第30話 鋏で斬る! 毒でブチ殺す! 敵の処理方法がロクでもねぇ!

 閃の魔術の起動条件は二つ。


 金属を持っていること。それを振るうこと。


 集中力に関しては、命中率や周囲への被害を度外視してもいいのなら不必要だ。今回はそういうわけにもいかないので、一呼吸程度の間が必要だった。


 居合抜き一閃。研ぎ澄まされた斬撃は一旦は空を切るのみで終わる。


 音すら置き去りにするような振りと同時に、天になにかが出現する。


「えっ?」


 鳶助は目を丸くする他ない。何故ならそれは、持ち手からなにからなにまで銀色に輝く金属の巨大なだったからだ。


 それに疑問を持つ前に、はさみは刃を全開にしたまま直下の取丸へと落下した。そして――


 ジャキン!


「ゲロ……?」


 斬れた。あっさりと。


 由良の拳でも少し凹んだ程度の、本当に堅い外皮を持っていた取丸は、紙よりも遥かに抵抗なく縦に真っ二つとなった。


 あまりに刃が大きすぎたので、二体の取丸の両方共が同じ鋏の刃で両断され、ばったりと地面に倒れ伏す。


 鋏はそのまま重力に従い、地面すらも抉りながらどこまでも地下へと潜っていく。


 閃は一息吐くと、刀を鞘にゆっくりと納めた。


「斬りにくいヤツは嫌いだ。死んでろ」

(可愛い見た目してんのに口調のガラ悪いなぁ……いやそれどころじゃない。コイツ。この魔術。なんて戦闘向けの性能してるんだ)

『なにかを大量にブチ殺すことにしか到底使えない魔術だけど、なにかを大量にブチ殺すだけなら多分彼女以上のものを見たことがないわね』


 鳶助とアマテラスの意見が百パーセント一致するときは、大抵ロクでもない事柄だ。


「鳶助だったな。時間がないので手短に言うが、さっさと他の連中を探すぞ。全員と合流しないといけないからな」

「ん?」


 いきなり移動の提案をされた。情報の共有など、他にするべきこともあると思うのだが。そもそも他の連中のいる場所に心当たりすらもないのだから、探すもなにもない。


 現在いる場所は雑木林の真っ只中。視界も悪く、そして相手が鋭敏な聴覚で地下から襲撃してくる妖魔となれば、無策で探すのにはかなり時間がかかりそうだ。


「……なにか当てでもあるのかな?」

「ない! ないが……やらないといけないんだ、私は! というか、アイツらはなんだ!」

「アイツら?」


 異世界組の一員のことを指しているのなら目の前の鳶助を指して『お前ら』と言うはずなので、この場合のアイツらとは速度台そくどだい不霏々ふひひのことだろう。


 だが今日死んではダメとは妙な言い回しだ。仲間に死なれては困る、悲しい、という意味も当然入ってはいるが、他に別の要素があるかのような。


「いいから行くぞ! お前の仲間もキッチリ守ってやるんだから取引としては妥当なはずだ! 減刑も掛け合ってやる!」

「は? 待ってよ! 協力すること自体は別にいいけど、無策で歩いても……!」

「無策でもなんでもやらないとダメなんだ! はどっちも戦闘向けの魔術を持っていない! 早くしろ!」

「落ち着きなって!」


 本当に無策でどこへともなく歩き出した閃に付いていきながら、鳶助は閃を宥め続ける。明らかに冷静さを失ったまま行動している者の挙動だった。


 つられて鳶助も焦り始めてしまう。


『……ん? 渾名あだな……?』

「あ? ……あっ」


 なので、その事実はアマテラスが気付くまで頭から抜けていた。


「……仲間のことを渾名あだなで呼んだ? 今」

「うっ……!?」

「ひょっとして……ただの部下ってだけじゃないのか? いや十血矢さんの方はなんとなくそうじゃないかとは思っていたけど、あっちの惨村さんの方まで?」


 それならこの焦りようも納得が行く。だがまだなにか一点、鳶助にはわからない要素が一つあるような気がしてならない。


 単純に口を滑らせたことに今更気付いたらしい閃は、観念したように話し出す。


「……幼馴染だ。三人揃ってな」

「へえ。今日死んではダメっていうのは?」


 落ち着きを取り戻させる一助となるかもしれないと考え、鳶助は雑談を続行する。その結果、閃は確かに冷静さを少しずつ取り戻していく。


 しかしそこから話されたのは、予想外の事実だった。


「……あの二人は――」

「うん。うんうん……うん?」


 聞き間違いかと一瞬思った。なので訊き返す。


「なんだって?」


◆◆◆


「砂嵐に毒を混ぜてなかった時点でこの光葉にはわかっていたとも。あのワーム状生物に毒への耐性が存在しないってことはね」

「うふふ。流石は私の妹です」


 光葉と由良は、揃って悠々と雑木林を歩いていた。

 取丸にはしっかり襲われていたが、それは既に光葉の能力で無力化済みだ。


「ひとまず笑気ガスを始めとした酩酊効果のある毒ガスを片っ端から吸入させた後、シアン化水素、マスタードガス、ルイサイト、テトラカルボニルニッケルと考えられる限りの毒ガス毒液をブチ込んでおいたよ。体格がデカいからすぐには死なないかもしれないが、確実に死にはするだろう」

「どれがなにとかは知らないですけど、よくもそこまで色んな毒を知っているものですね。偉いです」

「そうだ。この光葉は偉い。世界一。できぬことなどない。ふっふふふ」


「……ばっ……バカじゃないのか!? なに考えてるんだお前!?」


 ビクウッ、と光葉と由良の肩が跳ねた。

 その怒りの声は聞き間違えるはずもない。鳶助のものだったからだ。


「ヒイッ! 敵をオモチャにしたりしてないよロード!」

「全部光葉がやりました! 全部光葉がやりました! 全部光葉がやりました! 勝手に!」

「あっ! 由良ズルい! 罪を擦り付けないでくれるかなぁ!? 共犯だろ!?」


 しかしよくよく聞いてみると、その声は二人に向かって発されたものではない。恐る恐る目を向けると、鳶助と閃がいることに気が付いた。


「くそっ……そんなこと聞いたら助けないわけにいかないじゃないか……! ふざけるなよ!」

「……ロード?」

「あ? その声は……由良だ。光葉も」


 声をかけられた鳶助は、そこでやっと二人の存在に気が付いたらしい。

 しかし、再会を喜ぶ暇もなく、鳶助は険しい目で二人に指示する。


「……すぐに後の二人を見つけるぞ! すぐにだ!」


 その慌てようは、度を越していた。

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