0-2 少女の苦悩

「そしてついになかまとともに政府を打ち倒すことに成功したのです!あらたな指導者となったレオニートさまは決してえらそうにせず、ひとびとを幸せになるように導きました…」

 ひとりの少女が本から目を上げる。少女は『賢者と従者』と表紙に大きく書かれたその本を閉じると窓の外に目をやった。彼女を乗せる汽車は止まることなく進む。それと同時に、彼女の目に映る景色も目にも止まらぬ速さで変わっていった。


 彼女の名はデイジー・ヴァイザー。彼女は今まで、ただの本好きの女の子として生きていた。しかし、誕生日に両親から告げられた言葉によって、彼女の人生はがらりと変わってしまったのだ。


—12歳の誕生日おめでとう、デイジー。実はずっと黙っていたことがあるんだ……。

うちはな、賢者さまの末裔なのだよ。


—ついにあなたが次の賢者さまとして目覚めるときがきたのね、デイジー。あなたはプライマリースクールを出たら、賢者カロージェロさまがお作りになったリーゼカレッジに行くのよ。


—多くの試練がおまえを待ちうけていることだろう。だが心配はなにもいらない。お前の中には、偉大なる賢者さまたちの血が流れているのだからね。


 両親が涙ながらにかけてきた言葉が蘇る。デイジーはうつむいた。ここにくる前に着せられた、カレッジ規定の紺色のジャンパースカートに涙が落ちる。


(どうして……どうして私なの?私はただの読書好き…賢者さまなんてそんなすごいものじゃないのに……)


「こんにちは!お隣いいかな?」


ふとデイジーが座っている席の扉が開き、デイジーの頭上から彼女の悩みを全て吹き飛ばすような明るい声が響く。彼女が見上げると、そこには一人の恰幅のいい少年が立っていた。


「あ……ど、どうぞ」デイジーはできるだけスペースを開けて彼に座るように促した。彼は「ありがとう!やっぱりずっと立ってようと思ったけど、足がどうしてもしんどくて…!」とデイジーの隣に腰を下ろす。


「君は……リーゼカレッジの新入生だよね?」話しかけてくる少年。デイジーが頷くと、彼は心底嬉しそうに微笑んだ。


「よかった!実は僕もなんだ!…僕はファジー。ファジー・ブーランジェ。君は?」


「……デイジー。デイジー・ヴァイザーっていいます……」


デイジーがおずおずと答えると、「デイジーっていうんだね、よろしく!」とファジーは彼女に握手を求める。デイジーが握ったその手はふわふわで暖かく、握っているとどこか安心するような手だった。


 ファジーは手を離すと、まじまじとデイジーを見つめる。デイジーは怯えて「な、なんですか……?」とファジーに問う。


 彼は目を合わせながらデイジーに尋ねた。

「……不安?」


どきりとするデイジー。彼女は遠慮がちにこくん、と頷いた。


 だが、ファジーの返答はデイジーが予想していたものとは全く違うものだった。


「なら、これをどうぞ!」


そう言ったファジーはカバンを少し開け、ゴソゴソと漁る。そこから取り出したのは透明な袋に入った美味しそうなラスク。ファジーはなんの躊躇いもなく、デイジーにラスクを袋ごと手渡した。

「しんどい時には甘いものだよ。さ、どうぞ!」微笑むファジー。デイジーは「こ、こんなにたくさん貰えませんよ!」と謙遜するがファジーは笑顔で応えた。


「大丈夫!うち、実家がパン屋さんなんだ。それで父さんと母さんがいっぱい持たせてくれたから、おかわりもあるよ!だから遠慮なくどうぞ!」


「あ、ありがとうございます……」デイジーは少しだけ頭を下げると、袋を開けてラスクを一枚取り出し、ぱくっと口に入れた。口の中に優しい甘みが広がり、それと同時に感じていた不安や悩みも薄らいでいく。


「ありがとう……ございます。とっても美味しいです。」デイジーはファジーに頭を下げた。ファジーは「ふふ、そうでしょ!」と、にこにこしながらデイジーを見つめているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る