第27話 おはようございます! そしていただきます!

『おっはよう鳶助くん! 昨日はお楽しみでしたね!』

(……添い寝……添い寝しただけだ……)

『夢精してない?』

(うおーーーっ! 実態があれば遠慮なくシバいてんのに!)


 ニヤニヤ笑いの女神のセクハラをどうにか受け流し、鳶助はゆっくり起床する。


『うふふふふふ……その気になればあっと言う間にこの世界の王になれる能力を持ってるのに、思春期全開の姿を見ていると可愛いことこの上ないわねぇ』

「……」

『皮肉じゃなくて本心からそう思ってるんだけども……そんな不機嫌な顔しないでよ……』


 やや反省した声色のアマテラスだが、鳶助からするとアマテラスの冗談はキツイし、冗談だとわかりづらい。

 ついでに言うと、興奮していたせいで睡眠時間が足りてないので不機嫌になるのも仕方がないとすら思う。


『しかしあなたも律儀よねぇ。手錠をしたまま寝るなんて逆に器用じゃない? ステ自体は由良ちゃんか光葉ちゃんと共有でしょう?』


 ステータスの共有は一度オンにするとオフにすることが現状できないらしく、ここ数日の鳶助はずっと戦々恐々としていた。

 うっかり戸や食器を握り潰したりはしていないし、そこまで制御を失ったようなことは一度もないが、それでもその気になれば巨大なワニを叩き殺せる筋力は持っているだけでも恐ろしい。


「まともな人生に戻れるのかな、僕……」

「それはお前の供述次第だ」


 テントの外から、閃が声をかける。どうやら鳶助が起きていたことにはずっと気付いていたらしい。


 閃の桃色の髪に朝日が反射して、やや眩しい。


(ピンクブロンドってヤツかなぁ。実際天然でも極稀にいるんだっけ?)

「なにを呆けている? さっさと隣の二人も起こして外に出ろ。天幕が片付けられん」

「あ、はい! すぐに!」


 ぐっすり眠っている由良と光葉を起こし、外に出る。


 やはり手錠が壊されたことには気づいていたらしく、閃は身体だけは自由になった由良と光葉についてはなにも言わなかった。

 逆に何故か鳶助の方はじろじろと見ていたが。


「……貴様は壊していないんだな。単純に非力なのか、それともあえて壊さなかったのか……」

(わざわざ答えたくないな、コレは……自分の力を誇示するのってバカっぽいし)

「あ。手錠は仮に情状酌量の余地ありで無罪になろうが、確実に弁償させるからな。とんでもないってほどではないが大分高いんだぞ、アレは」


 こればかりは完全に由良と光葉が悪いので、鳶助には素直に謝る他なかった。


◆◆◆


「確かあの不霏々って女の子が言うには、我々が向かう十三都と呼ばれる都は一日で着く距離らしいね」


 テントの分解作業を眺めながら、光葉が口を開く。

 当然、まだ閃の目はあるので密談として成立はしていないのだが。


「ロード。あなたの指示には従おう。それが仮に首を斬られて死んでくれって内容だとしても妥当性があるのならもちろん従う。ただし、我々にも従えない命令というものが一つだけある」

「正直自分の命を軽んじるような思考すらしてほしくないけど。それって?」

だね。こればかりは絶対に従えない」

「……はい?」


 聞き間違えか、と思ったが続く由良の言葉で全面的に間違いがないと確信してしまった。


「私も! 私もですよロード! もしもロードに死刑判決が下されたら、身命を賭してすべてを台無しにしますので! そのつもりで!」

「みっ……見張りがいる中でする話じゃないだろそれは!」


 慌てて閉口するように促すと、二人ともそれきりあっさりと黙った。これで最重要事項は伝えきったということらしい。


 閃の目線は当然鋭くなった。かなり物騒な話が出たのだから、見張りとしてその態度はひたすら真っ当だろう。


 問題があるとするなら鳶助側の方だ。モロに『社会的秩序よりも優先すべきものがある』とわざわざ聞こえる距離で言ってしまった。

 しかも、由良も光葉もそのことに一切悪びれていないし、閃の剣呑な雰囲気を察した上で一切動じていない。怖がるフリすらしていない。


 これは鳶助に対する情報共有に見せかけた、明らかな閃たちに対する宣戦布告で、脅迫だった。


(ま、まずい……情状酌量の余地が削れたかもしれない……!)


 とは言え、由良と光葉のことを考え無しだと責めることもできない。状況が冷静さを失うレベルで逼迫ひっぱくしているのは確かなのだから。


 実際に、鳶助も死にたくないし、由良と光葉が死ぬ未来も想像すらしたくない。この世界に来てからの一週間は決して短い付き合いではないのだから。


(せめて僕は手錠を付けたまま、できる限り従順で抵抗の意思がないことを示さないと……!)

「ん……?」


 ふと、閃の眼光が緩んだ。別のなにかに気を取られたように、鳶助たちから目を離す。今の彼女が注意を向けたのは、不霏々の方だった。


 鳶助も釣られてそちらに目をやると、何故か不霏々と速度台がテントの片付け作業の手を止めている。時間を止めたかのように。


「……おい? どうした二人とも……?」

「閃ちゃん! 奇襲! 複数来てる!」

「――!」


 確信を得た不霏々は即で警告する。そして、その後全員の反応は速やかだった。


 速やかでなかったら、おそらく一人か二人は死んでいただろう。何故なら奇襲を仕掛けてきたのは――!


「みっ……ミミズ!?」

『ていうかRPG的に言うならワームね。牛とかを丸呑みにできるレベルの』


 地面を突き破って出現した、巨大な妖魔だった。鳶助は即座に後ろに飛ぶ。そして地面に手を付いて、ふと気付いた。


「あっ。手錠、壊しちゃった!」


 あまりのことに、無意識に自分で弾き飛ばしてしまったらしい。弁償するべき金が更に加算される。

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