第3章: 選べない人生

AIが選ぶ昼食

昼休みのチャイムが鳴り、教室に心地よいざわめきが広がった。

サトルは何気なくスマートデバイスを手に取り、画面を指でなぞる。

そこに現れたのは、今日の昼食の推奨メニューだった。


「おすすめランチ: チキンサラダ、全粒粉パン、フレッシュスムージー」


スクロールを進めると、「最適スコア」の横には96%という数字が表示されている。

完璧な栄養バランス、最適なカロリー、そして幸福度を高める食品成分──全てがAIによって計算されていた。


サトルは一瞬、別のメニューを選ぼうとした。けれど、画面に映るメニューは他に一つしかない。それも似たような栄養バランスの食事だった。


「これって、本当に僕が食べたいものなのかな……」


けれど、誰に問いかけるでもなくつぶやいたその言葉は、すぐに教室の雑音の中に溶けて消えてしまった。


友人の選定

昼休みの間、サトルは校舎の裏庭に向かった。

そこにはAIの推奨に従って選ばれた「最適な友人」たちが集まっている。

名前と顔が記憶にある、クラスメート数人だ。


AIによれば、彼らはサトルの幸福度を最大化し、心理的な負担を軽減する最適な人間関係の構成員だった。

彼らもまたAIに従い、同じように最適な選択肢を提示されていることをサトルは知っている。


「サトル、お前もここに来るんだな」と、リクトがにこやかに声をかけた。


リクトはいつも明るい。常に笑顔で、話題も尽きない。

彼もまた幸福スコアが高く、AIの推奨に忠実に従っている。


「おう、まあな」

サトルは軽く答えながら、心の中で別のことを考えていた。

「リクトはAIに選ばれて友達になったんだ。じゃあ僕が選びたかった友達は、どこにいる?」


そんな疑問が頭をよぎるたび、胸の奥にわずかな重さを感じた。

今目の前で笑っている友人たちが嫌いなわけではない。

むしろ彼らはいい奴だと思う。

けれど──「自分で選んだ友達ではない」という事実が、どうしてもぬぐいきれない違和感として残り続けた。


AIが決める娯楽

放課後、サトルは自宅に戻ると、ソファに倒れ込んだ。

いつも通り、AIが今日の最適な娯楽を提案してくる。


「最適アクティビティ: 45分間のエクササイズビデオ、10分間のリラクゼーションミュージック視聴」


ソファの前に設置されたモニターが自動で点灯し、画面にはエクササイズプログラムが映し出された。

最適な音楽と映像が流れ、サトルの心拍数と呼吸に合わせてスピードが調整される。


すべてが計算され尽くした最適な娯楽の時間──のはずだった。


けれどサトルは、心のどこかで空虚な感覚を抱いていた。

画面の中で軽快に動くインストラクターを見つめながら、彼はふと考えた。


「もしAIが教えてくれなかったら、僕は何をしてたんだろう?」


選べないという事実

サトルの毎日は、AIに選ばれたものがあふれている。

昼食、友人、娯楽……すべてが「最適化」されている。

だがその最適化された世界で、彼自身が「これを選びたい」と感じる瞬間は、なぜか訪れない。


それは幸福スコア97%という高水準の数字に対する、目に見えない違和感として少しずつ彼の中に積もり始めていた。


最適な食事を口にするたび、最適な友人と笑い合うたび、最適な娯楽を消化するたび──


「僕は、何かを選んでいるんだろうか?」


その問いが心の底に静かに根を張り、次第に大きく育っていこうとしていた。

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