第12話
将来就職案件で冒険者案が没った際は、それでも有り余りながら蓄積され続ける用途不明の魔力量を訝しみ、
「もしや俺様は『異世界からの転生者』なのでは?」
と海流は考えたこともあった。
こことは違う異世界で、なんかの事故で死んだ俺様は生前激ハマりでプレイしていたゲームに似たこの世界に転生したんだろう。
大国の王子に生まれた俺様だが無能「ただしまだ発揮される道が分からないがとりあえず魔力量だけはヤバいほど持ってる」の俺様を優秀な第2王子が見下すイベントがあって、家臣からも馬鹿にされて冷遇されてイジメ抜かれた挙句に他国に追い払われるシチュとかあるんだろ?。ほら存外当てはまってそうじゃねえか?俺様ってばよ?。
だとしたら近い将来俺様は何かの罪を押し付けられて断罪されて、断首の窮地にとか陥ったりするが、クソ親父の嘆願で辛くも皇国外に追い払われる。その先でなんか俺様と同じく不憫ポジのお姫様とかに拾われてあれやこれやあっていい仲になり。
やがて俺様になんらかの才能が花開き、俺様は姫様のお願いでその国で慈善事業なんかを始めるわけよ。
で人々から感謝され支持され始めた時にタイミングよく「王が乱心された!」とか言う国難イベントが発生して、俺様が前世のゲームプレイの記憶をフル稼働してそれを解決して救国の聖者とかもてはやされんだろ?。
んで
「海流様。この国にはあなた様が必要なのです。どうか私と共にわが国の未来を導いてくださいませんか?」
なんつってお姫様に逆プロポーズされて俺様は国王になり。『2人はハッピーで末長く幸せに暮らしました』とかになるんだ。間違いねえ。
…と思い込んでいた時期あった厨二時代。
積極的にSNSで俺様と同じ「前世持ち()」な奴を探したり交流したりもしてみたが、
俺様の方に待てど暮らせど転生者として必要な
「前世でプレイしていたゲームの記憶」も
肝心の「前世の記憶」すらも蘇らねえ所為で「俺様、異世界転生者説」はボツになったんだよな。
はー。世知辛え。
ま、そんな黒歴史は置いておいて。
海流が学園の校門で締め出しを食らってから1週間が経った。
「この俺様を締め出すとか上等だ!」と海流は怒り狂い、帰宅してから一歩もタウンハウスから出ずにベッドにゴロゴロと転がって、帰り道でコンビニに立ち寄ってマジックバッグに買えるだけ詰め込んだ食料品を喰らいつくしながら、漫画やラノベを読みふけりアニメ視聴やゲームざんまいで不登校ライフを満喫した。
最初こそは東雲の兄弟も付き従って櫻井のタウンハウスで一緒に遊んでいたが、流石に1週間を過ぎる今朝方は
「ごめんナサい海流さん。通学シない事を東雲の親族が心配してイて」
「卒業出来ナいなら妹達ニ、頭目ノ座を渡せト皆ガうるさいノデす」
とすまなさそうに頭を下げると学園へ登校して行った。
まあ?既にあいつらは頭目の重責を継いでいるからな。仕方がない所もあるか。
と、海流はポテチを片手にパリパリと、コーラも苛立ちと合わせてガブガブと飲み込む。
昨日までの各授業の板書をクラスメイトに写させて貰い、転送してくれた兄弟達のグループRINEによれば
「逢野先生の授業、結構面白かったでスよ?」
との事。
「これまでノ先生ノようにただ教壇に立ったままノ普通の授業ヲしないんデす。休んでル海流さんノ席に座って皆とゲームヲしてるみたいに授業を進メて、生徒ノ方で分からない点があったらそノつど生徒皆を巻キ込んで解決して行く感じ。終始ラフと言うかゆる〜っと授業が進んデ。僕デも気づいたらたったの1時間で描けてたんデす、この魔法陣」
自慢げにRINEにペタリと貼られた魔法陣は、勉強なんざ試験解答を『視』りゃ良いっしょ?な海流から見ても、かなり複雑な構造に見えた。
先日海流が構造式まで『視』ぬいてしまったあの卒業試験の古代魔法陣ほどではなさそうだが、貼り付けられただけの写真だとしても魔力を流し込めばとんでもない威力を発揮しそうな術式に見える。
流石にあのアタオカ先公が組んだ魔法陣だとしても魔術式の一部にブレーカーくらいは仕込んである事を祈りつつ、とりあえず「写真は消しとけ、痛い目に遭うぞ」と返した。
面白い授業、ねえ?。
日々海流の護り役としても友人としてもバックアップをする為に熱心に授業を受ける兄弟が言うのだから、楽しく授業が受けられてるのはいい事なんだろう。
トークは続く。
「それとクラスメイトデすガ
大半変わりありませんデした」
「だろうな。俺様達は万年Fクラスだしよ」
「でスがその代わり
ビっクリ情報でス!
なんとボク達の教室に
あの銀髪の生徒が居タのでス!」
「銀髪の生徒と言やぁ始業式で出会したあの?」
傾国の美亜人か。やっぱり編入生だったか。
「はい。相変わらず動物達ニ囲マれて、
イヤーマフも外さずニ
教室の後方窓際ヲ陣取って
ずーっと机に伏セて寝てマしタ」
「起きてモうつらうつらと
取り巻キの動物達と
のんびり日向ぼっこしてるだケ
何しに来てルんでショウね?」
「それト
ジーヤゥさんは
亜人仲間のクラスメイトとは
ポツポツトなら
皇国語の単語ヲ使っテ
話をするのデすが
僕たち貴人相手ニは完全シカトの
塩対応デす」
「おそらク紫釉さんワ
始業式ノ日にボク達が
逢野先生と話していタのを見てまシたかラ
ボク達を先生ノ仲間と認識しテいるのかモ」
「厄介な先公だなオイ」
双子のメンション入力が恐ろしく速い。今日の出来事を海流に伝えたくて仕方が無いのだろう。海流の既読が追いつかない。
「先公はどうしてる?」
始業式前にあれだけ紫釉とか言う奴に絡み掛かってた先公だ。何もしていないはずがないと海流は推定していた。すると
「めげルと言う言葉を
知らない様でス」
と、春日から苦笑いのスタンプと一緒に送られて来た。
「朝ノホームルームカら終礼マで
他ノ授業時間でモ
隙あらば教室ニやって来て
ジーヤゥさんニ絡み倒してマしタ」
「でスが、てんで相手にされなくテ
あの美人が美青年に頬を膨らませテ
拗ね散らかしテる姿が可愛いト
クラスの腐女子が
キャイキャイしてまシたよ」
おぅふ。いわゆるBL萌えって奴か。俺様には関わりのない趣味だが、好きよなー?一部の女子って。
「『響、保護者なのにー!』って暴れ始めたラ
理事長がどこからかスっ飛ンで現レて
『いい加減にしなさい!逢野先生!』って
ゲンコツ落とさレて首根っこを掴まレて
何度も本来担当ノ教室に連れ戻されて行きマしタ」
「『保護者』?」
海流はそこでようやくその記憶を思い出した。
響は海流と出会った当初から言っていたではないか。
「なんたって響はあの子の『保護者』だもん!」
自信満々に胸を張る響の姿が脳裏に浮かぶ。
「『月紫釉』égal『先公の保護』対象っつーワケか。紫釉とかいう銀髪美人の様子が気になりすぎて先公の職に入り込むとか、やっぱ頭がイかれてるぜ」
それでも3つも山積していた謎のうち、1つ目の「響が学園にやって来た理由」が判明したのでスッキリした海流だった。
夏日は続ける。
「デもなんデすが、カイルさん
ボク、昔あの先生に
会った事がある気がスるんデす」
「そウなの?夏日」
春日が驚いている風にメンションを打っている。
「僕は知らないけド
どこで?」
「それが記憶が不確かデ……
後、マだおかしな事がアるんだ
春日ワ『貴族名鑑』ヲ見タ?」
スッキリついでにトイレに立った海流を置いてトークは続く。
「『貴族名鑑』?
親戚とカ
やたらあレを見て僕たちニ
『婚約者にどうか?』って
貴族のお嬢様の釣り書キを
送って来るヨね」
「ソう
ソれニ
無いんだ
先生の名前」
「『子爵 逢野』っテ言ってタのに、ネットの検索にモ引っかからナい。おかしくナい?」
フリックする指を止めて、夏日は隣にいる春日に問いかけた。
「陞爵がどうトか言ってたシ?あノ先生の事だかラ爵位を勘違いシてるんじゃなイノ?」
春日もタイピングを止めて夏日に答える。
「ううん、大公爵様カら男爵や騎士候マで検索ヲ掛けたケど『逢野』の名前は一文字も無かっタ。
ソんナ身元不明人物がうちの学園に入り込んデるなんテ、ヤっぱりおかしイよ」
訝しむ夏日に春日はうなじを搔きながら思考する。
「そンなに深く考えル事じゃ無いと思うケド?。
ほら最近はプライバシー保護ノ観点かラ名前を名鑑ニ記載さセない貴族も居るって聞クし。
理事長かラも何も言われてもないしサ」
「そう……なのカな?」
夏日はどうにも納得がいかないのか「モう少し調べてミる」と言ってRINEを閉じた。
小用を終えた海流が伏せて置いていたスマホを開くとRINEのトークは途絶えていたが、まあ断りなく先に離席したのは海流だったので、離席中のトークは読まずに急ぎ適当にリアクションをつける。
「引き続きしっかり勉強しろ。板書もキチンと読みやすくまとめて俺様に送るように」とRINEを〆るとベッドの上で寝転んだまま、うーんと伸びをした。
それからベッドサイドデスクに置いておいたサイダーを口に含みシュワシュワの泡を転がす。
南に面した日当たりの良い部屋はメイド達により、風通しを良くしておかなければ夏になるとエアコン無しではやっていられないほど暑くなる。
まだ今は春なので大丈夫だが、ご想像の通りメイドなぞ海流の部屋に足を踏み入れる事は一切無いので万年カーテンは降りたままだ。
何機ものマナ駆動式自走掃除機だけが海流の部屋の床を賑やかに駆け回るが、なにぶん筆頭公爵の長子の為に部屋だけは無駄に広く、空気清浄機もフル稼働しているがとでもじゃ無いが追いついていない。
そんな全面にうっすら埃を被っている傍らの窓のカーテンを、海流は炭酸が抜け始めたなまぬるいサイダーを飲み込み、少し持ち上げる。
小さな隙間から夏にはまだ遠い太陽がゆっくりと、しかし確かに西の山すそに向かって降りて行くのをぼんやりと見送った。
「そろそろメシか。かったりーな……」
海流は独り言ちる。
それもそのはず。
今日は迦允より「日が落ちる前に帰宅する」とRINEに連絡があった。
つまり迦允と夕食を共にしなければならない日なのだ。
いや、普段ならば共食になったとしても、何を言われても右の耳から左の耳へ素通りさせ、パパッと夕食を口にかき込んで自室に戻れば良いので特に気にもしないのだが。現在海流は絶賛登校拒否中と言う事もあり、叱責確定なので顔を合わせるのが憂鬱で仕方なく。
更に言えば、いや確実に乃蒼も同席する。
莎丹も同室に控え、海流が迦允に叱られる様をニヤニヤ見届けるのだろう。
食事だって最近は料理人や使用人に何を混ぜられてるか、分かったもんじゃねーからな。
以前サーブされた飲み物にガラスの欠片が入れられていて口の中を切った事がある海流は、だからこそこの屋敷では自身が買い込んできた食料か、迦允か乃蒼の為にだけ用意された食材を横取りした分しか口に出来ないのだ。
流石に今日の迦允が居る夕食の卓でガラスは入れて来なくても、激辛にされたり逆に味付け無しをサーブされる可能性は大いにある。
面倒くささも最極である。
しかし、だ。
「ふんっ」と海流は気合いを入れた。
叱られんのは仕方ねえ、甘んじて受けるわ。
代わりにクソ親父には俺様の質問に答えて貰う。
山積していた謎の2つ目。
アタオカ先公とクソ親父の関係だ。
我が櫻井魔導学園の教壇に立てる先公は皇国中を見渡しても一握り、誰もがどこかで名前を見たり聞いたことがあるSSS級冒険者や才英の魔術師しか就れねえ。
しかし俺様は「逢野」なんて野郎はネットでも新聞でも見たことがねえ。
なのに新学期直前に最終学年の俺様のクラスの担任教師の席にねじ入って来れたのはすなわち
「逢野」の先公とクソ親父は個人的な繫がりがある、と俺様は考えた!。
あの先公もクソ親父の事を呼び捨てにしかけてたし。
あーやーしーいー。
お袋が亡くなって久しいが、次々と持って来られる後妻の話は全て蹴って仕事と俺様達の教育に全力を注ぎ、浮いた噂のひとつもなく今までやって来た親父が初めて見せた他人の影。
相手が男なのには驚きだが、あの美貌じゃまかり間違ってくらっときてもおかしくは無い。
てかよ。同性婚だってとっくの昔に許可されてんだから、コソコソするこたぁねえだろ?なあ親父。
あの先公と「付き合って」んならそうだとはっきり言って来やがれってっつーの。
全力で拒否するがな!!。
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