【完結済み】なりゆきスイーパー ~愛と悲しみの清掃員ヒーロー!そして多摩川梨~

丁銀 導

作業工程1 主人公は流れ者?皆守浄、登場!!

第1話 『 清掃 開始 !!』





 宇宙病原体デブルスによる被害を予防し、警戒し及び鎮圧し、

 国民の生命、身体及び財産をデブルスから保護するとともに、

 デブルスによって汚染された環境による健康被害を軽減するほか、

 環境デブルス及び生物デブルス及び隕石デブルスを清掃し駆除し、

 もって安寧秩序を保持し、社会公共の福祉の増進に資することを目的とする。


       (デブルス清掃法 第一条より)

  





 西暦2059年(万和ばんな40年)6月×日16時×分

JR南武なんぶ 線 稲田堤 いなだづつみ



「ひどいデブルスあらしだな…本当に首都圏か?」


 背の高い人影は若い男の声で呟くと、防護マントに絡みつく黒い塵を払い落した。

ビガー!

旅の道連れが発する警告音に、男は防塵ヘルメットにかけた手を止める。

視覚ディスプレイの半分を、デブルス汚染警告表示が真っ赤に埋め尽くしていた。


 空気が汚染され尽くしている。

これでは、一般人はひと時も防毒装備を手放せまい。


 かつて『JR南武線・稲田堤駅』として賑わっていたであろう駅は、

今やひっそりと静まり返っていた。


 男は封鎖された改札と光を失った電光掲示板の前を横切り

チラシ置き場に近寄ると、その何枚かを手に取った。

大半は手にした途端にボロボロと崩れ散った。

かろうじて残った数枚のチラシに目を通していると、

ヘルメットの聴覚センサーが物騒な物音を拾う。

 駅舎から出てセンサー越しに目を凝らすと、汚染雲にくすんだ赤い夕陽の下、

砂漠を爆走する一台の車が見えた。


 一般的な乗用車とは異なる角ばったシルエット。

車両はおそらく陸上自衛隊・高機動車だ。

砂塵を巻き上げ突き進むそのスピードは尋常ではない。


 高機動車は…彼らは追われていた。


***


「くっっそ~!しつこいデブ公め!」

「観自在菩薩 観自在菩薩」

「お経やめて!!」


 乗員は若き陸自隊員三名。そのうち一人は敬虔な仏教徒でもあった。

訓練を重ねた屈強な戦士である彼らだが、今現在は神でも仏でもキリストでも

空飛ぶ麺類スパゲッティ モンスターでも、とにかく何にでも縋りたい気持ちで一杯だった。


ギュアアアアアアアアア!!


 おぞましい鳴き声を響かせ、巨大な怪物が獰猛なスピードで彼らを追う。

全長10mほど。その姿はナマコやイソギンチャクによく似ていた。

この砂漠は化け物…通称『デブルスじゅう』のテリトリーだ。


「誰だよォ!近道しようとか言ったのォ!」

「お前だろ!」

「貴殿もであろう!」


 軽い気持ちで死地に足を踏み入れた数十分前の自分を、三人は心底呪った。

ドゴンッ!!

デブルス獣は見た目によらぬ俊敏さで、車両後部に体当たりをかました。


「わー!」

「ひぃー!南無観世音菩薩!」

「お母さーーん!」


 吹き飛ばされ転倒する高機動車。

間髪入れず三人の隊員は武器を手に車外に転げ出た。訓練された動きだ。

正確な射撃姿勢で構えるは標準装備の5.56mm小銃。

ただ、込められた弾は特別製である。


「うおおおおおお!」

「くたばれ!」

「南無八幡大菩薩ぅぅ!」


タタタタタタタタタッ!!

銃弾の雨が化け物を襲う。しかしその大半が岩海苔を塗り固めたような体を

スカスカと通り抜けてゆく。空いた穴は何事もなく塞がって消えた。


「きょ、強アルカリ洗浄弾が効かない?!」

「やっぱり清掃力がないと効果ないのかよ…!」

「阿耨多羅三藐三菩提 阿耨多羅三藐三菩提」


 全弾撃ち尽くしても効果は変わらなかった。

横転した車両を元に戻して逃げようにも、

眼前に迫る化け物がそんな暇をくれるだろうか。

もはや三人に打つ手はなかった。

無駄な足掻きと分かっていても、化け物から背を向け

一歩でも遠ざかろうと走り出す。

しかし防塵ブーツは砂を掻くばかりで、思うように前に進まない。


「南無阿弥陀仏!イヤー!死にたくなぁーい!」

「おおおお母さ〰〰ん!」

「ひぃぃぃ逃げろ逃げろ逃げろ!」


 同僚の読経を聞きながら、隊員達が死を覚悟したその時!

ヒュン!

風を切る鋭い音と共に、彼らと化け物の間に割り込んでくる飛行物体があった。

縦に細長い台形をした平たい黄色い光。

その表面には文字とピクトグラムが代わるがわる表示される。


『立ち入り禁止』

『しばらくお待ちください』


「わわっ!何これ!」


 行き先を遮られ、三人は驚いて足を止める。

黄色い台形の光は無数に分裂し、数珠つなぎに三人を包囲した。

まるで彼らを守るように。

あっけに取られる三人の前で、もう一つ現れた黄色い台形が

二つ四つ六つと分裂し、今度は化け物をあれよあれよと包囲してゆく。

台形達の間にロープ状の光が伸び、光の円環が完成した途端、

化け物はのろのろと動きを鈍化させた。

ベベベベベベッ!

イソギンチャクめいた部分から吐き出された毒液も、

光の円環に阻まれ空中で静止する。

虚空に描かれた醜いペインティングアートを、隊員たちはボーゼンと見上げた。


「こ、これもしかして…?」

「清掃庁の対デブルス清掃バリアだ!動画で見た!」

「それは分かるけど、なんでここに?」

「ん?あれって…!」


 黄色い光の輪の向こうに、背の高い黒い人影が見えた。

黒い人影は彼らに背を向ける位置で、真っ直ぐ化け物を見上げている。

全身を覆う分厚い防護マントがゴワゴワと風になびいている。


「お、おい!人ぉ!中に人がいる!」

「えぇ~なんで!?そ、そこのあなた!危ないですよ!」

「化け物から離れて!早く!」

「こちらに退避してください!早く私たちの後ろに!」


 隊員達は自らの危機的状況をすっかり忘れ、口々に叫ぶ。

ただ目の前の誰かの身を案じていた。

黒い人影は三人にちらりと振り返り『大丈夫 だいじょーぶ』といった風情で片手をひらひら振る。

人影は防護マントを勢いよく投げ捨てた!!


 その下から現れた漆黒の姿は、まさしく『異形』と呼ぶにふさわしかった。

ゴツゴツと角ばった細身の装甲を身に纏っており、

ボディラインからしておそらく男性だろう。

肩甲骨あたりで排気口によく似た機構が低く唸りを上げ、

首の後ろから流れる青い光の帯をマフラーめいてたなびかせている。

その手に持った長い棒の先端には、横並びの細い光の束が虫の群れのように蠢く。


「あ!あれ電磁モップじゃん!」

「ってことは、あの人…?」


 化け物の凶悪な鳴き声が空気を震わせ、隊員の声を掻き消した。

異形の男は再び化け物を向き合い、電磁モップと呼ばれる得物を鋭く構える。

対デブルス清掃バリアの警告文が切り変わる。


『清掃中』『ご迷惑をおかけします』


ヒュン!

異形の男の頭上にまん丸い魚に似た物体が宙を泳ぎ寄り、一対のカメラアイを

やはりまん丸く光らせ電子音声で告げた。


『 清掃 開始 !!』


 化け物が再び咆哮する。

全身から噴き出す瘴気が砂嵐となり、彼らに襲い掛かった!




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