第7話 もちろん入ります

「というわけで、実行委員に新たな新人が入った。1番の下っ端として扱うように」

「よろしくお願いします」


 帰りのHRが終わり、やってきたのは生徒会室。

 委員長もとい、生徒会長は赤い髪を靡かせ、悠然という言葉を具現化した振る舞いで、隣に立つ愁斗をとある席に誘導する。


「それじゃあ新人は水瀬くんの隣に座ってもらおうかな」


 悠然が過ぎるが故にか、碧海のことをくん付けする生徒会長。

 愁斗自身も疑問が湧いたが、席に座る誰も反応しないことを悟り、小さな頷きを返して碧海の隣へと歩いていく。


 そうして集まるのは、言わずもがなの羨望の視線たち。

 それは愁斗の隣に座る碧海に向けてでもあり、愁斗という存在への嫉妬でもある。


 この場にいる人間よりも優れているのが、この氷野愁斗という人間であり、この教室にいる”生徒会長を除いた”人間など相手にもならない。


 だからこそ羨む。

 その才能を。その容姿を。その能力を。


「相変わらずの人気だね?好きです付き合ってください」

「暇さえあれば告白するその癖やめろ」

「えぇ〜?いいじゃん〜」


 視線は集まるくせに、誰にも聞こえないように潜めた声で話す2人に、女生徒が抱くのは嫉妬心。


 愁斗のクラスの女生徒はここに居ない。だが、また別の女生徒がいるわけで、その女生徒たちが愁斗を好きであるのも必然であり、隣に座る碧海と話しているのが恨めしいと思うのも当然。


 碧海自身、そんな人達を煽るつもりなんて微塵もない……が、注目されたことで自惚れてしまったのだろう。

 小さく挙げた手を小さく振り始めてしまったのだ。


「絶対あの子私のファンじゃん」


 そんな言葉を添えて、ほほ笑み顔を浮かべながら。


 そうすれば、むき出しになった八重歯はさらに鋭くなり、あろうことかドンッと机を叩いて腰を上げてしまった。


「生徒会長!あの女はこの場に相応しくないです!」


 悠然と説明する生徒会長の話を区切り、碧海を指差しながら紡ぐ。


 ファンだと思ってた子の突然の発言に真っ先に目を丸くするのは碧海。

 けれど碧海だけには留まらず、当たりの男子女子ともに目を丸くし、瞬きを繰り返しながら息を荒くする女生徒を見続ける。


「どこが相応しくないと言うんだい?」


 けど、生徒会長だけは動揺のひとつも見せず、相変わらずの悠然な口調で女生徒の言い分に耳を傾ける。


「あろうことか生徒会長のお話中に氷野さんと話し始めたのです!終いの果てには私の顔を見てニヤケッ面を向けてきたんです!我が校の体育祭は特別です!そんな特別な体育祭をあの女には任せておけません!」


 長々と並べられる言葉は、正直聞くに堪えない。

 ポカンと口を開く碧海はともかくとして、腕を組む愁斗は全部を聞くこともなく生徒会長に目を向け続ける。


 そんな愁斗とは違い、生徒会長は全ての発言に耳を傾けていた。

 何度も頷き、一通り頭の中で女生徒の発言がまとまったのだろう。


 腕を組んだままの生徒会長は、大きな胸を押しつぶしながら紡ぐ。


「それはつまり、君も聞いていなかったってことだね?私が話している間、後方に座る水瀬くんを見続け、挙句の果てには私の話を中断させた。そういうことだね?」

「……っ!」


 核心を突かれたからだろう。

 大きく眼を見開き、言葉を詰まらせた女生徒だが、負けじとドンッと机を叩いて紡ぐ。


「ち、ちがいます!私はただ、新人の見張りをしていただけで――」

「私は君にそんな任務を与えたかな?隣の席である水瀬くんが見張りをするならともかくとして、君がする義務はないはずだ」

「…………」


 的を射た生徒会長の発言に押し黙ることしかできない女生徒は、やがて腰を落としていく。

 その様は、とあるカードバトルアニメで負けた悪役が膝から崩れ落ちていくように、ゆっくりと。


 理解が追いつかないでいる碧海を知ってか知らずか、表情ひとつも変えない生徒会長は、腕を組んだまま碧海に告げる。


「この際だから言っておこう。今日入った新人とともに動くのは水瀬くんだ。彼がこの学園で有名なのは私も知っている。そして、今のように難癖を付ける者も存在し、あわよくば自分が教育したいと思う女生徒もこの中にいるだろう」


 力強い声で言う生徒会長はひとりひとりの目を見やり、そのたびに肩を跳ねさせる女生徒。


 もちろん、『あわよくば自分が教育したい』と思う人間の中に碧海も当然のように存在する。

 それにもし、机を叩いた女生徒と逆の立場なら同じように碧海も文句を並べていただろう。


(運が味方してくれた……?)


 そう思わざるを得ない状況に身を震わせながらも、愁斗と手を繋ごうと腕を伸ばし――


 ――パチンッ


「繋ぐかアホ。というか勘違いしてるようだから教えてやるが、これは運じゃない」


 はたき落とされた手の甲を擦りながらも、尖らせた唇で「……どういうこと」と問いかければ、腕を組みながらも丁寧に答えてくれる。


「俺を紹介したのは紛うことなき水瀬だ。生徒会長ともなれば、紹介された時点で俺達の関係が『他人以上』という認識を持てたんだろ。一応生徒会長も人気なわけだし、それなりに俺の境遇は分かってるはず。だから赤の他人じゃない水瀬と組ませようとした」


 長々とした言葉に頭を混乱させながらも、生徒会長を真似るように何度か頷いた碧海は、頭の中で愁斗の言葉を要約してから紡ぐ。


「つまり、氷野くんを守るために友だちである私と組ませたんだね?」

「そういうことだな。正直感謝でしかない」

「モテるのも大変だね〜」


 軽々しく言う碧海にキッと睨みを向ける愁斗だが、生徒会長に名前を呼ばれたことによってすぐにほほ笑みへと変貌を遂げた。


 八方美人が過ぎるその顔に苦笑すら浮かべてしまう碧海なのだが、変に発言すれば生徒会長にコテンパンにされることが分かっている以上、口を開くこともなく愁斗と一緒に生徒会長を見やる――


「この後水瀬くんとこの教室に残っててくれないかい?色々話したいことがあるんでね」

「了解です」


 短く言葉を返した愁斗の顔にあるのは相変わらずのほほ笑みと、抑揚の籠もった声色。


 自分にだけ見せる表情があることに高揚感が高まる碧海だが、この後のことを考えればその高揚感も沈んでいく。


 どうやらこの後残ることに碧海の決定権は無いようで、スッと視線を逸らした生徒会長は説明を再開させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る