第30話

「すまん!このとーりだ!」

 海流はFクラスのグループRINEで先に書き込んでいたが、登校後クラスの皆の前で改めて土下座する勢いで謝った。むしろジャンピング土下寝した。


「心から反省してる?。私は海流と違って唯の人なんだから君の寿命の何分の1しか無いのに、貴重な1日を潰しちゃったのよ?」

 人間のクラスメイトがぷりぷりと怒る。

「だからごめんて。そんなお前には俺様謹製の『エリキシル』をやる。寿命が倍には伸びるぜ」

「あら?ありがと。『エリキシル』だなんて、あんた本当に『錬石術師(ストーリーテラー)』になれたのね。おめでとう」

「おめでとう海流!」

「やったじゃねーか!」

 クラスメイト達が口々に祝福の声を掛けてくれるのに、海流はうへへと笑い返す。


「いやー、それほどでもー、ある?」

「あるのかよ」

「そこは謙遜してくださいませ」


 海流は『錬石術師(ストーリーテラー)』になった。

 まだ卵ではあるが。

 莎丹はそれを迦允に聞かされるや否や、どういう手段を使ったのか櫻井の捕縛から逃げ出し姿をくらました。

 捜査班が総力を挙げて捜索しているが尻尾すら掴めていないそうだ。

 よほど莎丹はこの元リル・ダヴァルの地を知り尽くしているのだろう。


 乃蒼は莎丹に見放された事に意気消沈して海流のいるタウンハウスにひっそりと帰って来た。

 海流が『錬石術師』の異能を開花させた事を聞きかなりのショックを受けたようだが、何を言うでは無く自室に引きこもって出てこない。

 乃蒼の心中も分かるので、海流はむやみに触れずそっとしておく事にした。


 それと、東雲の兄弟に指摘されて気付いたのだが、芝蘭譲りの深い藍色だった瞳が『魔触転生』の影響なのか燃えるような真紅に変わってしまった。

『錬石術師(ストーリーテラー)』の色なので海流は気にいったが、母との繋がりが少し薄れてしまった感じに寂しさは感じる。


 聖良の異能自体に変化は無い。

『魔眼』に手を添えれば、神跡刻印も以前のまま変わらず刻み込まれているのが見える。

 だがこの先はいたずらに寿命を削るわけにはいかないので、海流はもうこちらの異能を使う事はそうはないだろう。


「だりゃあああ!!」

 運動場にて。海流は遠くの的に向かいファイアボールを放つ。

 コントロールがまだまだなので当たりはしないが海流にとっては「放てる」と言う事だけで十分満足足り得ているので感謝も感謝、泣いてお釣りが出るほどだ。

 傍らで火の妖精が失神しているが見ないで置こう。


「カイルさんすごーイ!」

「海流サン、アっちの的はウォーターカッターとかドうデす?」

「やったろーじゃねーの!」

 海流は腕まくりをして魔力を練る。

 すぐにでも海流の禍々しい魔力に捕まり力を搾り取られる水の妖精の断末魔が聞こえるだろう。


 海流が魔弾を撃ちまくる隣りで、東雲の兄弟も相わらずだ。

 海流は「錬石術師』にはなったがまだまだ未熟なので護衛は欠かせないし、親友としても共にいたいので今日も海流の側にいる。


「ソう言えば、ボク思い出シタんだ。響チャンに初めテ会った日の事」

「やっぱり会ってたンだ?いつ?」

「春日もその場に居たよ、アれはボク達の両親の葬式の日ダった」


 あれは雨が降りしきる暑い日だった。

 父の戦死はあまりに突然の出来事だった為、まだ東雲の頭目話が定まって居ない中で、母を早くに亡くしていた夏日も春日も秋夜も冬夜も親族代表として弔問客の対応をしていた。

 やって来る者みなが何これこれと語りかけてくるがちっとも頭に入らずただ頷いて居た時その人は1人、やって来た。


 黒い衣束に黒いフードを深く被り、顔には闇魔法がかかっているのか暗闇で表情はわからない。

 周囲が騒めく中、その人は夏日達に深々と礼をすると、その足で真っ直ぐに亡き父が静かに眠っている棺に向かい床に膝をついた。


「東雲、ごめん……。吾が止めるべきだった。君が多くの召喚獣を抱えて限界を迎えて居た事に気付かなかった所為で、その戦地を君に任せて吾は窮地だった別の戦地に向かい、むざむざ君を死なせてしまった。

 その償いにはならないけど、跡の事は吾に任せて。

 継嗣は『本家筋』の『生まれた順』に。

 混乱などさせないよ」


 その人は立ち上がると再び夏日達のところへやって来た。

 その人が東雲の兄妹達に話しかけようとした。


「ソの時、伯父サンが下卑た笑いを浮かべテ

『あなた様は……ヒヒ、これはこれはようこそお越しくださいました。さ、あちらで継嗣の話でもしませんか?。このような小僧よりも私こそ兄と血が濃く召喚獣もその多くを従えており……』

 ナんて、伯父が言葉を発しタのはソこまでダった」


「覚えてルヨ。あノ後伯父さんはそノ人ニ心臓を握り潰されテ殺されタ。

『不敬なんだよ』ッテ言っテ、後は迦允様ニ引き継いデ去っテ行っタノ。

 あれ、今思えば響ちゃんダ。

 僕タチの父ノ死ヲ本当ニ悼んでくださっタのワ響ちゃんト迦允様だけダ」

「春日はソれほど血を被ラナかったから覚えテ無かっタカも知れないケど、ボクはバッちり被っチャったからビックリして覚えテたみタい」


「響ちゃんは物事のあり方を分かってる。さすがは俺様の嫁になるべき人だっつー事だな」

 東雲の兄弟の語りに海流はうんうんと頷く。どのあたりに嫁要素があったのかはわからないが。


 そのすぐ脇を、もはや彼のトレードマークのようなウサギを頭に乗せて紫釉が通り過ぎてゆく。

通り過ぎざまに海流へ侮蔑の視線を送る。

「噉樣真係好荒謬」

「だから皇国の言葉で話せ」


 一瞬ムかついた海流だったが、海流は生まれ変わった。

 おとといまでの海流とはひと味も二味も違うのだ!。

「すかさずシール!」

 ぺたっとな。

『まったく馬鹿馬鹿し……?!くそッ!貼るな!』

 紫釉は制服の肩に貼られた、表面に可愛らしいウサギさんをあしらった「心読み取りシール」を忌々しそうに剥がそうとするがやはり剥がれない。


「ククク、てめぇ対策にシールは量産してある。てめぇは俺様のライバルだからな!」

 まったく響ちゃんは、こんな目の下永遠クマの青白モヤシ不健康野郎のどこが良いのやら。

 俺様のような太陽のもとで日焼けしたような肌色の超健康優良男こそ響ちゃんと並んで遜色無しだろうに。


『オレは関係ない』

 巻き込みもたいがいにしろ、と心に乗せるべもなく透き通るアメジストの瞳で主張する。

「かもしれんな。

 だが未来の俺様の嫁たる響ちゃんはどう思うかな?」

『ふん!知るか!』

 紫釉は海流を突き放すようにそっぽを向く。

 海流は不服げにむくれた表情を浮かべるが、他人から見るとどうあがいても悪いのは海流である。


 そこへ

「喧嘩したらダメなんだよー!」

 少女とも少年ともつかない声が頭上から、翼を持って舞い降りてくる。


「響ちゃん!」

 海流は大きく手を広げて満面の笑みをたたえて響の下敷きになる。


 ズキャボキグァシャーン!。

 運動場に土色の煙が舞う。


「ありゃ?着地失敗」

 柔らかいクッションから立ち上がり、響はパンパンとシャツに着いた土埃を払う。


『わざとだろう』

 紫釉が冷めた目で響を見下ろす。

「なんか『嫁』とかよくわかんない事言ってたからね、潰してみた」

「我々の業界ではご褒美です……グハッ」

 なお、この運動場のグラウンドも櫻井製なので上手いことだいたいの衝撃は分散吸収される仕様である。

 良かったね、今日も学園において怪我人は0人だ。


『嫁になったら連絡してくれ。弔電くらいは出してやる』

 呆れも隠さず、紫釉は肩に止まる小鳥にポケットから千切ってあったパンを取り出して与えている。

「やーだよ、響はしゅーくんのお嫁さんになるんだもん。その為ならこのお気に入りの男の外殻だけど、女の子にだって変えるんだから」

 海流はその言葉を聞いてガバリと起き上がった。


「響ちゃん、女の子になれんの?!」

「なれるよ?」

 響は海流の勢いに驚いたのか、きょとんとした表情で大きな瞳をさらに丸くして答える。


「響の血族は魂だけの存在だからね。外殻は好みで構築出来るの。

じゃなきゃサクライも、響のママと昔に婚約とかしてなかったし」


「Pardon ? 」

 何か?聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたが?。


 聞き間違いでは??と海流は響に迫真の表情で迫る。

 響は小首を可愛らしく傾げ、懇切丁寧に念入りに迫撃し返す。


「もう一回?。うん、響のママは昔は『翠(スイ)』って言う第1皇位継承権を持つ皇子だったんだ。

サクライとは学友に選ぶほどの親友で、幼い頃に市ヶ谷公爵家の紗奈ちゃんっていうお姫様と婚約してて、いずれは結婚するはずだったんだけどある事件で紗奈ちゃんは死に、ママ……と言うかあの頃は皇子だったんだけどママも瀕死の重体に陥って。


 運良く回復はしたんだけど、紗奈ちゃんが居ない世界を儚んで何もかも嫌になって、紗奈ちゃんを守れなかった自分にも絶望してなんかもう男である事すら嫌になって、

 皇位継承権も姉姫だった『麗(うらら)』叔母ちゃまに譲って女性体になったんだ。

 ま、『麗』叔母ちゃまも皇帝になるなら『男性体に変化させとく方がが強そうで良いか?』って男性体になったんだけど。


 で、サクライは傷心のママを慰めてるうちに親友の間柄だったのがいつのまにか良い仲になって婚約したんだけど、ママはどうしても紗奈ちゃんを忘れられなくて。せめて紗奈ちゃんの血族の子を抱きたくてサクライとは婚約解消して市ヶ谷に嫁いだの。


 でも市ヶ谷のアレは響をサクライの子だと言って毛嫌いしてるけどね。

 もし響がサクライの血を受けついでるなら『錬石術師』の異能を持ってるはずなのに、響が受け継いだ異能に『錬石術師』が無いところとか見たら自分の子だって分かるだろうにね。本当やな奴だよ、アイツ。


 でね?でね?響のこの顔はねー、ママに紗奈おばちゃんの写真を見せて貰って紗奈おばちゃんそっくりに作ったんだよ。可愛い?。

 ママはいつも『綺麗ね』『可愛いわ』『私のひーちゃん、超カワイイ!』って褒めてくれるの。ね?響は可愛いでしょ?」


「可愛いよ!!綺麗だよ!!」

 だがよ?その前に!。


「あんのクソ親父――――――!!」

 海流は絶叫した。


 そんな話、一言も聞いた事がないが??。

 これ、仕事を家庭に持ち込まないとかそう言うレベルの話じゃなくねーか??。

 

 叫ぶ海流を不思議そうに見ながら響は続ける。

「あ、そうだ。芝蘭のおばちゃんは、ママが皇子だった頃はママっていうかパパのファンクラブ第1号で会長してたんだって。パパがママになってもお友達だったの。

 なんかぁ?、

『「今回は」ちょっぴり横取りしてしまいましたけれど、「翠」さまがお兄さまでもお姉さまでもわたくしはどちらでも良いのよ。いつの時代になっても推しと推しが仲が良いのは時の垣根を超えても萌えるモノだもの』

 って、むかし遊びに来てくれた日に真顔で言ってたけど、どう言う意味なんだろー?」


「くはぁっ!お袋もたいがい腐ってやがったか!。しかもnmmnを腐らせるとか貴腐人にも程があるだろ。

 他にも絶対何か隠して逝きやがってるはずだ!。

 もう全部吐いてけぁぁぁぁ!!。

 霊媒師招いてお袋呼び出して家族会議やるぞクソがあああああ!!!!!」


『喚いたり叫んだり、忙しい奴だ。

その紗奈とか言う姫とあの皇子を半死半生の目に合わせ第1皇位継承者である事すら放棄させるほどのダメージを与えたのはオレの生物学上の父である「天使死忌(あまつかシキ)」だと言うのに』


 紫釉は『因果なものだ』と鼻を鳴らすと、尻尾をひと振りして海流達から離れていく。

 動物達は紫釉を追従する。

 その間も海流はぎゃあぎゃあとひとりで暴れている。


 そう。そうして今日も今日とて、何も知らない海流の『楽しい学園生活♪』は始まりを告げたのであった。


fin.

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