「ゴール決めたら付き合ってください!」と言われたので、心置きなくそのボールをはたき落としてやりました

せにな

第1話 ゴール決めたら付き合ってくださ――バシッ「ごめんむり」

(この学校には引く手あまたのイケメンが存在する!!)


 それは部活動でもそうだし、勉強面でもそう。


 野球では代打で出るほどの実力を持ち、バスケではフルタイム出場できるほどの体力を持ち、サッカーではフォワードを任せられるほど。


 それだけでは留まらず、テストは毎回のように学年トップで、逆に先生に答えを教えてしまうような人。

 そして遊びではセンスのいい場所に連れて行くことから、学校中にが充満して『われもわれも!』という人達が増えて引く手あまた。


 なにより注目すべきはあの顔。

 整った鼻筋は俳優よりも高く、唇の小ささと反してぱっちりとした大きな目。

 E字ラインも整っており、どこから見てもイケメンな天才は学校の中心人物。


(そんなイケメンに今!私は告白をしようとしている!)


 体育館に響き渡るのは、トントンッと地面を跳ねるバスケットボールの音。


 充分に空気が入っているそのボールは軽い力でも容易に両手に戻り、元バスケ部としての力がみなぎってくる様。


 けど体育館には少女ひとりしか居らず、告白相手のイケメンの姿はどこにも見られない。

 でもそんなのはお構いなしに、フリースローラインで膝をかがめた少女もとい、水瀬みなせ碧海あおいは、膝を伸ばす勢いと一緒に両手でボールを飛ばした。


 そうして描かれるのは綺麗な放物線。

 ペンでなぞれば黄金比の外枠のようなその形は、心地の良いネットの音だけを鳴らし、やがて体育館に落ちた。


「よし……!これなら絶対に成功する……!」


 握りこぶしを作る碧海は、スキップでも踏むような足取りでボールの下へと向かう。


 思い出すのは今朝のこと。

 イケメンが、それこそ女子に引く手あまただったところを目撃した碧海は、『そろそろ告白しないと誰かに取られる!』という危機感を察知した。


 学校で1番有名な彼は、当然のようにモテる。

 休み時間になれば当たり前のように女子を10人以上を囲い、愛想の良い笑みを浮かべては楽しそうに話す。


 それも彼がモテる理由だろう。

 噂によれば、どうやら話も面白いらしい。

 けど、友だちの噂を聞くとそうだと言う。


 もう一度言うが、碧海とイケメンくんの接点はゼロ。

 話したことがなければ同じクラスになったこともなく、すれ違うことはあれど目を合わしたこともない。


 これはただの碧海の片思いであり、告白も碧海のエゴ。

 だが、昼間に碧海が渡した”ラブレター”をイケメンが受け取ったのは事実。


 ピンク色の紙。ハートのシール。『氷野ひょうのくんへ♡』という、ラブレターだと言わんばかりの紙を受け取ったのも事実!


 というわけで待っている碧海なのだが、刻一刻と時間が過ぎ去る中、イケメンもとい、氷野ひょうの愁斗しゅうとの姿は現れなかった。


「……18時……」


 碧海がこの体育館に来たのは16時前。

 つまりは2時間以上ここで待っているということになる。


 愁斗は色んな部活に助っ人として行くためにも、一応帰宅部というのを貫き通している。

 故に、試合やら大会がない日は基本的に早帰り。


 そのことは愁斗のことを好きな碧海がわからないわけもなく、愁斗の予定表を随時頭の中に入れている碧海が間違えるわけがない。

 だとすれば、この空白の2時間はそういうことなのだろう。


「……私、もう振られたのかな……?」


 ズシンと大きな岩が伸し掛かったように重くなる体。

 ボールを持つ手は震え始め、視界は歪み始める。


 慌てて袖で拭ってみるけど、湧き上がってくるその水滴はやがて頬を伝う――


「――ごめん!ちょっと女の子たちに止められてて!」


 叫び声とともに勢いよく扉を開いたのは、首筋に汗を垂らして肩を揺らしながら膝に手をつくイケメン。


 相当なスピードで走ってきたのか、セットしてあった前髪はブワッと持ち上がっており、何度拭っても溢れ出てくる水滴は綺麗な首筋を伝い続ける。


 そんな中、目を輝かせるのは言わずもがなの碧海。

 目元から弾かれた水滴は、まるで碧海を輝かせるように小さな粒となって夕日を反射させる。


「ほんと!心配したんだよ!!」


 本来、告白する立場なら『来てくれてありがとう』と言うべきなのだろう。

 だが、今の碧海にそんな余裕などなかった。


 いや、碧海だからこそこの言葉が溢れ出た。

 碧海の性格は思ったことを素直に紡ぐ子。


 それは良い方向に動く時もあれば、悪い方に動く時もある。

 そしてこれは、良い方向に動いてくれた。


 膝から手を離した愁斗は、微笑み顔を浮かべながら碧海が居るバスケットゴールの前へと移動する。


「心配までしてくれたんだね?すっごい優しいんだね」

「え、えへへっ……。そ、それほどでもぉ……」


 満更でもない言葉を並べ、身を捩らせる碧海。

 そんな素直過ぎる姿に思わず苦笑を浮かべてしまう愁斗だが、すぐに表情を取り繕って口を開いた。


「それで?ここに俺が呼ばれた理由はなんなのかな?」

「あっ!そうたったそうだった!」


 慌てて碧海も表情を取り繕い、捻っていた体をピシッと立てて愁斗としっかり目を合わせる。

 そして告げた。


「私!氷野くんのことが大好きです!なので!もし!ここで私がゴールを決めれたら付き合ってください!!」


 嘘偽りはないと言わんばかりに張り上げる胸。そして両手で掴んだ6号ボールを勢いよく愁斗に突き出す。


 開けた扉がそのままだったからだろう。

 熱を帯びた風が、肩まで伸びた青藍の髪をふわりと揺らした。


 夕日に照らされ、輝く髪が揺れるその様は、この学園のマドンナにも負けを劣らない可愛さだった。

 それは自分でも分かっている。分かっているからこそ、自信満々の笑みを浮かび続け、


「わかった。ね」


 碧海からすれば待っていましたと言わんばかりに大きな頷きを返した。


「はい!入ったら付き合ってくださいね!」


 今の碧海は一種のハイ状態になっている。

 だからこそ分からなかったのだろう。愁斗がなにか企みを秘めているということも、『もし入ったらね』という言葉を強調した真意も。


「よしっ……!」


 小さく拳を握った碧海は、満面の笑みをゴールリングに向けた。


 そうして、高ぶった気持ちを抑えつけるために深く空気を吸う。吐いて吸い、吐いては吸う。

 何度か繰り返せば、横隔膜の動きがゆっくりになると同時に頭の中がクリアになるのがわかる。


 ゾーンに入ったかのように、目から光を奪った碧海はいつものルーティーンを行う。

 ボールを2回地面に付き、3回の深呼吸。そして、大きく頬を膨らませてからおもむろに膝を曲げる。


 それが碧海のルーティーンであり、中学校時代ではフリースロー9割を誇っていた少女の姿。

 小さく愁斗の表情がピクつく。


 それは絶対に入ると確信したからだろうか。それとも、碧海が中学時代、バスケットボール界を変える一星として名を轟かせていたことを知っていたからか。

 どちらにせよ、足を動かし始めた愁斗は、自分のオーラを隠すように息を潜めて碧海の隣に立つ。


 刹那、碧海の手からは勢いよくボールが放たれた。

 ――刹那、愁斗の手が勢いよくそのボールを弾き落とした。


「え?」

「ん?」

「え?」

「ん?」


 呆気にとられた碧海の顔が愁斗を見上げる。

 微笑みを浮かべた愁斗の顔が碧海を見下ろす。


 トントンッとリズミカルな音を立てて転がっていくボールは、やがて壁にぶち当たった。


 今の状況を簡潔に説明しよう。

 碧海がシュートを放った。その瞬間、愁斗がそのボールを弾き飛ばした。


 ただそれだけのこと。愁斗はなにも”ルールを破っていない”。


『ゴールが入ったら付き合って』


 それ即ち、ゴールが入らなければ付き合わなくてもいいということ。

 邪魔をしてはいけないというルールは存在しない。故に、愁斗は弾き落とした。


 もちろん、付き合いたくないから。


 最後にもう一度「え?」と言葉を漏らした碧海は、ボールを見つめながら紡ぐ。


「い、今……邪魔しましたよね……?」

「うん。邪魔したね」


 まるで笑顔を崩さない愁斗は腰の後ろで手を組みながら頷く。


「えー……っとー……。え?どうして?」

「ん?そのまんまだよ?」

「……付き合いたくないってことですか?」

「うん」


 即答だった。

 本当に即答過ぎるが故に、ボールを取りに行こうとしていた足を止め、勢いよくそのイケメン顔を見てしまった。


「なんで!?自分で言うのもなんだけど、私結構可愛い方だよ!?運動もそれなりにできる!!」

「可愛くても付き合う理由にはならないだろう?」


 見るからに雰囲気が変わっていく愁斗のオーラ。

 先程までの微笑みがまるで暗く濁り、一言で表すならサイコパスを帯びていた。


 けどそんな姿なんてお構いなしに、そそくさとボールを拾い上げた碧海はもう一度告げる。


「このボールが!入ったら!私と付き合ってください!!」


 体育館どころか、運動場にも響き渡るような大声で。思わず愁斗が耳を塞いでしまうような怒りを顕にする声で。


「だから嫌だって言ってるじゃん」

「ダメです!ここに来たからには私が入るまで帰すつもりはありません!」

「自己中だね?」

「氷野くんにだけは言われたくない!」


 プンスカと頬を膨らませながらやって来たフリースローライン。

 当たり前のようにルーティーンなど忘れた碧海は、邪魔されるよりも前に打ってやろうという思惑と一緒に膝を曲げ、ボールを放つ――


 ――バチンッ


 地面にボールが転がる。


「はい。付き合いません」

「ズルじゃん!私がどんな思いを抱いてここで待ってたと思ってるの!」


 赤くした顔を膨らませ、ズイッと顔を近づけては胸ぐらを掴む。

 けど背伸びしたその足はプルプルと震え始め、でもプライドが力を弱めることを許すわけもなく力のこと持った言葉を続ける。


「私は!ずっとずっと!待ってた!!この気持ちを『いつぶつけたら良いんだろう』って初恋を楽しんでいた!!そして今日!!何時間も悩んだラブレターを渡して!!何度もフリースロー練習をして!!迎えた今日!!!私の人生の頂上とも言える今日を!!氷野くんは潰した!!!許したくない!!」

「…………」


 ブンブンと両手で捕まえた胸ぐらを振り回し続ける。

 ビンタをお見舞いしたい気持ちはグッと堪え、けれど溢れ出続ける怒りが怒声を続ける。


「私は!氷野くんが好き!!これはずっと変わらない!!こんなことをされてもまだ好きでいる私が誇らしいと思っていしまうほどに好き!!だから!今日!!最後にもう一度だけチャンスをちょうだい!!」

「…………」


 まるで投げ捨てるように愁斗を手放した碧海は、力強い踏み込みとともにボールの下へと向かう。


 そんな中でも真顔で居続ける愁斗は無言。

 それは碧海の思いが伝わったからなのだろうか。それとも、聞く耳など持たないという証拠なのか。


 定かではない疑問は、当然のように今の碧海の頭の中になく、ボールを脇の下に挟んでは力強い足音を鳴らしてフリースローラインへと戻る。


「これで!最後です!!けど!!私は絶対に諦めませんからね!!!」


 ここまでして碧海も引くに引けない状況に陥ってしまった。


『なら、もういっそのこと開き直って攻め続けるべき』


 そんな結論に至ったのは碧海の良いところでもあり、碧海の悪いところでもある。

 この対応を見れば誰だってチャンスなんてないと思うというのに、自分の理不尽を突きつけて引くことをしない。


 それが故に中学時代はバスケで一躍有名になったのだが、これとそれとは話が別。


(でも!この腐った性根のイケメンの性格を直せるのは私しか居ないじゃん!!)


 まるで彼女面をする碧海は、心を落ち着けるためにルーティーンを始めた。


 スッと光が失われる瞳はリングを見やる。

 けど視界の端に居るイケメンくんには意識を割きながら、膝を曲げる。


 そして、ボールを放つ――


「なに……!?」


 ――フリをすれば、愁斗の驚き顔が碧海を睨む。


 すっかり邪魔者がいなくなった碧海は、今度は膝を曲げることもなくワンモーションでシュートを放ち――


 ――バチンッ


 ボールが地面に叩き落された。


「……っ!?なんで……!?」


 当然と言えば当然とも言えよう。

 なんたって、相手は引く手あまたのイケメンなのだから。


 どの部活でもキャプテンを押しのけるほどの実力を有し、戦略を練られるほどの頭を持っている。

 きっと愁斗の頭の中にはこれぐらいの小さな企みは予想のうちだったのだろう。


 バウンドを繰り返すボールは、これまた勢いよく壁にぶつかった。


「……ひどい」

「知ってる」

「……人の恋路をなんだと思ってるの」

「自分の人生が見えなくなるような盲目」

「…………ほんとひどい」


 今ともなれば笑みすら浮かび上がらないその顔から放たれた言葉は、100人に『これひどくない!?』と質問すれば、100人が『ひどい!』と頷いてくれるようなものだった。


 それほどまでに碧海の心はズタズタ――


「でも!!!」


 ――ズタズタになるわけがなかった。


 強靭なメンタルを有しているのがこの水瀬碧海という少女。

 アニメや漫画で見ることはあれど、現実では絶対にしないような『ゴールが決まったら付き合って!』をしている少女が、この水瀬碧海という人間。


「さっき最後って言ってなかったか?」

「それは”今日は最後”って言っただけ!つまり!明日もあるよって意味!!」

「……なるほど」


 碧海は人生で初めてイケメンくんの顔にシワが寄っているのを見た。


 べつに喜ばしいものでもなければ、もっと見たいというようなものでもない。

 でも、今この状況ではこの上なく勝ち誇った。


『私の勝ち!』と言わんばかりにあまり大きくもない果実を張り上げ、そしてビシッと愁斗を指差した。


「明日こそは絶対に付き合ってみせる!!だから絶対に誰かと付き合わないでね!!」

「……おまえも付き合わねぇよ……」

「ふんっ!そもそもそんなクソッタレな性根を見ればみんな離れていくでしょうね!!」

「離れていくから見せてるんだろ。……逆になんで離れないんだよ」


 この上なく寄せられたシワはキッと碧海を睨みつける。

 だが、気圧されることもない碧海は胸を張り上げたまま紡ぐ。


「私は氷野くんのことが大好きだからね!!私にとって好きな人を嫌いになるのは難しいことなの!!」

「言ってられるのも今のうちだろ」

「そんな事はない!明日は氷野くんをコテンパンにする!」

「舐めんなボコボコにするぞ」


 そこにあるのはこの学校で名を轟かせる『微笑みの王子様』とはかけ離れた魔王の姿。

 誰が見ても頬を引き攣ってしまいそうな状況だというのに、碧海だけは逃げることもなく隠れることもなく、正々堂々と立ち向かい続ける。


 これは、メンタル強靭愁斗好き好き大好き人間の碧海と、メンタル強靭碧海嫌い嫌い大嫌い人間の愁斗の、どちらかが負けるラブストーリー。

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