第七話 怪物

「あの、何か準備とかはないんですか?」


 夜風を凍えるように、両腕を抱くアリシアさんが不安そうに聞いてきた。

 高貴さを感じる綺麗で上品な、白みのある金髪が、夜の闇に靡く姿はすごく絵になると思う。


「いや、ないよ。もう、今すぐ、ギールのもとへ行こう」

「と言ってもどうやって……」


 アリシアさんに短剣、ジゲートを見せる。すると、アリシアさんは怪訝そうな顔をした。


「……なんですか、これ」


 どうやら伝わらなかったらしい。そういえば、治癒術師は、厳密には魔法使いではなく、神聖術師の一種だった気がする。うっかり忘れていた。

 ならば、これにこもった魔力を感じ取れないのも、不思議ではないか。


「……これは人工宝具、ジゲート。観測した場所へ四回まで転移できる。先の戦いですでに2回使ったから、あと2回だ」

「……人工宝具を使っても、勝てなかったんですね」


 どうやら、絶望感を煽ってしまったようで、アリシアさんはさらに声色を暗くして俯いた。

 彼女の発言を否定したいが、事実なので否めない。本当、ここまで自分の無力さを感じたのは久しぶりだ。


「1回は、ギールへの接近に、もう1回は、アリシアさんの逃走用に取っておく」

「え、でも」

「じゃないと、俺が負けた時、アリシアさんの命の保証ができないだろう。これは保険だ」


 心配するようなアリシアさんに、強く言った。ここまでいえば、アリシアさんも何もいえない。

 ……なんだか、先ほどから安心させるどころか、不安ばかり煽っている気がする。


「とりあえず、ギールの居場所を特定しよう」

「ですが、どうやって……」


 長年親しんだ索敵魔法で、町中とその外周を調べる。ギールの居場所を特定した。どうやら、今まさに街の外に出ようとしている最中らしい。

 先回りしておいた方がいいな。戦闘する場所は、街の外周付近でいいか、アリシアさんは砦の上にでも置いておこう。


「じゃあ、行こうか。アリシアさん、俺の手を握って」

「は、はい」


 アリシアさんが、恐る恐る差し出した手を握る。肉体の接触、これでジゲートの効果範囲になった。

 街の外壁、その砦の上に視線を向ける。ジゲートを強く握り締め、使用する。


 瞬間、景色が変わった。同時に、ジゲートの魔力がさらに一段階弱まる。良かった、回数の計算を間違えていたらどうしようかと。


「よし、じゃあ、俺は降りる。アリシアさんはこれを持っててくれ」


 ジゲートを渡すと、アリシアさんはそれを受け取る。まるで、王から下賜されたように、ジゲートを丁重に、丁寧に、観察している。


「……何やってるの」


 そう聞くと、アリシアさんは慌てて謝罪した。


「す、すみません。人工宝具、見るのも持つのも、初めてで……」

「あーそういうことか、いや、全然いいよ。戦闘が始まるまで、じっくりゆっくり観察すればいい。使い方は、その武器が教えてくれるから、あまり緊張しないで」


 確かに、人口宝具は売っているところも、作れるところもかなり限られる。普通に買おうと思えば、豪邸の一つや二つでは足りないくらいの額が必要だ。

 アリシアさんからすれば、雲の上、都市伝説のような存在かもしれない。


「じゃあ……そろそろ」


 そう言って、行こうとすると突如手首何かが近付く気配がした。それをかわし、背後を見ると、アリシアさんが手を伸ばしていた。

 やはり、まだ心配そうな顔を浮かべている。行き場を失った手をむなしく腰の下で握り、告げる。


「や、やっぱり。持っていってください。人口宝具があれば……そんな、私になんてもったいないですよ」


 目を伏せている。弱々しく、硬い声だ。苦渋の決断だろうに、自分の保険よりも俺の身を案じているのだ。


 正直、自分とは人種が違いすぎて、彼女の気持ちを汲んだ言葉が出てこない。

 クレアさんなら、きっと、気の利いた言葉を言えるだろうが、俺にはそんな真似はできない。せいぜい、気を使った言い方が限界だ。


「何度も言ってるけど、大丈夫」


 それだけ言って、俺は砦の下に降りた。気を使った言い方さえもできなかった。正直、キリがないと思った。

 現状で、彼女の不安を晴らす方法はなかったと思う。


 腰に下げた懐中時計をふと見る。時刻は、夜の7時。街の中はまだ明るいが、外壁の外はもう真っ暗だ。

 少し肌寒い。


「……オイオイ、てめえは今朝のクソ雑魚じゃあねえか」


 寒さに耐えていると、後ろから見覚えのある声がかけられた。もちろん、索敵魔法で、その声の正体はあらかじめ知っている。

 俺は振り向き、今回の敵の正体を確認する。……すると、そこには信じられないことが起きていた。


「お、お前、本当にギールなのか……?」


 今朝見た、筋肉が肥大化し、頭髪も禿げていたかつての大男はもういなかった。身長だけそのままに、髪は腰ほどまで伸びていて、肥大化していた筋肉はスマートに絞られている。

 顔はそのままなのが、気色悪い。しかし、何よりも怖かったのは、その肌だ。ギールの肌は、まるで夜を纏っているかのように、漆黒だった。

 それは、そう言う人種だとか、そう言う問題じゃない。あまりにも、超自然的な、闇とでも言うべき漆黒だ。


 極めつけは、全身に巡っているまるで脈動する血管のような赤い線。

 グランドマスターのいう、魔人化という話が現実味を帯びてきた。


「ああ、見違えただろ?いっやあ、しかし、こうなるまで大変だったぜ。普通の強化剤には限界を感じてはいたが、まさかあの薬にあんな副作用があったなんてなぁ」


 いったいこいつに何が起こったんだ。うろ覚えだが、今朝話していた限りでは、これほど理知的な話はできなかったはずだ。

 怒鳴り、罵声を放つ以外、しなかったはずだ。なのに今は、決して粗い感情は見えない。だが、その仕草ひとつひとつに、冷徹な殺意が籠っている。


「今朝とは、ずいぶん変わったな」

「てめえも、ずいぶん余裕そうじゃねえか。一度死んだら、怖さも忘れたか?」


 ギールは余裕な笑みを浮かべている。


「……闇ギルド、だろう」

「あいつらと出会ったのは一年前、このクスリをキメたのは大体半年か、三ヶ月前だ。正直、あのときは頭が逝っちゃってたからなぁ、時間感覚も曖昧なんだ」


 俺の質問には答えない。だが、その言葉は肯定と捉えても間違いない。


「あれから、大変だったんだぜ?最初のうちは、魔力が湧き上がって、覚えている魔法が、何もしていないのに暴発しだす。しばらくすれば、どんどん暴発する頻度、魔法の数が減っていって、最終的に身体強化の魔法のみが残った。

 体の変形、いや、進化に耐えるためだと奴ら・・は言っていた。そして、やっと今日、俺の体は完全に完成した!」


 ……恐ろしいことだ。制御できないほどの魔力吸収率、そして、契約した魔法の自動発動、果てには種族の変化まで。それが、何の儀式も行わず、薬を摂取するだけで済まされる。

 何よりも恐ろしいのは、それが、このカルニド王国に棲みついているということ。


「よく喋ってくれるんだな。まだ、知能が溶けたままなんじゃないか?」


 挑発を仕掛ける。すると、ギールの顔から、一瞬余裕がなくなる。すぐに、再び余裕の嘲笑を浮かべた。


「くくく、いや、なんだ。軽い礼だよ。俺の『誕生日』に付き合ってくれた、な」


 次の瞬間、相対する殺意が膨れ上がるのを感じる。相手が、どんどん遠い、検査機さえも届かないほど、遠くなる感覚。

 これは、俺と彼の格が遠ざかっているのではなく、実際は遠かったということに気づいている、のだろう。


 だが、まあ、関係ない。能力の強弱が、強さの絶対指標じゃない。俺は、それを識っている。経験してきた。


「捕らえたら、喋ってもらうぞ。闇ギルドについて」

「ああ?てめえ、まだ身の程が分かってねえようだな」


 ゆらりと、ギールの身体が霞む。だが、あらかじめ俺は全身を強化している。もちろん、眼球も。

 強化された動体視力は高速移動するギールの見たことのない様な動きをしっかりと捕らえている。

 未知の攻撃方法、不意打ち。


 紙一重、躱わした。


 拳を繰り出してきた先を見る。そこには、自信満々な表情を崩す不細工なギールの顔があった。

 伸びた腕を掴んで、投げ飛ばす。身長は、俺よりも少し上ほど。魔法的に体重が増えているわけでもない。簡単に投げ飛ばせた。


「お、おわ!」


 ギールは間抜けな声を出して転がった。受け身も満足に取れていない。だが、ダメージもない。


「頑丈だな」


 では魔法攻撃はどうだろう。今朝は、ただの小爆破魔法で致命傷を負っていた。

 体勢を立て直し、変わらず、先ほどと同じように消えるギール。よほど自分の能力に自信があるのか。


「<小爆破魔法クリティカ>」


 次は、魔法を合わせる。確かな手応えとともに、ギールは爆炎に包まれ、またもや惨めに転がった。

 しかし、やはりノーダメージ。いや、すぐに再生しているのだろうか。外傷はないが、ギールは痛そうに攻撃の当たった顔面を押さえ、うめいている。


「ちくしょう!ちくしょう!てめえだけはぜってぇぶっ殺してやる!」


 ああ、やはり大して効果なしか。やはり、再生能力もかなり上昇している。

 となると、連行するには少し面倒だが、拘束魔法しかないか。俺の得意とする拘束魔法、<磔刑魔法>は条件を満たせば強力な拘束効果を持つ。

 だが、その欠点として、<磔刑魔法>は対象をその場に拘束する魔法だ。連行ができない。


 それに、万が一、物理的に破られるという可能性もないわけではない。


「魔法でも!俺の方が!圧倒的なんだよ!」


 そう言って、ギールは詠唱を始めた。ここでひとついい報せ、どうやら魔人科の薬といえど、無詠唱ができるようになるわけではないらしい。

 それなら、俺の方が十手早い。


 <揺動魔法>──小規模な地震を起こす土属性の初級魔法である。本来は、地の利を強制的に作り出すために使うが、今回は少し応用する。

 範囲の制限と、出力の増加。もちろん、魔力消費は跳ね上がるが、それでも意味は十分にある。


 俺は、自分の足元を強烈に、かつ瞬間的に揺れ動かす。それは、揺れるというよりも、撥ねるに近い。

 同時に、多重詠唱、<身体強化魔法>により、脚力を集中強化する。


 一瞬、俺はおよそ馬5頭分の距離を、ほんの一瞬で跳躍した。


 だが、相手もそれほど馬鹿じゃない。この程度の速度なら、簡単ではないが反応できる。

 即座に詠唱をやめて、バックステップをした。おかげで、俺の間合いからほんの少しだけ外れる。


 ようやく、ギールの表情から焦りが見える。もしくは、些細な緊張。奴にとって、この戦いが単なる蹂躙から、戦闘へと変わったのだ。


「た、多重魔法!?」


 よく気づいたな、かなりわかりづらかったと思うが。もしかすると、薬の効果で洞察力も上がっているのかもしれない。

 だが、これで驚かれては困る。少し、安心してしまうじゃないか。


 <身体強化魔法>、<魔力探知>、付与魔法エンチャント<鈍化>


 常に身体能力を強化しながら、相手の魔力の動きも探知、加えて、攻撃に鈍化の効果を付与する。

 鈍化の魔法により、俺の攻撃を与えれば与えるほど、ギールの行動は鈍化していく。


 急激な戦闘スピードの変化に、対応し続けられるはずもなく、ついにギールに一撃与えることに成功した。


「チッ、素手かよ!気色悪りぃ!」


 対してダメージは喰らっていない様子。しかし、付与魔法も効いていない。なんだ、そういうことか。


 ヤケクソに振るわれたカウンターを躱す。


「あんときの武器はどうした。確か、かなり上等な武器だっただろ?」

「ああ、お前にあれはいらないと思ってな」

「こんの……クソ野郎があ!!」


 ついにギールは激怒した。真っ黒な肌が、ほんのりと怒気を纏う。


「死ねやあ!」


 ギールは三度姿を消す。先ほど、攻撃を与えて分かったことがある。奴の体は、常に防御魔法に覆われている。まるで、薄い膜が張っているかのようだ。

 あれを突破しない限り、拘束魔法のような干渉系の魔法は通用しない。


 防御魔法の突破法、それは、シンプルだ。魔力が尽きるまで、魔法を傷つける。

 先ほど、超至近距離の小爆破魔法でギールはダメージを負っていた。つまり、あれほどの威力なら有効、防御魔法を破壊できる。


 だが、どうだろう、問題は魔力と体。至近距離の小爆破魔法でもあの程度のダメージ、そして、奴には無尽蔵の魔力、そして高速再生がある。


 今出せる解はひとつだ。防御魔法を破壊した際に、隙間なく拘束魔法を叩き込む。


 ワンパターンに攻めてくるギールをかわし、しっかりと狙いを定め、魔法を放つ。

 命中、奴の頭部が大きな煙と炎に包まれる。だが、吹き飛ぶ前にすぐにそこに手を伸ばす。


 爆風を掻き分け、右腕が焼け焦げる。


 世界がやけに遅く見えた。煙で隠れた奴の顔面に、俺の腕がゆっくりと伸びる。早く着いてくれ、何百と分割された1秒で、そう何度も願った。


 そして、ついに触れる。魔法、射程圏内。あとは、魔法の条件「対象が、接地していること」これが満たされていれば、魔法は発動する。


 <磔刑魔法>────成功。


 瞬く間に足元から生えた茨が、ギールの全身にまきついた。そして、その背中を吊るすように大きな茨の幹がするりと伸びる。

 高速の領域に達したギールにとって、自分が拘束されるまでの光景はかなり遅く見えたことだろう。俺にとってもそうだ。


 だが、ギールの行動は伸び続ける茨に阻害される。


 やがて、ギールはそこに、磔にされた。


 これにて、一件落着。……とか。


「そう、簡単にはいかないよな」


 俺の拘束魔法は強力だ。対象の強さに応じて、その強度、拘束の複雑さは増す。それは、上位の封印魔法と呼ばれる系列と比べても見劣りしないものだ。

 だが、あくまで初級魔法、あくまで物理的な拘束。もちろん、その拘束力には限界があった。


 ギールは、茨の棘に全身を貫かれ、穴を開け、血を流しながら一本、また一本と茨の蔓を引きちぎっていく。

 魔法としての形から外れた蔓達は、引きちぎられた瞬間に、魔力となって空中に溶けて消える。


 つまり、ギールの腕力が俺の魔法を上回っていたということだ。


 正直、驚きだった。これまで、俺の拘束魔法が破られたことはほとんどない。というか、これを破った人間は存在しない。

 まあ、今のこいつを人間と呼んでいいのか、甚だ疑問ではある。


 でも、想定外ではない。

 もはや、こいつ相手に油断はしていない。常に、想定内のひとまわり外の範囲も想定している。


 詠唱は、すでに終了している。


 俺が、Cランクに名を連ねることができた理由。それは、俺がこの魔法を習得したからに他ならない。


 変身魔法─────。



「<◾️◾️◾️◾️ヴァーギ・フトゥン>」



 俺の切り札。

 相手が未知の化け物なら、こちらも、相手にとって未知の怪物になればいい。

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ギルド職員となった元Cランク冒険者の後日談 にじおん @betunosekai

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