第9話 再び画伯のアトリエ1

 福智町の画伯のアトリエから小倉のマンションに戻ったのが夜の八時やったっちゃ。福智町、ド田舎やね。けど、夢魔の住むアトリエから現実世界の自宅に戻ってホッとしたばい。画伯と吉沢さんはまだ製作活動に余念がないんやろか?どの製作活動をしとるんやろか?・・・いやいや、見事な作品さえ出来上がればうちはそれでええっちゃ。


 ミキちゃんもかなり疲れたみたいやね。長時間の移動もそうやけど、画伯のモデルを二時間も勤めたっちゃ。そりゃあ、疲れるばい。ミキちゃんはベッドに倒れ込んだっちゃ。


 原田先生にご報告せんといかんと思うたばい。姐さんはうちの投資家やもん。まだ、八時やけん大丈夫やろね?早速スマホで連絡してみたっちゃ。


 「原田先生、直美です。こんばんわ」

 「直美、鈴木滉一はどうだったの?今日行ったんでしょ?」

 「夜分遅くとは思いましたが、その件でご報告せんといかんと思いまして」

 「うんうん、それで」

 「うちんとこ会社と鈴木画伯との専属契約、無事締結いたしましたばい。これも原田先生のコレクションを見て鈴木画伯の存在を知れたおかげやっちゃ。ありがとうございます」

 「よかったじゃない!」


 「それで、流れで、ミキちゃんがモデルになって、ミキちゃんのアクリル画の作品もゲットしたっちゃ」

 「ミキちゃんのアクリル画?みたい、みたい、みたい!」

 「じゃあ、明日にでも・・・」

 「直美、今晩じゃダメなの?ミキちゃんのアクリル画、すぐみたいの!」女医はワガママやね。


 「いま、ですか?」

 「うん。ダメ?いいでしょ?今日ね、ちょうどイタリアの生ハムとトスカーナの赤ワインが届いたのよ」

 「生ハムとトスカーナの赤ワイン、ですか・・・」


 死んだようにベッドにうつ伏せになっとったミキちゃんの体がビクッと動いたばい。顔を上げてうちをジッと見たっちゃ。おい!疲れとるんやろ?食い物と酒で反応するんじゃないっちゃ!うちだけでお邪魔してもええっちゃ。ミキちゃんが行くとまた面倒なことに・・・


 「節子お姉様!ミキ行きます!ミキのアクリル画をお姉様にお見せしたい!」とベッドから大声で叫ぶばい。あ~。

 「聞こえたわ。ミキちゃんも来るのね?」あ~、疲れとるし、やることが貯まっとるっちゃけどなあ・・・

 「わかりましたっちゃ。すぐお伺いしますばい」

 「待ってるわ」


 原田先生のマンションは北九州小倉市南区から北区を流れる紫川沿いの高層マンションで、うちのバーから歩いてもちょっと、うちのマンションからも数分の距離やっちゃ。F12号のアクリル画の入ったアートバッグを抱えて、ミキちゃんと先生のマンションに向かったばい。二人ともビジネススーツのままやね。え~、着替えんっちゃか?とミキちゃんが言うけど、サッと絵を見せてワインをサクッと飲んでハムをバクっと食べたらさっさと帰るっちゃよ!お泊りなんかせんっちゃよ!


 ドアチャイムを鳴らしたばい。中から節子が開いとるっちゃよぉ~と返事したっちゃ。ドアを開けると、玄関から窓まで間仕切りがなく遮るもんがない姐さんの部屋は、壁の間接照明だけで、ダイニングテーブルの上に蝋燭が灯されとったばい。悪い予感がするっちゃ。


 「さあさあ、座って座って」と節子に促されるばい。けど、テーブルの上には・・・


 生ハムっちゅうから、スライスしてあってお皿にキレイに盛り付けてあるもんやと思うとったっちゃ。けど、ダイニングテーブルの上には、生ハム専用の木製のホルダースタンドがでんと乗っとったばい。生ハムのカッティングのデモンストレーションをするのにホテルやレストランにあるのを見たことが、個人の自宅で見たのは初めてやっちゃ。パーティーなどでも使うかもしれんね。


 スタンドにはプロシュートの豚の腿肉がそのまま鎮座しとるばい。3~4キロくらいありそうやね。表面は乾燥と熟成によって生まれた深みのある赤褐色の層で、脂肪の白と赤身のコントラストが美しいっちゃ。いや、艶めかしいばい。熟成による独特の香りがほのかに漂っとるっちゃ。え~、姐さん一人で食べるためにこれを注文したっちゃか?!


 これをナイフで削いで食せっちゅうのか!テーブルクロスは深い群青色で腿肉との補色のコントラストを考えて・・・って、そういう話やないっちゃ!


 節子の格好は、黒のベルト付きミニニットワンピース。膝丈やね。テーブルにワイングラスが三個。ドイツのマイセンのお皿、銀のカトラリー。ワインは既に開けてあって、エアレーター付きの栓がされてワインスタンドに斜めに立てかけてあるばい。こんな短時間でよう準備したもんやね。女医ってそうなんやろか?けど、お金持ちは違うっちゃ!


 そして、テーブルから1.5メートルくらい離して空のイーゼルまで準備しとるばい。これにミキちゃんのアクリル画をかけて鑑賞しましょ、っちゅうことなんやね?


 「早く、早くミキちゃんの絵を見せてよ」と節子。うちはアートバッグからミキちゃんのアクリル画を取り出したばい。まだ、アクリル絵の具の匂いがしたっちゃ。イーゼルに立てかけたばい。


 節子がイーゼルに近寄って絵に見入っとるばい。「全裸じゃない!」

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