第4話 偶然
「天使様、ご安心ください」
神官長のその言葉が、もはや呪いのように聞こえる今日この頃。僕の天使パワーは依然として行方不明で、焦りだけが募っていく。
情報収集も空振り続きで、天界からの迎えもない。完全に詰んでるんじゃないか、これ?
そんな鬱々とした気分で神殿の窓からぼんやり外を眺めていると、またしてもけたたましい足音が廊下に響いた。デジャブ感がすごい。
案の定、息を切らした若い騎士が駆け込んできた。
「ご、ご報告いたします! 神殿からさほど離れていない森にて、魔物の小集団を確認! 薬草採取中の村人数名が、森から出られずにいる模様です!」
(ほら来た! 絶対こうなると思った!)
僕の心臓が嫌な音を立てて跳ねる。前回は「まだ回復してなくて~」で切り抜けたけど、今回はどうだ?
さすがに「まだ本調子じゃないんですぅ」は通用しないんじゃ…。
神官長が心配そうな顔で僕を見る。「天使様…いかがいたしましょうか。騎士団は直ちに出動させますが…」
その視線は雄弁に語っている。「天使様も、そろそろ…ね?」と。
隣に控えていた騎士団長のライナスさんも、黙って僕の反応を窺っている。その鋭い視線が痛い。ここで断れば、「やはり何か隠しているのでは?」という疑念を深めるだけだろう。
(うぅ…どうすれば…)
行っても何もできないのは分かっている。でも、行かないわけにもいかない雰囲気がひしひしと伝わってくる。
僕が答えに窮していると、報告に来た若い騎士が、キラキラした瞳で僕を見上げて言った。希望に満ち溢れた、純粋な瞳だ。やめてくれ、そんな目で見ないでくれ!
「天使様! もし、もしよろしければ、現場まで御足労いただけないでしょうか! 貴方様が御身をお示しになるだけで、我々兵士の士気は天を衝き、村人たちの不安もたちまち霧散することでしょう!」
…ん? いるだけ?
その手があったか! 戦闘に参加しろとは言われていない。「いるだけ」で士気が上がるなら、安いものだ。後方の安全な場所で、ありがたいお言葉でも考えていればいいのかもしれない。
「…分かりました」僕は意を決して、できるだけ威厳を保つように頷いた。
「僕がいることで皆さんの力になるのなら、喜んで参りましょう。ただし、ご存知の通り、まだ力は万全ではありません。戦闘そのものは、頼れる騎士団の皆さんにお任せすることになりますが、よろしいですか?」
念には念を入れて、予防線を張っておく。重要だ、これは。頼れる人たちに任せよう。
「おおっ! ありがとうございます、天使様!」
若い騎士は感激したように声を上げ、神官長は「なんと慈悲深く、そして謙虚な…!」と感涙にむせび始めた。
ライナス団長は、一瞬、眉をピクリと動かした気がしたが、「承知いたしました。天使様の御身は、我々が必ずやお守りいたします」と恭しく頭を下げた。
こうして、僕はあれよあれよという間に、魔物討伐(という名の現場視察ツアー)に同行することが決定した。
もちろん、移動は安全な馬車。周囲は屈強な騎士たちでがっちりガードされている。VIP待遇はありがたいけど、胃がキリキリしてきた。
いつかには記憶が無くて、力も使えないことを話さないといけないのに、それが時間を経るごとに難しくなっているような気がした。
◇
森の入口に到着すると、既に数名の騎士が展開し、森の奥を警戒していた。近くには、不安そうな顔をした村人たちが身を寄せ合っている。ピリッとした緊張感が漂っていた。
「天使様がお見えになったぞ!」
誰かの声が響くと、騎士たちや村人たちの顔に、ぱっと安堵の色が浮かんだ。
「おお、天使様…!」「これで助かる!」
口々に上がる声。いや、だから、僕はいるだけだってば! プレッシャーが半端ない!
僕はライナス団長に護衛されながら馬車を降り、騎士の軍隊の少し後ろにある小高い岩の上に案内された。
ここからなら、騎士たちの戦う様子が見えるし、騎士たちも僕を見れる。隣には心配そうなエリアさんが控えてくれているけど、僕の方がよっぽど心配だ。
「報告にあった魔物はゴブリンの亜種。知能は低く、数もおよそ30体程度。特筆すべき脅威ではありません。騎士団のみで十分対処可能です」
ライナス団長が冷静に状況を説明してくれる。
(ゴブリンか…ゲームでよく見る雑魚キャラだ。弱いって言ってるし、まあ大丈夫だろう…多分)
「突撃!」
ライナス団長の号令一下、騎士たちが森の中へと駆けていく。すぐに剣がぶつかる音や、ゴブリンのものと思われる甲高い奇声が聞こえてきた。
僕は岩の上で、ただ固唾を飲んで見守るしかない。
(早く終わってくれ…! 何も起こりませんように…! 僕の出番がありませんように…!)
胸の前でぎゅっと手を握りしめる。祈りのポーズは効かなかったけど、気休めだ。
その、まさにその時だった。
「ぐわっ!」
「しまった! 森の奥から新手だ!」
僕の近くにいる騎士の一人が、岩の近くの茂みから飛び出してきた一回り大きなゴブリンに不意を突かれ、地面に叩きつけられた!
ゴブリンは汚らしい棍棒を振りかぶり、倒れた騎士にトドメを刺そうとしている!
「まずい!」
ライナス団長が駆けつけようとするが、他のゴブリンに足止めされて間に合わない!
目の前で、騎士さんが殺される…!
(うわああああ! 助けなきゃ! でもどうやって!? 僕に何ができる!?)
思考が完全にショートする。パニックになった僕は、もはや考えるよりも先に、ほとんど反射的に、倒れた騎士とゴブリンの間に向かって、叫びながら両手を突き出していた!
「や、やめろおおおっ!!」
その瞬間。
ピカァァァァッ!!!
僕の両手から、目も眩むような強烈な白い光が現れた!
まるで巨大なフラッシュを焚いたかのように、森全体が一瞬、白に染まる。ゴブリンも騎士も、一瞬動きを止めた。
光が収まった時、何が起こったのか、僕自身も呆然としていた。
目の前の光景は、奇妙としか言いようがなかった。
棍棒を振り上げていたリーダー格のゴブリンは、なぜか白目を剥いてその場でプルプルと震えながら泡を吹き、完全に気絶している。
他のゴブリンたちは、その異様な光景と光に恐れをなしたのか、一目散に森の奥へと逃げ去っていった。
そして…僕の手から放たれた(と思われる)光が直撃した地面には…なぜか、色とりどりの小さな花が、まるで魔法のようにぽわぽわと咲き乱れていた。
…は? 花? なんで??
辺りは一瞬の静寂に包まれ、次の瞬間、わあっと大歓声が巻き起こった。
「す、すげえ! 天使様の光が悪しきゴブリンを!」
「邪気が浄化されたんだ!」
「見てください! 光の跡に美しい花が…! これぞまさしく奇跡の御業!」
「私を助けて下さり、本当に、あ、ありがとうございます!!天使様!」
「ア、ハイ、どういたしまして…お怪我は大丈夫ですか?」
騎士たちも村人たちも、興奮冷めやらぬ様子で口々に叫んでいる。倒れていた騎士も、呆然としながらも無事なようだ。よかった…!
神官長は感涙にむせびながら僕の前に駆け寄り、ひざまずいた。
「おお…天使様…! まだお力が完全ではないと仰せでありながら、危機に瀕した我らを救うため、その尊き御力をお示しくださるとは…! なんと、なんとありがたいことでしょう!」
エリアさんも、驚きと尊敬が入り混じった、熱っぽい瞳で僕を見つめている。
な、なんなんだ、あの光と花…。これが、魔王を倒した天使の力?なんか、よく分からない。
それにしても、こんな適当にもし天使の力を使ったんだったら、体の魔力的なものが足りなくなってもおかしくない。
そう思うと途端に疲れてきたような気がする。
だんだん体の力が抜けていき、最後にはその場に座り込んだ。
「天使様!?大丈夫でございますか…?」
「はい…少し疲れただけで問題はありません」
そう答える。安心した表情を浮かべたエリアさんの手を借りながらなんとか馬車の近くまで戻ってきた。
その頃…ライナス団長は…眉間に深い皺を寄せ、気絶したゴブリンと、地面に咲き乱れる謎の花々と、そして僕の顔を、何かを分析するかのように、じっと交互に見ている。
「な、なんでしょうか…?」
「いえ、なんでもありません。私たち騎士団の一員を助けてくださり、感謝の意でいっぱいでございます。」
(ち、違う! 違うんだってば! 本当に偶然! たまたま! パニックになって手を出したら、なんかよく分からない光が出て、花が咲いただけなんだって! )
僕の内心の絶叫は、歓声にかき消されて誰にも届かない。
結果として、僕が放った「光」によって、魔物の脅威は去り、人々は救われた形になってしまった。
「さすがは我らが天使様!」
「天使様がいれば百人力だ!」
口々に上がる称賛の声と、ますます熱を帯びる期待の視線。
僕は引きつった笑顔を浮かべながら、内心で盛大に頭を抱えるしかなかった。
どうしよう。
これ、ますます「記憶喪失で力使えません」なんて言えなくなっちゃったんですけど…!
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