第8話 鈴木滉一画伯3

 売買契約書を見ると・・・「200,000円也」とある。うちは驚いたっちゃ。


「あのぉ、画伯、ゼロが少ないと思うとるっちゃけど・・・」

「せっかちだったり、もっと払うと言ったり、木村さんは面白いね。いいんだよ。欲をかいてはいかんのだ」

「わかりましたっちゃ。しばらくこの作品は手元においとくばいけど、売買の際は、その差額を勘案して、またお支払いをいたしますばい」とうちは契約書に差額支払いの件と書き足したっちゃ。


 画伯に銀行口座番号を聞いたばい。タブでうちの都市銀行口座から画伯の口座に送金したっちゃ。画伯が珍しそうに見とるばい。いつも現金取引なんやろか?これは仙人にも確定申告とか教えんといかんかもしれんね。


「画伯、送金が終わりました。ただ、現金ではないので、些少ながらこれは今日お時間をお取らせしたお礼としまして」とうちは財布から150,000円を抜き出し、封筒に入れて画伯に渡したばい。「この売買契約書はコピーを速達で小倉に戻り次第送付いたしますばい。それで、専属契約の件は契約書を検討いただき・・・」と言いかけたっちゃ。


 画伯が「これか?」と、鈴木滉一作品のエージェンシー、プロモーションの契約書を手に取ったばい。5ページの書類をパラパラめくって、最後のページの署名欄にサインして、拇印を押してしもうた。え?


「これでいいんだろう?木村さん?」キョトンと見とるうちに画伯が言ったばい。「まあ、面倒くさいからな。何か描きあげたら木村さんに連絡すればいいんだろう?会計とか税務もやってくれるんだろう?」とニヤッと笑ったっちゃ。なんや、ちゃんと契約書読んどるやないか!


 ミキちゃんの絵は、アクリルペイントで、油絵の具ほどの乾燥時間はいらんばい。速筆で描きあげた薄塗りやけん、30分経ってもう乾いとるっちゃ。キャンバスサイズがF12号(606✕500)で、持参したホルベインのアウトバックに収まったばい。


「さて、次作は何を描こう?・・・そうだ、今日の岡野さんのイメージで未亡人の吉沢さんと対になる作品がいいな。善の業と悪の業の対比なんか面白そうだ。そうだ、イメージを思い描くのに吉沢さんが必要だ。呼ぼう」とスマホを取り出して、吉沢さんを呼びつけとるばい。


 画伯がコーヒーを淹れてくれたっちゃ。豆から挽いたモカやね。コーヒーを頂いとると、玄関のチャイムが鳴ったばい。噂の吉沢さんが来たっちゃ。本当に近所なんやね。急いで着たのか、息が上がっとるばい。


 吉沢さんはうちよりも数歳年上やろね。30歳後半?ビジネススーツを着た女性が二人おるのに驚いとるばい。


「吉沢さん、こちらが木村直美さんと岡野美雪さん。これから私の作品のプロモーションをしてくれる会社の経営者とアシスタントだ」あら?画伯、ちゃんと名前も覚えとるばい。「吉沢さん・・・洋子、キミの絵も扱ってもらうから。モデル代も払えるようになる」

「先生、モデル代なんてご不要になさって下さい」

「そうはいかん。野菜も貰っている」体も、じゃないんですか?と思うたっちゃ。「そこでだ、次作ではこの美雪くんと対になる洋子を描きたいと思って、そのイメージを作るのに洋子を呼んだんだ。木村さん、今の絵、洋子にも見せてやってくれ」


 うちはアートバックからミキちゃんの絵を取り出して吉沢さんに渡したばい。


「まあ!キレイに描いて貰ったっちゃねえ。屈託のないキレイな絵やね。先生、うちのとはずいぶん違いますっちゃ」と画伯を睨むばい。

「洋子の業は深いからな。それで岡野さんとちょっとポーズをつけてくれんか」


「脱ぐっちゃ?」とワンピースの背中のジッパーを外そうとしよるばい。ミキちゃんといい、吉沢さんといい、さっさと脱ぐっちゃ。うちにはできんばい。

「脱がなくてよろしい。立ったままでかまわん。岡野さんと抱き合って絡んでくれ」今日会ったばっかでこれかよ!でも、ミキちゃんも全然躊躇せんばい。立ち上がって吉沢さんに抱きついたっちゃ。


 ルノアールのモデルのような豊満な吉沢さんと華奢なミキちゃんが抱き合っとるばい。小そうて、可愛いっちゃあ、虐めとうなるっちゃ、と吉沢さん。ミキちゃんの背中に手を回して、背骨沿いに右手を走らせるばい。左手でミキちゃんのお尻をまさぐったっちゃ。さすが画伯のモデルだけあって、エロティックにポーズを決めるばい。


「おお、悪の業が善の業を深みに落とそうとしているのがわかるぞ。シンクロニシティを感じる」と画伯。一日に何度シンクロニシティを感じるんやろ?「おお、いい、いいぞ。イメージが湧いてきた!よし!描ける!」と画伯が叫ぶばい。これって、最後は二人とも脱いじゃって、ミキちゃんお得意のあれが始まっちゃうんやろか?帰りのバスの最終は何時なんやろ?小倉まで歩いて帰りとうない、と思うたっちゃ。


「よし、わかった!木村さん、岡野さん、今日は帰ってくれ!あとは、ぼくと洋子で仕上げる!」と画伯が言うばい。画伯の股間を見てしもうた。勃っとるのがわかったっちゃ。え~、つまり、ミキちゃんと抱き合った吉沢さんを見て欲情したけん、お前らは帰れ!っちゅうことなんやね?画伯、そうやね?


 うちとミキちゃんは、絵をバックにしまって、書類をかき集めて、帰り準備をそそくさとしたっちゃ。


 画伯のシンクロニシティを深く感じた吉沢さんは、もうワンピースを脱ぎ捨てとって、ブラとショーツだけの姿になって画伯に抱きついとるばい。ズボンの上から股間をすりあげとるっちゃ。


「し、失礼しましたっちゃ。また、連絡の上お伺いいたしますばい」とうちは挨拶をして、画伯と悪の業が絡み合うのを呆然と見とるミキちゃんの手を引っ張って、玄関を出たばい。うわぁ~!


 バスの時刻表はスマホのカメラで撮ってあるっちゃ。今16:30。次のバスは・・・16:40?後十分!うちはミキちゃんの手を引っ張って、田んぼの畦道を駆け出したばい。


 バス停についたっちゃ。バスはのんびりと二車線の道路をこっちに向かってきたばい。間に合った!ドアが開く。ガラガラやった。っちゅうか、乗客はうちとミキちゃんだけやったっちゃ。一番うしろに二人ともゼエゼエ言いながら座ったばい。


「あ~、直美姐さん、うちはビックリしたっちゃよ!」

「うちも同じく」

「吉沢さん、うちのお尻を左手で割って、肛門からあそこまでなで上げたっちゃよ!初めて会った女性にっちゃよ!肛門がキュッと締まっちゃったっちゃ。姐さん、ゲージュツ家とモデルさんってみんなああいう人なん?」

 「いろいろおるっちゃよ。美大の生徒とか教師でも、まともな人は6~7割はおるばい」

「たった6~7割?まともやないのが3~4割?」


「うちは創作するゲージュツ家とは違う美術鑑定の芸術学科やったけん、まともな部類に入るっちゃけど、絵画科・彫刻科・工芸科はぶっ飛んどる人も多かったっちゃ。さらに凄いのが音楽学部。作曲科・声楽科・器楽科・指揮科はケダモノ率が高いばい。ピアノ科なんてケダモノ率は非常に高いっちゃ。ゲージュツ度が高まると、シンクロニシティを感じ合っちゃうんやろね。似たようなのが体育大学。これは肉弾あいうつ状態やね。卓球とかフィギュアスケートとか、ほぼ全員が兄弟姉妹の関係なんやて」


「いやぁ、そういう世界の人たちとこれから商売するっちゃね。うち、画伯に犯されるかと思うたっちゃよ」

「ミキちゃん相手じゃあ、シンクロニシティが不足なんやろね。ラッキーやっちゃね」

「姐さんなんか、画伯、全然興味を抱いてもらえんかったっちゃね?」

「・・・なんや悔しいっちゃ!」

「24歳とかの高校の美術教師の上野先生ってどういう人なんやろ?吉沢さんがあれやけん、上野先生やと・・・」

「上野先生に会ってみたいとか言わんでね!」

「さすがにうちも遠慮するっちゃ」


 ミキちゃんが膝の上に抱えたアートバックをポンポン叩くばい。「なんとなくこの絵を好きになりそうっちゃよ」

「画伯はああいう人やけど、腕は凄いっちゃね。ミキちゃんに最初の方の描いたもんを見せたかったばい」

「最初の方の描いたもんって?」

「具象画の展覧会で賞を取れそうなくらい凄いっちゃ。写実的で、ミキちゃんが生き生きしとる絵なんよ。それを一時間くらいで描きあげて、終わったかな?と思うたら、その上から今の絵を塗り重ねていったっちゃ。やけんその絵の下地には、今見とるミキちゃんの姿が描かれとるばい。その上にミキちゃんの内面を描き足していってできた絵なんっちゃ」

「ふ~ん、手間がかかっとる絵なんっちゃね」


 夢魔の巣食う画伯のアトリエから逃れて、田んぼに囲まれた田舎道をのんびり走るバスに乗っとると、ああ、現実世界に帰ってきたっちゃな、としみじみ思うたばい。


 福智町からバスで平成筑豊鉄道伊田線の金田駅まで行ったっちゃ。田川伊田駅で降りて、日田彦山線に乗り換えて小倉駅まで。1時間35分かかるばい。東京首都圏やなかっちゃ。画伯の福智町と小倉なんて、首都圏なら1時間圏やろけど、九州は違うばい。京浜急行線の快速特急なんてもんはないっちゃ。

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