第13話
かと言って。
晩餐室にて、いざ家族3人。
気まずっ。
海流は無言で、
乃蒼は海流よりも下座なのが不満そうに。
迦允だけがニコニコで食卓についている。
いざ食事が始まるとどうにも口が重くなり、なるべく音だけは立てないようそれなりに身についているテーブルマナーを遵守しながら海流はアミューズを口にした。
幸いにして、アミューズはまともな味がした。
不味かったら迦允に残りのアミューズを突き出して交換させ、料理人からの海流への嫌がらせを知らしめて告発して大騒ぎにしてやろうかとも考えていたので、海流は緊張で固まっていた肩を密かに下ろしながら食事に集中する。
逆に乃蒼は海流の対面からかしましく喋り倒す。
「父上、今日は学園にいらしていたそうですね?。お声掛けいただけていたらサロンにて神璽様も交えてアフタヌーンティーをご一緒いただけましたのに。
ボクの料理人が、神璽様も絶賛なさる至高のスコーンをその場で焼き上げたのですよ?。
我が屋敷の料理人はご存知の通り神璽様の料理人と親交がありますから皇帝陛下しか口に出来ないような食材の融通も聞いていただけるので、次こそはご連絡ください。最上の時間を用意させますので!」
「うん?。……まあ、考えておこう」
迦允は脂肪を蓄え、でっぷりとした体躯を揺らしながら顔肉に埋まった眼鏡をクイと上げると優雅にオードブルを口にした。
我がクソ親父ながら……変わり果てたな。
と、海流もオードブルを口に運びながら思う。
今の迦允に、芝蘭が生きていた頃の引き締まった体躯は見る影も無い。
身なりこそ白髪が少し混じり始めた焦茶色の髪を、几帳面にオールバックに撫で付けてキチンとしているが、何故ここまで変わり果てたのかと親族が眉を顰めるほどぽよんぽよんに肥え太った。
幼い海流が太りゆく迦允にストレートに「おとうさま、ブタさんになるの?」と尋ねた時は「貫禄がついたと言いなさい」と笑って頭を撫でられて言い直しをさせられたのは遠い昔の話だ。
ただ一度だけ海流にだけ囁いて教えてくれた事がある。
「女性は見た目を重視するからね。太っていればいるだけ余計な面倒に巻き込まれないのだよ」と。
実際に。芝蘭を亡くした直後に、今の海流ほどのスタイルだった頃の迦允には月に数百通に及ぶラブレターや舞踏会のお誘いが届いていたし。
育児に積極的な迦允が幼稚舎に海流を連れて行けば、待ち構えていた迦允の後妻の座狙いの貴人の子女達が共も伴わずに我先に迦允に駆け寄り、
自分がどれだけ子供思いであるかとか孤児院などに慈善活動を行っているかなど捲し立てたおかげで海流は怖くて泣いてしまった事を海流自身も記憶しているので、さもありなんと納得はしているのだが。
中身はどうなんだろうな?。
根菜のスープを口につけ、海流は迦允を盗み見る。
迦允は晩餐の卓に着いてなお、いまだに海流の不登校についての話題を上げない。
海流が黙っている事を良いことに、乃蒼がひたすら自分上げで海流をこき下ろして話しかけて来るのを「さて?はたしてそうだろうか?」とやんわりと否定しながら受け流している。
迦允は乃蒼や他の血族の言葉にも一度とて、芝蘭が死してこちら長きに渡ろうとブレる事なく芝蘭の『未来視』を信じている。
公言し体現し続けている。
迦允が海流の可能性を信じてくれている。その一点だけで海流は今の今まで「錬石術師」になれていなくても死を選ぶほどの絶望感に苛まれる事なく生きて来れたのだ。
だから、だから。
変わってねーとは思う……けど。
「あのさ、親父」
乃蒼のマシンガントークが途切れた隙を突いてなんとか勇気を振り絞り、海流から迦允に声をかける。
すると迦允は
「何かな?」
と微笑んで海流の方を向いた。
「叱んねーの?」
「何をだい?」
迦允は海流の言葉を聞く姿勢を崩さない。
その姿があまりに真摯なので脛に傷をもつ海流は言いにくそうに続けた。
「俺が、がっこ……、休んでる件について」
「そうだね」
迦允はスプーンを持ち上げる。
「では私は『今はその時ではない』と答えようか。海流がそうするに至った理由についていくつか心あたりはあるんだが、私は未だ答えを絞りきれかねているんだ」
静かに穏やかな笑みを浮かべたまま、迦允はそう返すとスープを掬った。
「そ、そっか」
あー、理由絞りきれたらカミナリが落ちるパターンだな。これ。
長年の経験が海流に警鐘を鳴らすので、思わず背筋が凍る。
よし、話題、すり替えてうやむやにしていくしかねえ。
アレだアレ。
「せんせ!。あ、新しく俺のクラスの担任になった奴の事だけどよ、アイツ……何?」
言った!言ったぞ?。俺様聞けたぞ?偉いぜ俺様!。
すると迦允は本日食卓を囲んで、初めて困った顔を見せた。
「始業式の件かな?。だったらキミに直接伝える時間がどうしても取れなくて申し訳なかった。
……そうか、海流の不登校の原因も彼にあると言う事か」
「わ、分かってんじゃん」
海流はむいっと口を尖らせる。
迦允はスプーンを置いた。そして真っ直ぐに海流を見た。
「正直に言って、彼には私もいつも振り回されていてね。
プライベート……いや、仕事上で親友に託された子なんだが、私は海流や乃蒼と同等に愛しみ、また後見人としてあの子の成長を見守っている。
少々わがままな気質もあるが、根は良い子だから多少の暴走は許してやって欲しい」
そう言って迦允は頭を下げた。
「ほえ?」
親父が?俺様に??頭を???下げたぁ?!!!。
海流はうっかりすると椅子から転げ落ちるかと思うほど驚愕した。
「こ?後見人って、いつから?」
迦允にそこまで深々と頭を下げられるなど、海流は初めての事だったので思わず声が上擦ってしまう。
いや、そんな事で動揺している場合ではなかった。
アイツを俺様と乃蒼と同等に愛しんでいるってそんなの……、お袋は知ってたのか?。
「ああー……、そうだね。芝蘭が亡くなる前から、かな」
その答え方は、迦允にしては何故か珍しく歯切れが悪いように海流は感じた。
何かを隠しながら。しかし伝えたい言葉があって、それをどう言えば伝わるのか。思案しながら言葉を紡いでいるようだった。
「言い置くが、この事は芝蘭も承知の話だよ。嘘だと思うなら学園で逢野先生に聞いてみなさい。幼い頃に遊んでくれた『芝蘭のおばちゃん』と言う優しい女性が居たと彼も証言するだろう」
そんなの…
「言い訳にしか聞こえねーし」
海流の中に苛立ちが募る。
「てか、そんな前から?。んな話一度も聞いた事ねえぜ?」
迦允は「ふむ」と唇を指でなぞると視線を天井へ漂白わせながら答えた。
「半分『仕事上』だと言っただろう?。その前に私は家庭に仕事は持ち込まない主義だからね。しかしながら、公の場では彼を私の『養い子』だと呼称する時もあった。
あったが、あくまでも書類の上だけだ。
コラ海流。そう顔をしかめるんじゃない。勘違いだけはして欲しくないからはっきりと言っておくが、断じてあの子は私の血は受けていない。
私と親友は本当にただの友人だよ。
キミがありもしない万が一を妄想するのは勝手だが、もし私の血を受けていたとすればあの子の異能の特性的に『錬石術師』の異能を確実に取り込んでいたはずだ。
だがキミが見た通り、あの子には櫻井の者なら如実な顕性遺伝であるはずの『錬石術師』の異能は発現していない。櫻井特有の浅黒い肌色でもなかっただろう?。
つまりは私の子ではないし、櫻井の血筋の者でもない。
そう言うわけだ。分かってくれたかな?。
さて、あの子は本人の異能で授爵も叶い、家も新しく起こした。
一時編入させたうちの戸籍からも削除して久しい。
ただ、今でも『お前がお父さんのままでいいのに』とあの子にわがままを言われるのには辟易しているが」
「ぜ、ぜんぜん説明になってねーよ!」
海流はブンブンとかぶりを振った。
『養い子』って。言うに事欠いて俺様とアイツが『義兄弟』だっただあ?!。
形の上だけとは言えそんな大事な話、はっきり言ってお袋に隠れて女を作って居たと聞いた方がマシなくらいだ!。どこの昼ドラだよ!?。どろっどろじゃねーか!。
海流は迦允の突飛な答弁にショックを受けていた。
しかし、追い討ちをかけるように迦允は続ける。
「では何かな?。赤子の頃に父親に拒絶され、広い屋敷にひとりぼっちで居たあの子を見て、私に見て見ぬふりをしろと?。救いの手を差し伸ばさなければ良かったとキミは言うのかい?」
「そうは言わねーけど……。なんだよ母親だってちゃんと子の面倒みろよ」
「みたかっただろうさ。だが親友のパートナーは気難しい上に悋気持ちの人物でね。私の親友を徹底的に囲い束縛するくせに、もうけた子の存在を拒絶した。
私と親友の仲を疑う猜疑心の余り、あの子を自分の異能で呪い殺そうとした。
奴の血族の異能は皇国の暗部を一手に担ってきた『蟲毒術師』。
今だってあの子を呪っているかもしれない厄介極まりない奴なんだ。
おかげであの子は産みおとされたのち即座に遠方のセカンドハウスに放り出された。
状況をみかねた親友側の親族が乳母だけは送り込んだがね。
親友は親友の出来る範囲で彼の奴の束縛から解放される隙を見ては婚家の屋敷を抜け出してあの子を育ていたんだが、いかんせん親友も世間知らずの貴人だからね。何をどうしていいのかすら分からなかったのか、長い間あの子に戸籍すら与えてやれない状態だった。
親友は思い悩んだ末に『兄に迷惑はかけられないけど』私ならなんとかしてくれるだろうと、あの子を抱いて皇宮庁に居た私を訪ね、子細をこぼしてくれたお陰でようやく事の次第が判明したというわけだ。
私も早くに介入して解決したかった事案なんだが、どうにもこうにも親友の忌ま忌ましいパートナーと私は学生時代から犬猿の仲でね。皇国において新参者のくせに短期間で私や父が伯爵から公爵まで成り上がったのが気に入らないらしい。
私は奴を宰相の名において厳重注意したが無視されただけだった。
そうなると取る手段は強引なものになる他なかった。
私とて宰相命令で足りないなら陛下に皇命宣下を以ってあの子を奴の家から引き離し『私の養い子』として引き取る案はどうか?と思いついたが、芳しくない方法かと却下しかけたところで、芝蘭が
『よろしいではありませんの。どうかお助けして差し上げて。それが出来るのは迦允さまだけなのですから』と
何故か強く言うものだから。まるで何かを『視』たかのようにね。
言っておくが、これはキミ達が生まれる前の出来事だよ。
海流が生まれていたなら私はそんな方式は決して取らなかった。
まあ、生まれた後でも芝蘭はあの子を受け入れただろうがね。
だが結果は今の状況だ。
その事でキミ達にも要らぬ誤解を与えたのなら重ねてお詫びしよう。本当にすまなかった」
迦允は再び深く頭を下げた。
「は、母上が?了承してたんなら、まあいい、けど」
海流は迦允の真摯な姿勢に触れ、しどろもどろになる。
いい……のか?。
てか、お袋はやっぱり何かを『視』ていたのか?。
「過去」も『視』て『剪定』するお袋だ。ありえない話じゃない。
だがいったい何を?。
そうして心の中のモヤモヤをうまく形に出来ずに硬直してしまい。しばらくモダっていた海流の態度を了承と取ったのか、迦允は「ならよかった」と顔を上げ、自身のタプタフのあご肉を揺らしながらようやく笑った。
乃蒼も尋ねる。
「確かにボクもあの新任教諭の授業には驚かされましたが、人物評としては悪いものでは無かったかと。
ただ、万が一が恐ろしく……。
父上、念のためおうかがいしますが、本当にあの先生は櫻井の血族では無いのですよね?。
ボクを脅かす者では無いのですね?」
「もちろんだ。彼はかつて櫻井の名を利用していた事はあるが、今は本来の名を取り戻しているし。
……念のために別の通名を名乗らせているがね」
「それならボクは構いませんよ。ボクの正道を邪魔しないようですので」
乃蒼はスンっとした表情ではあったが安心したようにグラスの水を口にした。
「ありがとう」
迦允は乃蒼にも頭を下げた。
「2人とも物わかりのいい子で助かるよ。いつかはキミ達と彼を引き合わせようとは思っていたから。多少事故った感はあるが無事顔合わせが出来ていたようて何よりだ。
そうであれば善は急げかな?。
誰か、新しい空の皿を私達に」
パンッと迦允が手を叩くとメイド達によりスープが下げられ、代わりに何も盛り付けられていない皿が目の前に置かれた。
「我が最愛の息子達に私からの贈り物だ」
迦允は迦允付きの執事を呼び、持ってこさせたマジックバッグから何やら包みを取り出すと、トングを手に、手ずから息子達の皿に赤い雫が滴るままの何かを取り分けた。
「え?これって」
海流は理解は出来るが、理解はしたくない物体にたじろいだ。
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