私は、不死の魔女。

 八月十六日


 私たちは、自由研究のテーマに困っていた。

 

 私と朝彦あさひこくんは、ネットをずっと探していた。それでも、高坂たかさか先生をあっと言わせるお題は見つけられなかった。

 

「ねぇ、朝彦くん、もうあきらめて虫でも採ろ?」

 

 朝彦くんの部屋で、マンガ──『ルリドラゴン』を読みながら呟く。クラスメイトが、主人公の角を触っていた。


 

「でもさ、標本が動いたら、『あっと言わせる』どころじゃすまないよ」

 

「だよねぇ」

 

 ──やるか。


『ルリドラゴン』を置いて、水槽に近づく。

 

 彼が大事にしているグッピーを掴んで、ぐっと力を込める。

 

 やっぱり熱帯魚は死なない。


 っていうか死んで、生き返った。


 ずっと昔から、私が近くにいると、生き物が死ねない。私のケガも、すぐ治る。

 

 焼いたり、バラバラにすると再生しないから、ステーキもお寿司も食べられる。

 

「火垂ちゃん、いつもどうやるの? それ」

 

「わかんないよ。勝手になるんだ」

 

 この魔法のことは、私と朝彦くんだけが気づいている。

 

 大人に知られたら、きっと、どこかの研究所とかで"モルモット"にされる。

 

「どうしようか、もうすぐ夏休み終わっちゃう」

 

「あ、これにしない? 植物採集」

 

 適当に言ったけど、朝彦くんは乗った。

 

「山……ならいっぱいあるよね」

 

 ◆◆◆◆

 

 私たちは、すぐ山に登った。

 

 K市は、周りが山だらけなのだ。

 

 その一つ──J山の奥で、草花を探す。

 

 スマホで写真を撮り、画像検索。


 かわいいカリガネソウ、きれいで、絵の中にいるみたいなボタンヅル……。


 二人で手分けして、たくさん撮影した。


 少し奥に行ったのが、間違いだった。


 ──何……これ?


「朝彦くううううん!!! 嫌あああああっ!!」


 彼──お友だち!──が駆けつけてくれた。格好いいと思った。


 で、私は、腰を抜かして漏らすのを必死で堪えていた。


 白骨化したご遺体が、そこにいた。


「火垂、離れて」


 ──朝彦くん、何か大人のお兄さんみたいだ。


 でも、遅かった。もう魔法がかかってしまっていた。


「どうしよう、朝彦くん」


 目の前で、人間の形が再生していく。どういう仕組みかわからないけど、服や鞄までもが。


 お姉さんだった。いや、知らない人だけど。


「う……あぐゎ……あ」


 ──こう言うのって、ゾンビって言うんだっけ。


「きみ、たち、たすけ、て」


 ──あ、喋った。


「おうち、かえらなくちゃ」


 ──これじゃ……私に何かあったら、死ねないって、こと?


「お姉さん……名前は? 僕、三島みしま朝彦……です。こっちは、友達の日野ひの火垂」


 ──朝彦くん、すごい。こんな時にちゃんとしてる。


「な、まえ。わたしのなまえ」


「免許証、とか」


「めん、きょ、しょう」


 ──そうだ、バッグが再生してる。


 私は、震える指でハンドバッグを示した。


「ごめんなさい! お姉さん!」


 ◆◆◆◆


 彼女は、地元の学生さんだった。制服じゃなかったから、ハイキングにでも来てたんだろう。


 学生証の名前は壬生蘭子みぶ らんこさん。


 お姉さんの体から傷が消えるのを待っている間、少しだけお話しした。


「え? "推し"って何?」


「えっと、すごく好きなタレントさんとか、アニメのキャラとかです」


「ああ、ファンね」


 ──まだ、言葉が思い出せないのかな?


 ◆◆◆◆


 午後七時


 まだ夜というには明るい。


「蘭子さん、大丈夫?」


「え、ええ。まだぼうっとするけど。ありがとう、火垂ちゃん」


 ──蘭子さん、お姉ちゃんみたいだな。妹さんとかいそう。


 蘭子さんの住所に着いた。きれいな家だった。


 朝彦くんが、インターホンを鳴らす。


「はい」


 女の人の声。蘭子さんに似ていた。


「あの……壬生さんのお宅でしょうか」


 ──朝彦くん、大人みたい。


「蘭子さんが、迷子になっていたので」


「蘭子!!? あなた!! バカ姉ちゃんが!! 蘭子が!!」


 ──え? バカ……姉ちゃん?


 ◆◆◆◆


 蘭子さんは、十年前に大学受験に失敗して、死ぬ程叱られて……何も言わずに家を飛び出していたらしい。


「生きてたなんて……にしても、神隠しみたい。服装とかあの時のまんま。どこにいたのよ、お蘭?」


 お母さんだと思っていた人は、妹の百合子ゆりこさんだった。


 お姉さんが失踪したので、お婿さんを迎える事になったらしい。


 私たちは、とんでもないことをしてしまった。


「あ……あ、あああああ!!!」


 蘭子お姉さんは、その場で包丁を掴み……部屋を真っ赤に汚した。


 そして、骨に戻ってしまった。


 ──そうか。何度も何度も生き返る程、強い魔法じゃないんだ。


 蘭子お姉さんは、行方不明のままにする事になった。


 そこから先は言いたくない。


 ◆◆◆◆


 私は、全てを両親に打ち明けた。


「火垂、お前……何て恐ろしい」


「まさか、魔女を育ててたなんて」


佐奈さな、何で気づかなかったんだよ!! 母親だろ!?」


「あんただって!!」


「やめてよ!! お父さん!! お母さん!!」


 そして、私たちは引っ越すことになった。


 ほとんど夜逃げみたいに。


 ◆◆◆◆


 あれから、学校にも行かず、ずっと引きこもっている。


 幸い、登校しなくても勉強ができる世の中になっていた。いい時代だ。


 ──朝彦、どうしてるだろう。


 何も言わずに別れてしまって、私を恨んでいるだろうか? きっとそうだろう、私は逃げたのだから。


 たまに、ふらっと死にたくなって、色々と試してみた。


 真似されると困るから、何をしたかは言わない。ただ、私自身は焼いても死ねなかった。 


 本当なら、私は八回死んでいる。


 両親も、気味悪がって私に近寄らなくなっていた。


 引っ越してから、本棚に変なスピリチュアルとか宗教の本が増えた。どちらが買っているのかは知らない。


 胡散臭い祈祷もたくさんした。治るわけがない。


「やっぱり、神様なのかしら」


「俺らで宗教立ち上げて、儲けちまうか」


 最近は、そんな話ばかりしている。


 蘭子さんが、ちゃんと世界の摂理に従って終わりを迎えた全ての生命が、私は羨ましい。


 ──逃げたい。蘭子お姉ちゃんに会いたい。


 死んでしまった彼女、永遠に生き続けなければならない私。


 不幸なのは、一体どちらだろうと、考え続けている。


 おかしくなりそうなのに、呪いのせいか頭までクリアなままだ。


 ──ううん、もう、私イカれてるんだ。気付いてないだけで。


 <了>


 参考文献


『ルリドラゴン』佐藤雅興(著) 集英社(刊)

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