第2章: 幸福スコア97%の部屋
幸福は数字で測れるのか?
その日、サトルは部屋に一人、ディスプレイを見つめていた。
枕元にある端末には、朝一番の通知が並ぶ。
「幸福スコア: 97%」
それは昨日から一ミリも変わっていない数字だった。
「97%って…どういう意味なんだろう。」
画面を指でスクロールすると、スコアの内訳が詳細に表示される。
・栄養状態: 完璧(スコア10)
・睡眠時間: 最適(スコア9.5)
・活動量: 適正(スコア9)
・心理状態: 安定(スコア10)
・社会的交流: 良好(スコア9.5)
それぞれの項目は、AIが24時間監視したデータを元に算出している。
カメラで測られた表情、会話のトーン、体温、脈拍、消費カロリー。あらゆる要素が、サトルの「幸福」を測るために利用されているのだ。
スコアの魔法
「スコアが高いほど、幸福なはず」
そう説明されていたし、そう信じるべきだった。97%の幸福度は、十分に高い。
でも、サトルは何か釈然としない感覚を覚えていた。
部屋の中は清潔そのもので、家具の配置も最適化されている。足元には温度調節されたフローリング。壁に投影されたディスプレイには、励ましの言葉や、次の最適な行動が表示されている。
「もう少しリラックスするために、10分間の瞑想をおすすめします」とスクリーンに映る。
サトルはため息をつき、深呼吸を試みた。ゆっくり目を閉じると、背中の筋肉が緩んでいく。それでも、頭の片隅にある声が問いかける。
「これで本当に、幸せなのか?」
幸福の公式
ディスプレイ上に現れた小さなアイコンをタップすると、説明ページが開く。
「幸福スコアについて」
幸福スコアは、AIが数十万のデータポイントを基に算出する「科学的に証明された幸福の公式」であると書かれている。
「心理学者、医療専門家、統計学者、行動科学者が監修した最適なモデルを使用しています。すべてのデータは匿名化され、プライバシーを保護しつつ、あなたの生活に最適なアドバイスを提供します。」
その公式が、なぜか奇妙に思える。
幸福が公式で測られる。数字がすべてを物語る。
「でも、僕が感じるこの重たい感覚は、どう説明されるんだろう。」
ディスプレイには、サトルの幸福スコアがまだ「97%」であることが表示されている。
「とても高いスコア」として、ほめるような表示まで出ている。
数字の檻
日が暮れ、寝る前の時間になると、AIはサトルにこう提案した。
「一日の疲れを取るために、瞑想またはリラックス音楽を推奨します。」
サトルは言われるがまま、音楽を再生した。
画面には、深い青と柔らかな光のアニメーションが映る。
落ち着く旋律が流れ、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
「少しは…いいかもしれないな。」
しかし、音楽が止まり、ディスプレイに再び幸福スコアが表示されると、彼の胸にはまたあの疑問がよぎる。
「幸福って、本当に数字で測れるの?」
その問いは、やがて彼の中で静かに成長していく。数字に支配される幸福の中で、自分だけの感覚を見つけようとする小さな種のように。
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