第4話刃と誓いの交差点

――静寂。

光が爆ぜた聖堂に、ただ二つの足音だけが響いた。


アリオスとボルト、二人の騎士が対峙していた。


聖晶の大理石は砕け、花弁は空に舞い、儀式の残骸が床に散っていた。

その中心で、誇りと覚悟を剣に宿した者たちの気配が、空気を震わせる。


「貴様がどれほどの剣士であろうと、この地は――我が王国の誇りだ」


ボルト団長は黒い双剣を抜いた。

刃はうっすらと魔力を帯び、黒炎がじりじりと立ち上る。


「そしてこれは、我が祖父から継がれし炎の刃。貴様に抜かせるわけにはいかぬ!」


アリオスは静かに息を整え、黄金のルーンが刻まれた長剣ライナストルを前に構える。


「……だが俺は、誰の許しも求めない。彼女を救い出す――それだけだ!」


ボルトの剣が地を滑るように疾走した。


「ハァァァアアア!!!」


アリオスも応じて踏み込む。


カァンッ! カンッ! ギンッ!!


鋼が火花を散らし、剣戟が交錯するたびに空気が裂ける。

一合、二合――互いに紙一重で打ち合いを続け、隙を見せれば命を失う緊迫の連撃。


ボルトは攻撃の型が重く、速い。

その一太刀はまるで戦斧のごとく、受けたアリオスの足が石畳にめり込むほどだ。


「く……ぅ!」


「貴様に王女を連れ去る資格などない! 剣だけで国は守れぬのだ!!」


「だが――剣がなければ、彼女を守れない!!」


アリオスは低く身を沈め、足元へ剣を滑らせると同時に、左手で魔導札を取り出す。


「〈風裂刃〉!」


突如、彼の剣が風を纏い、軽く鋭く変化する。

次の一閃――風が加速し、切先がボルトの左脇腹を切り裂いた。


ザッ!!


「……ッ!」


ボルトが苦悶の声を漏らす。しかしその目は、まだ消えていない。

すぐさま詠唱を行い、黒炎をその双剣に集中させる。


「〈黒焔穿突〉――!」


飛び込むように一撃、刃に宿る炎が突き抜け、アリオスの肩を貫いた。


ゴッ……!!


「ぐ……あああっ!」


両者ともに血を流し、後方へ跳ぶ。

床に滴る血は濃く、剣先はすでに鈍っていた。


しばし、沈黙。


「……見事だ。だが、これ以上やれば――」


「わかってる……」


アリオスは肩を押さえながら、睨むようにボルトを見る。


ボルトも、脇腹を押さえつつ膝をついた。


「……お前が本気で彼女を守ろうとしていることは、わかった。だが、俺は王国の剣だ……お前を、逃がすわけには……ッ」


彼の言葉が終わるより早く、背後で兵たちの声が響く。


「団長! 包囲完了!」


「アリオス・グレイハルト、投降せよ!」


視界を埋める兵士たち。その数、優に三十。

もはやここで戦えば、消耗しきった身体では持たない。


「ソフィア……ここで捕まるわけにはいかない……!」


アリオスは痛む肩を押さえながら、ソフィアの手を掴み走り出す。

目指すは――大聖堂の屋上、脱出用の飛翔装置が設置された場所。


「止めろ!逃がすな!!」


「アリオス――!」


背後から剣の風音が迫る。

だがアリオスの視線は、ただ一つ。夜空に続く屋上への階段。


(あと少し……)


それが、彼に残された唯一の道だった。

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