森の中で

おおにし しの

ある少女と出会った。

 その日は、夏休みの中盤、何の変哲もない一日だった。

 学校がある日よりも少し遅く起き、ご飯を食べ、何をすることもなくテレビを見たり、ゲームをしたり、ダラダラと過ごす。そのつもりだった。


 なぜだろう。ふと、どこかへ行きたくなった。

 どこに?それはわからない。

 だけど、僕はその本能のままに、自転車を走らせた。



 ◆



 眼前には、鬱蒼とした木々が立ち並んでいた。。

 街の外れにある、小さな森。

 僕は、気の向くままに、引かれるように、森の奥へ進んだ。

 奥に進むにつれ、木が段々と多くなり、周りも、少し日が差しているところが少なくなっていった。小さな森なので、そこまでの大きさはないが、それでも、森の中というのはやはり、少しばかり怖いものだ。

 その当時の僕の心情を表しているかの様に、木々の葉や枝が風に揺れ、ザアザアとざわめいていた。


 森の中には、少し開けた場所があった。小さな広場のような、木が何も生えていない場所。

 そこには日が差しており、森の中の少し暗い雰囲気を和らげてくれる。


 僕はそこで、一人の少女に出会った。

 とても、美しい少女に。ひと目見て、その美しさから森の精霊かなにかかと錯覚したほどに。


 その少女の名は「チコ」というらしい。

 背はだいぶ小さく、年は小学校低学年くらいに見えた。だが、聞いてみると小学六年生だという。それも自称なので事実は未だにわからないし、これからそれが明らかになることはないと思う。


 チコとはそこで色々なことをして遊んだ。

 端から見れば女児と遊ぶやばい高校生だ。もしかしたら、妹と遊んでいるように見えるかもしれないけど。


 なぜここにいるか。それは一切聞かなかった。

 ここに一人でいるんだ。なにか事情があるのだろう。そう思い、何も聞かなかった。


 今考えてみれば、僕と同じ様になにかに引かれたんだろうか。



 ◆



 その後も、なにか事件があることもなく、ずっと遊んでいた。チコも楽しんでくれたようで何よりだった。


 辺りは段々と暗くなり始め、空も赤く染まっている。


 僕はチコに早く帰るように言い、別れを告げた。


 また森の中に入り、ふと振り返る。



 そこには誰もいなかった。

 あの少女、チコはどこにもいなかった。



 音もなく去っていったのか。

 一体あの子は何だったんだ?




 これは、ある夏休みの、不思議な少女との一日―――

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森の中で おおにし しの @Mira-Misu

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