第6話 存在しない

ただいま!




―――――――――




――星暦2012年4月2日――



 今日は、星暦2012年4月2日らしい。街に来たのが昨日で、4月1日だというのがなんともキリのいいことか。


 俺は、いつものロングコートを着て街の中央道を歩いている。


 ヨーロッパのような風貌の道で、端には屋台のような木の台などが並んでいる。普段は賑やかそうだが、今は早朝だ。

 精々いるのは、商人と冒険者ぐらいなもんだ。歩いている人は少ない。


 俺は、早朝に空いているらしい冒険者御用達のお店に向かっていた。何故、『らしい』なのかというとからの情報だからだ。

 そもそも、俺がこの町に寄ったのは旅の準備をするためにある。


 世界中を旅するための。


 ユニは俺が起きた時には、まだ寝ていた。あいつもまだ寝ているだろう。故に今は一人だ。


 朝の涼しいような、寒いようなこの温度が昔から好きだった。トリプルアクセルを決め込んでしまいそうなくらいに。


 ピタリ、と足が止まる。


「……ここか?」


 年季の入っていそうな木造の店だった。いくつも修理された跡があるが、しっかりと手入れされていそうだった。


 扉を開けて店に踏み入れる。


 棚に綺麗に陳列されたポーション類。その向かい側には、様々な種類の防具や武器。日用品などがおいてある。


 そのまま何も取らずに進み、奥のカウンターに座っていたガラの悪そうな男に話しかける。


「……っらしゃい」

「すみません。砥石と油、安くてもいいので武器を大量にください。あと、世界地図があれば最高のパーフェクトなのですが」

「……武器を大量に……ね、変わってる注文だな?どのくらいほしい」

「砥石と油はデカ目の5個くらい、武器はどれだけでも」

「……予算は?」

「最高で20万ゴールドかな」

「……待ってな」


 そういい店の奥に消えていった店員。しばらくしても来ないので近くの椅子を探して、見つけたものに座る。


 店内に人は少ない。それも、若い冒険者ばかりだ。見ているのは派手な武器の棚ではなく、カラフルなポーション類だ。


 若い冒険者は、派手な武器などを使うとかそう言うのに憧れていそうだが、この異世界では違う。


 始めに討伐依頼を受ける際は、ギルドから『冒険者は潔白に泥臭くてでも生きるもの』ということを嫌というほど言われるらしい。


 命の危険は避けて、仲間は見捨てない。そして、絶対に死んではいけない――そういうことだろう。


 割と現実主義のような理想主義の世界なのだ。


 店の隅で、仲間と相談しながら、ポーションを選んでいる微笑ましい光景を、頬杖をついていると、ドカッという音と同時に、身体の芯が揺れる感覚がする。


「……これでいいか?確認しろ」


 どうやら、いつの間にか店員は木箱1箱を机をに置いたらしい。

 言われるがまま中を確認し、頷く。


「うん、確認した」

「……そうか、支払いだ」

「いくらだ?」


 でも〜、お高いんでしょ〜?


「……そんなに高くない、16万5000ゴールドだ」

「OK、魔粒子払いで」


 俺がそういうと店員は、下をゴソゴソ漁り何か四角い箱を取り出す。俺はポケットから取り出す風に、【異空間】から冒険者カードを取り出す。


 そして、箱にカードをかざすと、ピッと音がした。カードを持ち上げ覗く。



[冒険者ランク・F]


名前    アルス・ワード

年     12

魔力量   B+

身体能力  不明

貯金額   25万→8万5000



 そう!この世界には、現代でいうクレジットカードがあるのだ!

 あいつに、昨日夜遅くまで聴き込んだからな。おかげで、深夜テンションで

「今夜は寝かせねーよ☆」「きゃーー(悲鳴)」

 みたいな遊びまでしてしまった。


 やれやれ、お恥ずかしい。


「……確認出来た、帰れ。店が混む前にな」

「了解だ……にしても、魔粒子払いって便利だね」

「……俺もそう思う。たしか、中立国家ナグリウスで開発されたらしい」

「へぇ〜」


 中立国家ナグリウス……か、いつかそこに行ってみたいもんだな。


「まっ、ありがとうな〜」

「……また、物が欲しくなったら来い」

「おーう」


 適当に、木箱を抱え、後ろに手を振りながら店を出る。鈴の特徴的な音と共に、扉が閉まる。


 ある程度、時間が経ったのか人が増えている。一目につかないように裏路地に入り、誰も見ていないことを確認する。


 そして、木箱を抱えたままの手で【異空間】の魔法陣を書く。木箱の底面より少し大きい魔法陣が現れ、木箱が吸い込まれていく。


 裏路地から出で、フードをさらに深くかぶり直し、冒険者ギルドに向かって人混みを歩き出す。


 別に【異空間】にしまっているのが、バレても良いのだか、あまり好ましくのはない。


 そもそも、俺は回復の適正がないだけであって、他の適正は大体ある。

 【異空間】――変性の魔法陣適正がある人間が少ないし、魔法陣自体知っている人が少ない。【異空間】は[空間]ではないのだ。

 じいちゃんですら知ってるだけで適正はなく、ポケットに付与して使っていただけだ。それでも、その効果は魔法陣やオリジナルには及ばない。


 そもそもの話。あくまで[空間]はを操るものである。


 だがしかし、【異空間】は[変性]と呼ばれる……恐らくだが幻想ディザイアーファンタジー』に属するものだ。


 本来の【異空間】は、この次元とは異なる、いくらでも収納できる、時が止まった次元に接続する、だったのだろう。

 魔法陣化したことで、中の時間は止まらず、収納上限も決まって、生物も入れられなくなったが。


 アルスは、昨日のことを思い出していた。



――――――。昨日



 ギロチンが落ちて、男の――カイの首が落ちる。民衆の歓声がヒートアップしていく。それを、映し出す画面に張り付くように見ている。


 ザシュッ。

『わあぁぁぁぁぁ!!』


 換気扇と動画の音しか聞こえないほど、部屋は静まり返っている。後ろのエルフは、脱力したままニヤニヤしているのが分かる。


 アルスは頭脳を、フル回転させようとする。しかし、若さ故か驚きでマトモに回らない。


 ……は?

 はぁぁぁぁ????いや、どういう……え?あ〜え?は?え???????


 今、後ろにいるのはだれだ?


 そもそも話だ、今動画で殺された男は本当にカイだったのか?

 いや、それはカイ本人だろう。が同じだからな。


 俺――アルス・ワードは特殊体質だ。その内の、特殊のいくつかに、魔力の波動の識別がある。

 普通の人は、魔力の波動を感じられるだけであり、個人差は感じられない。しかし、アルスには分かる。さらに、それが誰かも分かる。


 じいちゃん、刃物のような波動

 ユニ、空を飛んでいるような波動

 馬変態野郎、馬のきもい波動


 そして、カイ――


 燃えているような、歪んだ波動。


 姿が、性別が変わっていようが、そいつが魔力を使えば分かる。故に、後ろのエルフを見た時カイと分かった。


 だから、分からない。

 動画の死んだカイも本物、後ろの生きているカイも本物。


 死んだ人間は――生き返らない。


 不変的な、絶対的な、世界の心理だ。



 突然、身体が後ろに引かれる。引いた犯人はアルスの耳元で囁く。


「ねぇ、びっくりしたかい?」

「……who are you?」

「え、なんて?」

「お前は……誰だ?」


 うふふふふっ、そう笑って階段に向かって歩きだす。振り向かずに話しかけてくる。


「これがさっきいった、いいモノ……だよ」

「どこがだよ」

「そう、カリカリしないでよ。説明してあげるからさ、うふふふふっ」


 ついてきて、また俺たちは階段を登り始めた。


 毎回、説明の時は階段ってルールでもあるんですかね?話は座って聞きたいものだ。


「まずは、僕がさっき動画が死んでいたはずなのに、なぜ生きているのか話してあげるよ」

「………」

「まず、性別は手術を受けて変えられる。だがそれは、からやめておいた。しかし、性別や体格を変える必要がある」

「………」

「たから、この身体だけを作っておいて、そこに死をトリガーに魂を――意識を移せるようにいておいた」

「……なぁ」

「なんだい?」

「俺のこと、ってなんだ」

「あぁ、そのことね。説明してあげるよ」


 階段は相変わらず長い。


「君は基本的に、私刑よりかは法による裁きの方が好みだろう?まぁ、私刑も絶対にダメとは言わない――君はだ」

「………」


 当たりだ。


「君は罪を償った人を、ある程度は許せる……当たりだろ?」

「………」


 それも、当たりだ。


「僕は、法の裁きによって罪を償ってここにいる。君の仲間になるための最低条件はクリアしている」

「………」

「理解した?」

「OKーOK、パーフェクトに理解した」


 今回は、先程よりも短い時間で登りきった。カイは少し、早歩きだったのが関係しているのかもしれない。

 カイは下手くそな鼻歌を歌いながら家の中に入っていった。


 アルスは、玄関をあけて外に出る。

 空は赤色に染まり、カラスのような見た目の、目が6個あり、足が3本ある八咫烏のようなものが飛んでいる。


 案外、日本神話の八咫烏はこの異世界から地球に迷い込んだものなのかも知れないな……。


「はぁ…、夕方かぁ宿空いてるかな?」

「ん?アルスくん何を言っているんだい」


 歩き出そうとしていた俺を、後ろからカイが止める。振り向いたアルスは衝撃でびっくりする。


 カイはトンカチを持ち、ポーズを決めている。


 後ろにあるのはバーベキュウセットだ。テーブルの上には、高そうな肉、新鮮な野菜、皿やホークが置いてある。


 あ〜、え?どういうこと??

 まごうことなきバーベキュウセットだ。


「ユニちゃんを呼んでくれ、戦争バーベキュウの時間だ」

「だーかーら、俺たちは宿を探さなきゃいけ――」

「逃げるのかい!?」

「は?」


 誰に向かって言っている。


「君は!怖気づいてこの戦争バーベキュウから逃げるんだぁぁぁ??????」

「…………スゥゥゥゥゥ」


 深く息を吸って、


「ユニィィィィィィィィィィィィィィィィ」


 空に叫ぶ。そして、ニヤニヤしているカイの方を向き直す。


 いいだろう、受けてやろうじゃねぇか!その戦争バーベキュウをなぁ!!ゴラァァァァァァァァァ!


 結論。


 お肉と野菜が美味しかったです。



―――――――。



「……というで、寝ようか」

「……なぁ」

「ん?」

「なんでここにいるんだよ!寝る所別じゃないのかよ!さっき、選ばしたのなんだったんだよ!」

「うふふふふっ」


 床に布団を大きく広げ、二人並びながらアルスだけが叫び、カイが笑う。


「はぁ……まぁいいや、貸してもらっている身だしな」


 いや、待てよ……そもそも宿を取れなかったのはこいつのせいでは……?

 ユニちゃんだってリビングで寝てるし。


「うふふふふっ、お休みなさい」

「はぁ、お休みなさい」

「……あっ!そうだ!」

「なんだよ、寝ようっていったそばから!」

「魔法トランプで遊ぶ?魔法ドミノにする?それとも『幻想ディザイアーファンタジー』の説明にする?」


 え?こいつ今、最後に爆弾発言しやがった!


「『幻想ディザイアーファンタジー』の説明が良いな」

「OK、アルスくんが大好きな、おままごとね」

「んなもん選択肢になかっただろうが!」


 あと、好きではないじゃねぇし!


「冗談だよ。説明するね?『幻想ディザイアーファンタジー』ってのは簡単に言うとの属性だ」

「存在しない……?」

「アルスくん、考えてくれ。空にある星が地上にあるはずがないんだよ。他の属性はなんだ」

「………」


 考えばそうだ。


 [金]属性、[空間]属性、[火]属性、などなど


 これら全てはこの世界に存在する。

 だが、[星]属性はこの世界に存在しない。あったとしてもサイズ的に世界が滅んでるだろう。


 その後も、説明は続いた。


 さらに、町にある店のことなどを質問し、数時間が経過した。また、カイが持ってきたトランプで盛り上がってしまった。

 遊び終え、眠りにつく前に考える。


 『幻想ディザイアーファンタジー』がこの世界に存在しない物質……、であれば以前より意識していた俺の認識があっているのかも知れない。


 手を布団からだし、左の白くなっている髪の部分を持ち上げ見上げる。


 であれば、。だって――


「…………アルスくん」


 隣の布団から声が聞こえる。


「ん?なんだ」

「…君は…仲間のことを……救ってくれる…?」


 今にも眠りに落ちそうな声だった。


「ん〜、どうだろう?自分の命の方が大切だからね、無理かもな。あと、お前は仲間じゃない」

「うふふふふっ…言うね……グゥ」


 ナチュラルクズムーブをかましたアルスに、エルフはそう言って眠っていった。布団に潜りながら、はぁとため息をつく。


 なんだか、この町に来てから1日しか経ってないのに長かったような、濃かったような気がする。


 アルスは、明日のことを考えながら深く眠りについていった。





 







 




 









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