第23話 白鳥響司と申します


数分後。秋村家の居間



 浄が秋村家の二人に紹介し居間に招き入れた人物は、端然と畳の上に正座した。

その正面に長十郎と郁実。秋村家の後ろに浄が同じく正座する。


「改めまして、私は清掃庁S級特務清掃員・白鳥響司と申します。

先だっての潔闘立会いの際は、ろくにご挨拶もできず…とんだご無礼を」

「そんなそんな!ご丁寧にどうも…こんなむさくるしいところに

ようこそおいでくださって」

「せ、先日は本当にありがとうございました…」


 長十郎と郁実はすっかり恐縮してしまっている。

それも仕方のないことだった。

白銀の作業装甲を脱いだ白鳥響司は、現代の日本において絶滅しかかっている

『本物の紳士』という生物そのものだった。


 均整のとれた長身を仕立てのよい白い外套と淡い銀鼠のスーツに包み、

身のこなしのひとつひとつに品がある。

きれいなウェーブのかかった髪が白銀に輝いているのは、

彼が生まれ持つ「風属性」の清掃力ゆえだろう。

浄の眼の青、鐵也の髪の金色も同様である。

 顔立ちは一流の仏師が彫り上げた入魂の一作といった塩梅で、

華美さより近寄りがたいまでの端正さと冷厳な美しさがあった。


 日本国内、すなわち世界中で片手ほどしか存在しないS級特務清掃員。

生ける国宝…それが白鳥響司という男だった。


「こりゃまさしく『掃きだめに鶴』だなぁ…」

「おじいちゃん、白鳥家といえば旧財閥の流れをくむお家柄なんだよ!

言葉遣いに気をつけて…!」

「わ、わかってらぁ…!」


ボソボソと秋村家の二人は囁き合った。


「急を要する事態でして…アポイントも取らず、突然お邪魔して申し訳ありません。

これは手土産です。お口に合いますかどうか…」


 折り目正しく正座する響司は、深々と頭を下げた。

秋村家の二人も平伏する勢いでそれにならう。

日本国民なら知らぬ者のない高級ようかん店の菓子折りを、

響司はそっと差し出す。長十郎はそれをうやうやしく受け取った。


「もったいないことでごぜえやす!家宝にいたします!」

「あの…それで今日はどのようなご用向きで…」


「実はこちらでお世話になっている二人の特務清掃員に話がありまして…

少々お時間を頂きたいのですが、お許し頂けますか?」


 浄と鐵也の現在の雇用主である秋村家にまず許可を得ようというわけだ。

どこまでも礼節をわきまえている。


「ははぁ…それはもちろん何の問題もございませんが。なぁ郁実?」

「は、はい!どうぞどうぞ!」

「じゃ、白鳥さん。場所を変えて話しましょうか」


 長十郎と郁実が了承すると、浄は立ち上がって響司を促した。

郁実は慌ててそれを制する。


「居間を使ってよ!私とおじいちゃんは出て行くから」

「そうだよ!俺も郁実もどっかでテキトーに時間潰すしよぉ!」

「いいからいいから」

「彼の言う通りです。私どもが席を外しますので、

御当主とお嬢様はこちらでお寛ぎを」


 浄と白鳥は退室し、居間には秋村家の二人が残される。

郁実も長十郎も緊張から解放され、畳の上にへたり込んだ。



***


秋村梨園 中庭



「金城は私用で不在ですから、俺一人で対応します。構いませんよね?」

「構わないよ。これが梨の樹……可愛らしいね」

「ええ。秋村家の二人が大事に世話してるんです」


白鳥響司の口調がややくだけたものになる。

こちらがいつもの彼なのだろう。

浄と響司はしばし梨園の樹々を眺めた。

背の低い梨の樹が手を取り合うようにして並んでいる。

二人は椅子代わりのビールケースにそれぞれ腰を掛けた。

響司がハンカチを敷いて座る仕草に、浄は育ちの違いを感じるのだった。


「この間はどうも。…それで話というのは?」

「本題に入る前に、いくつか話を聞いてくれないか。

今の君たちに関係ある事ばかりなのでね」

「分かりました。聞きましょう」

「まず金城鐵也くんに伝えて欲しいんだが」

「はい」

「四人のデブルス孤児達だが、現在は世田谷区の児童養護施設で暮らしているよ」

「そうなんですね」

「我が白鳥家が代々支援している健全な施設だから安心して欲しい。

そのうち彼・彼女らは君達を訪ねてくるだろう。

外出は自由だし小田急線で三駅だからね」

「…金城は安心するでしょうね。伝えておきます」

「そして次は潔闘妨害犯についてだ。 

潔闘の同日、多摩区和泉多摩川防衛線の検問において

清掃庁公安部によって身柄を確保されている。」

「…」

「実行犯は中年男性2名…」

「元ナマダ清掃の社員、ですか?」

「そのとおりだ。生田社長逮捕以降行方をくらませていたらしい。

動機などは現在取り調べ中だ」

「やつらは白状しませんよ」

「なぜそう思う?」

「吐いたら『雇い主』に消されます。生田社長も白状してないでしょ?」

「…そこまで分かっているなら話が早い」


 響司は浄を改めて見据えた。

その眼にはどこか底光りするものがあった。

浄は正面からそれを受け止めた。響司が静かに言葉を継ぐ。


「君は『清掃庁・登戸のぼりと研究所』を知っているか?」

「たしか…多摩区にあったっていう研究施設ですよね。20年前に閉鎖したという…」

「そう。閉鎖の原因は火災。多くの死傷者を出したが…火災の原因は未だ不明だ」


 浄は清掃大学で得た知識をそのまま口にした。

白鳥は小さく頷く。


「登戸研究所が何を研究していたかについては?」

「極秘事項ですよね。表向きは『デブルスの性質についての調査研究』

になってたはずだけど」

「向ヶ丘2型が今のように活性化したのは、登戸研究所焼失と同じ年だ」

「…!」

「果たして偶然かな?」

「偶然にしては出来過ぎてますね」


白鳥はひと息おいた後、話を続ける。


「首都圏の政令指定都市の一部が、長きにわたり首都圏最悪のデブルス禍に

見舞われている。にも関わらず、政府も清掃庁もだんまりだ。

…私も何度も駆除申請を出したが、その度に別の仕事をねじ込まれ、

ウヤムヤにされた」


 S級特務清掃員は日本政府及び清掃庁が『可及的速やかに対処する必要がある』と

判断した件を受け持つことが義務付けられており、基本的に仕事を選べない。

しかし白鳥ほどキャリアのあるS級ともなれば話は別なのだ。


ただ、彼の要求すら聞き入れられないとなると…浄はこの件の厄介さを理解した。


「政治的な圧力ってやつですか。ナマダの『雇い主』は結構な御身分だと」

「そのとおりだ。…秋村翔吉くんにも忠告はしたんだが」

「…聞かないでしょうね、ショーちんは」

「多摩区と私の管轄である狛江市・世田谷区は多摩川を挟んだ隣だ。

もっと新人の彼を気遣い、頻繁に連絡を取るべきだった…反省しても遅いがね」


 白皙の美貌が後悔で沈んだ。

──なるほど。

浄は表情を変えず、内心で思った。

白鳥響司が今日ここに来た理由…これから自分に話そうとしている事に

大方の察しがついたのだ。


「では前置きはここまで。本題に入ろうか」


響司は改めて姿勢を正す。浄は黙って響司を見た。





「単刀直入に言おう。皆神浄、金城鐵也…

 君たちにこの件を降りて欲しい」






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