 了解 音声コード確認 作業装甲申請 承認 >
疾走するライドポリッシャーの機上に夥しい光の粒子が集い、
それが弾け飛んだ下からは漆黒と蒼の作業装甲を纏った
特務清掃員の姿が現れた。
ライドポリッシャーの駆け抜けた軌跡が白く輝いている。
宙を漂う粉塵デブルスを浄化しながら疾走しているためだ。
高濃度デブルスに侵される生田バラ苑。
その地で今、二人の特務清掃員が……
二つの清掃力が激突しようとしていた!!
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