第5話 思い出作り

 剣影は三人分のコーンスープを作り、ゆっくりかけ混ぜながら溶かし、適度な温度になった頃を見計らって机に並べた。


 剣影「どうぞ。」


 袖雪「ありがとう。頂きます。」


そう言って袖雪は手のひらで大まかな温度を確かめながら火傷しない様に少しだけ舌を出して舐めてみた。


 袖雪「これなら私でも飲めそうだ。」


 剣影「猫舌か?」


 袖雪「ああ………そうだ、昔にも似た様な事があったな。」


 剣影「昔?」


袖雪はコーンスープの入ったコップを両手で包み、恥ずかしさを隠すように顔を下に向けながら話し始めた。


 袖雪「小学生の頃、その時から私は強かったが、一人だけどうしても勝てない男の子が居たんだ。手も足も出ないといった感じでな。負ける事はあってもあんなに完敗したのはあの子と剣影だけだ。それで、恥ずかしい話しだが私は負ける度に号泣してた。そしてその男の子が毎回私にコーンスープをくれたんだ。自販機の缶の奴、冬になると今でも買ってしまうよ。」


 剣影「………………そうか。」


 袖雪「何時か勝ってやろうと日々練習に励んでいたがその子はどうやら千葉に引っ越してしまったみたいで………………………千葉?」


 剣影「………………」


 袖雪「………………おい剣影、出身はどこだ?」


 剣影「俺は千葉生まれ千葉育ちだけど………………」


 袖雪「………………此処にいろ。」


袖雪はそう言うと立ち上がり、家の中を物色し始めた。


 剣影「おいおい人の家で何してんだよ!」


袖雪は引き出しを開け、ロッカーを開け、しまいには冷蔵庫も開け、剣影が幼い頃の写真を探した。


 袖雪「ん? これは………………」


袖雪は御宝前にあった一枚の写真を目にし、手に取って確かめた。


 袖雪「九州………………」


そこには賞状を持って笑っている剣影とその両親、剣影のたれには所属している道場の名が入っていた。


 袖雪「私と同じ道場だ。」


 剣影「そうだっけ?」

 

 袖雪「何で言わなかった!」


袖雪は剣影に詰め寄り、胸元を掴んだ。


 剣影「知らなかったんだよ! 小学生の頃の事なんて覚えてる訳ないだろ!」


 袖雪「私は片時も忘れた事ない! お前が私の人生にどれ程影響を与えたのか分かっているのか!」


 剣影「知らん! 俺からしたらお前は有象無象の内の一人に過ぎん!」


 袖雪「うっ………………」


袖雪は痛い所を突かれた様に一歩下がり、腕を降ろし、項垂れた。


 袖雪「そうだよな………………すまない。」


 剣影「………………ああ。」


 袖雪「弱い私が悪いんだ。でも、お前のおかげで練習に励めたから怒るんじゃなくて感謝しないとな。」


 剣影「………………思い出したよ。」


 袖雪「え?」


 剣影「毎回負かしてるのに諦めず立ち向かってくる奴が居たな。それで…………毎回泣かれるし、かわいかったからコーンスープをあげてたんだ。」


 袖雪「かわいい…………くっ! そう思われるのは仕方ないか、泣くなんて弱弱しいものな。猫の様にかわいいと思うのは仕方ない事だ。」



 剣影「(そういう訳じゃなんだよな~)」


 袖雪「剣影! やはりお前は私の運命の人だ!」


 剣影「え?」


 袖雪「必ず何時かお前に勝つからな! 覚悟しておくんだ!」


 剣影「まあ、頑張れよ。」


 袖雪「ああ!」


 剣影「まあ運命の人じゃないと思うけど。」


 袖雪「何を言ってるんだ! こんな奇跡があるか! 絶対運命だ! 剣道の神様が私達を引き合わせてくれたんだ!」


 剣影「そう興奮するなよ。つーか、飲み終わったら帰れよ。俺は今日は学校行く気ないからな。」


 袖雪「もう少しこの家に居させてもらうからな。この家には剣影の強さが隠されているに違いない。」


袖雪は何かを感知したかの様に二階へと駆け上がり、剣影はそれを追いかけた。


 剣影「待て!」


バンッ!


 袖雪「ここか! ………………ん?」


ドアを壊す勢いで袖雪が開けた部屋は剣影の部屋だった。リビングやキッチンとは違い、漫画や雑誌が散乱し、布団も皺だらけで床に放り出されており、カーテンも開けられていなかった。


 袖雪「こんな部屋に住むなんて正気の沙汰じゃない、これが剣影の強さの秘密だというのか………………」


 剣影「掃除が苦手なだけだ。早く出ろ。」


 袖雪「仕方ない、掃除してやる。」


袖雪はそう言いながら床に散乱している漫画と雑誌を集め始めた。


 剣影「いいって、俺がやるから。」


 袖雪「掃除が苦手なんだろ? 一緒にやろう。」


 剣影「はぁ………(まあ掃除してくれるんならいいか。)」


剣影は床に落ちてた次女の奇妙な冒険の第二十七巻を手に取り、ベッドに寝転がって読み始めた。


 袖雪「け~ん~え~い~掃除はどうした掃除は!」


 剣影「何だよ、やってくれるんだろ? ご苦労さん。」


 袖雪「お前もやるんだ!」


袖雪が剣影に指を指しながらそう言ったが、剣影は袖雪に背中を向けてまた漫画を読み始めた。


 袖雪「はぁ…………何がいいんだか。」


 剣影「掃除をしないなら帰れ。」


 袖雪「何であんなに強いんだ? 練習をしないと誰だって強くなれないし、しないと弱くなっていく一方だ。それは剣道漫画じゃないよな?」


 剣影「超能力だな、読むか?」


 袖雪「漫画もゲームもやった事が無い。厳しく育てられたからな。」


 剣影「蛍とはよく漫画読んだりゲームしたりするけどな。」


 袖雪「両親は私を少々厳しく育て過ぎたと思ったのか、蛍には結構甘かったんだ。」


 剣影「そりゃこんな性格になったんだからやっちまったと思っただろうな。」


 袖雪「どういう事だ?」


 剣影「何でもない。」


ガタッ


 剣影「ん?」


一階から物音が聞こえ、剣影が階段まで行くと………………


 蛍「お邪魔しました~!」


 剣影「あっ! おい!」


蛍がそう言いながら足早に剣影の家を出て行ってしまった。


 剣影「何であんなに急いでんだよ………………」


 袖雪「蛍は帰ってしまったのか?」


 剣影「その様だな。」


 袖雪「私達もそろそろ戻るぞ。」


 剣影「だから、俺はもう学校には戻らねぇって。」


 袖雪「学校には行かなきゃ駄目だ! 部活もあるしな!」


 剣影「いいよ、面倒くさい。俺はもう…………寝るのは後にしてバイクでもいじろうかな。」


 袖雪「バイク?」


剣影は一階に降り、玄関を出てバイクの傍まで向かった。


 剣影「何だ止んでるのか、もう少しゲーセンに居れば良かったな。」


 袖雪「バイクでも何でもいいが、ちゃんと学校には行くんだぞ? 剣影の親はこんな自堕落な生活を許しているのか?」


 剣影「親は死んだ。さっき遺影見ただろ。」


 袖雪「え? 死んだのか? 何で死んだんだ?」


 剣影「お前にはデリカシーってもんはないのか、まあいいけど。事故だよ事故。」


 袖雪「剣道の事故か?」


 剣影「何でなんでも剣道と結び付けようとするんだよ。親父とおふくろはサーファーでな、千葉に引っ越したのも海のある所に行きたかったんだと。それでおふくろが溺れて、それを助けようとした親父も死んだ。」


 袖雪「そうだったのか…………じゃあ今は一人暮らしか?」


 剣影「ああ。」


 袖雪「大変だな。私にできる事があったら教えてくれ。今日は剣影が勝ったんだから私の事、好きにしていいぞ?」


 剣影「じゃあ帰れ。」


 袖雪「駄目だ、一緒に学校に行くぞ。」


 剣影「あのなぁ……………まあいい、バイクで行くから先に行ってろ。」


 袖雪「私もバイクに乗せてくれ、見張るから。」


 剣影「…………いいだろう。」


剣影は袖雪にヘルメットを渡し、自分もヘルメットを付けてバイクに跨った。


 剣影「しっかり掴まってろよ。」


 袖雪「ああ。」


袖雪は剣影の後ろに乗り、剣影に抱き着いた。剣影は背中に当たる柔らかい感触に気付かない振りをしながらバイクを発進させた。


 袖雪「………………ん? 何処に向かっている? 学校に向ってるんだよな?」


 剣影「学校には行かない。このまま気ままにドライブする。」


 袖雪「な!? 騙したな!? 卑劣な奴!」


 剣影「騙される方が悪いんだ。」


 袖雪「くっ! かくなる上飛び降りるしかないか!」


 剣影「おい! 冗談だよな!? お前が言うと洒落に聞こえないんだが!?」


 袖雪「やるぞ…………やるからな。」


 剣影「ま、待て!」


剣影は片手で袖雪の手を抑え、袖雪がバイクから飛び降りない様にし、近くのコンビニに止まった。そして二人は一旦バイクを降りた。


 剣影「終わってるわ、お前。」


 袖雪「此処は何だ?}


 剣影「コンビニだろ、何か買うのか?」


 袖雪「コンビニ……………入った事ないな。」


 剣影「え? マジ?」


 袖雪「色々な物が売っているんだろう? そもそも余り買い物をしないからな………………」


 剣影「ちょっとお茶でも買うかな、何かいるか?」


剣影はそう言ってスマホを取り出し、残高を確認した。


 袖雪「それはスマホだよな?」


 剣影「まさかスマホを持った事ないなんて言うんじゃないだろうな?」


 袖雪「両親から高校入学祝いとして貰ったんだが、良く分からなくてな、教えてくれないか?」


袖雪はそう言って鞄からチタンでできた最新型のスマホを取り出した。


 剣影「宝の持ち腐れだな。」

 

 袖雪「どういう事だ?」


 剣影「スマホで何がしたいんだ? ゲームも動画も見ないんだろ?」


 袖雪「蛍が一緒に会話できるようにしてくれたんだが、剣影とも繋がりたいんだ。」


 剣影「貸してみ。」


袖雪は剣影にスマホを渡した。


 剣影「パスワードは?」


 袖雪「パスワード?」


 剣影「あっ、普通に開いた。ちゃんと設定しておかなくちゃ駄目だぜ?」


 袖雪「パスワードか、数字か?」


 剣影「ああ、四桁が一般的だな。誕生日以外で好きな数字を設定するといい。誕生部だと直ぐにバレるからな。」


 袖雪「誕生日以外…………じゃあ0408はどうだ?」


 剣影「何の数字だ?」


 袖雪「今日の日付だ。」


 剣影「安直…………まあいいや、そういう方がいいかもな。」


剣影はパスワードを0408にし、連絡アプリを開き、自分のスマホを取り出して袖雪と繋がった。


 剣影「これで繋がった。何か送ってみろよ。」


 袖雪「わ、分かった。」


   

            宮本剣影



袖雪 これでいいのか?

                  ああ、送れてる。 剣影


袖雪 じゃあ何時でもこうして

   連絡を取る事ができるの

   か?

                       ああ。 剣影 


 袖雪 電話もできるのか?


                 上の受話器のアイコンを

                 押してみろ。    剣影


プルルッ


 袖雪「あ、あー聞こえるか?」


 剣影「まあ隣に居るからな。」


 袖雪「凄いなこれ!」


 剣影「羨ましいよ、これからスマホの素晴らしさを体感できるなんて。」


 袖雪「剣影のとは違うんだな? 色とか画面とか……………」


 剣影「スマホといっても色々あるしな。それにホーム画面がバイクなのは俺が設定したんだ。好きな画像をホームにできる。」


 袖雪「そうなのか…………写真も撮れるんだよな?」


 剣影「右下のアイコンだ。」


 袖雪「私もカメラ位は使った事があるぞ!」


袖雪はカメラを開き、横で油断していた剣影の写真を撮った。


 剣影「何で俺の写真を撮るんだよ。」


 袖雪「一緒に撮らないか? 思い出にしたいんだ。」


 剣影「まあ……………いいけど。」


袖雪は内カメにし、スマホの位置を調整して慣れないピースを指でつくり、剣影は袖雪の顔の直ぐ横でふてくされながらピースをした。


カシャッ


 袖雪「良し! 撮れた!」


 剣影「人に見せたりするなよ?」


 袖雪「ありがとう剣影、いい思い出ができた。」


 剣影「まあ…………良かったよ。」

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